弐。 くりーむ
私が“転校”してから早三日が経とうとしていた。
初めのうちは、トリップした原因を探ろう!などと意気込んでいたものの。
何を、どこから、どうやって調べればいいのか。
正直かなりお手上げだった。
“調べる”と簡単に言っても、その対象がないのなら、透明マントを被った泥棒を捕まえようとしているのと、そう変わらない。
そう梓に言ってみたら、透明マントを被っているだけなら人の形は絶対どこかにあるのだから大丈夫、って。
何がどこらへんが大丈夫なのだろうか。
がむしゃらに引っかき回した挙句、案の定、何の進展もなかった。
梓になけなしの気を使わせるわけにもいかないので、授業とかがある間は明るく振舞ってはいるが、正直かなり落ち込んでいた。
基本的に私は、元の世界で何でも要領よくこなしてきた方だった。
だから、こうもあからさまに“壁”にぶつかると…。
私は考え始めた、もう帰れないのではないのか、と。
ハッとして頭を振った。
自分の問題なのに、その自分が簡単に諦めてどうするんだ。
「…はぁ」
授業は問題や内容の切り口が新鮮で楽しい。
星の専門学校とはもちろん知っていたけど、予想外に面白い話ばかりで、つい自分の状況も忘れて真摯に取り組んでしまっていた。
お昼は、これは少し予想していたけれど、宇宙食だった。
まぁ美味しい、とは言えるものじゃあなかったけどそれなりに食べた。
そんな時間を経て、放課後。
私はまだ一人でこんな広い敷地をウロウロできるはずもなく、見学と称して弓道場に連れて来られていた。
そこで梓の部活が終わるのを待つためだ。
ギリリと弓矢を引く音。矢がスパッと的に当たる音。小さくブレる弦。
懐かしい。
弓道は…いつだったかな。中2くらいの時に知り合いの人に教えてもらった覚えがある。
そのとき私は、別段弓道には興味を惹かれなかったからすぐやめてしまったけれど。
そうそう私、最初は教室で待ってるって言ったんだよね。
なのにほぼ無理矢理強引に連れてこられた。
弓道部なら月子ちゃんがいるでしょう、って聞いたら“先輩なら今日は休みです”って――――――なんで知ってたのかな、この子。
「ふぅ…あ、月白さん」
「どうも、誉…センパイ…?部長…?」
「ふふ、好きなように呼んでくれていいからね?
それで、その――――」
「あぁ、私のことですよね。大丈夫です、梓が柄にもなく手伝ってくれているので」
「あはは、柄にもなくね…うん、そっか」
どこか納得いかないような笑みを浮かべて頷いた誉先輩。
やっぱり、心配かけちゃってるよね。
先輩はただでさえ胃が弱いし、できるだけ負担になりたくはない。
と、そこに弓道場に来たら会えるだろうな、なんて思っていた人物が現れた。
「部長、誰なんですか」
「あ、宮地くんだー
今度は生クリームのお菓子を差し入れに持ってきてあげるね」
「む、それは楽しみだ」
「うん…あ、もちろん誉先輩たちの分も持ってきますからご心配なく!」
「…」
何がいいかなぁ。
食べ物は好き嫌いが出るし、ここはオーソドックスにショートケーキとか。
あ、シュークリームもいいなぁ…あ、でもあれはカスタードかな?
あとは、そうだな…ムースとかガトーフレーズとか。
…ううん、どれも迷―――
「で、誰なんだ?」
「「…」」
…。………。…………………。
ここで余計なことを言って月子ちゃんに何らかの形で伝わって、知られたくない。
いや、私が女子生徒っていうだけでもう存在は知られている可能性が高いけれど。
できるだけ、知られたくないし興味も持たれたくない。
寂しい話ではあるけれど。仕方のないことだ。
「えっと、」
「この子はね、僕の知り合いなんだ」
「え、誉せんぱ…?」
私の気の抜けた声の上からかぶせるようにして、先輩は言葉を続ける。
「でね、2,3日前に転校してきたんだ」
「そうなんですか?部長の知り合い…年下、ですか」
「うん」
まだ納得しきれない、といったような表情であごに手をあてて唸っている宮地くん。
流石、というかなんというか。慎重だなぁ。
私なら一瞬で納得しちゃうんだろうな…。
でも本当に、本当のことを言うわけにはいかないから、咄嗟に華麗なまでのウソを吐いてくれた誉先輩に感謝だ。
「ほ、本当です!…もう、宮地くんは疑り深いん――――」
「じゃあなんで俺の名前知っているんだ?」
「う…あーえっと、そう!誉先輩がよく宮地くんのことを話してたから…!」
「…ふん」
それきり、宮地くんは黙った。
どうやら、7,8割方説得できたようだった。。
でもなんだろう…胸がイタイかな。
ちくちくちくちくちく。
ちくちくちくちくちくちくちく。
ちくり。
でも、我慢しなきゃいけない。
私がもし、ウソを吐き続けているということに耐えかねて、喋ったりしたら月子ちゃんに伝わるのもマズい。
けれど、それ以上に、宮地くん自体に影響が出てしまうだろう。
それじゃあ、本末転倒もいいところだ。
「あー…っと、私のことは心配しなくて大丈夫ですから、どうぞ練習を続けてください」
「そう?じゃあ、気をつけてね…色々と」
「はい?」
「それじゃ」
誉先輩の言った意味がいまいち分からないままだったが、聞き返そうとしたときにはもう、先輩は練習を再開していた。
「…」
* * * * *
「…架月?」
「うん?あ、梓オツカレサマ」
「はい――――じゃなくて。何、してるんですか」
道着を着替えて戻ってきたら架月が、数人の弓道部員に囲まれていた。
もちろん、男。
「え?」
「架月ちゃん!今週ヒマ?」
「おいズルいぞ!」
「俺も行きてぇよ、デート!」
「お喋りしてるんだよ?」
「…。」
この人…自覚がないのだろうか。
いやいや、自覚もなにも。めちゃくちゃストレートに口説かれてるじゃないですか。
さすがにこれは、架月の処世術といったところか。
しかし、いくら軽くあしらうためとはいえ、あんな人懐こい笑顔で――――。
「…っ」
そこまで思考してハッとする。
何なんだコレ。
何なんだ自分。
まるで他の男に妬いてるみたいじゃないか。
「――さくん、あずさくん?」
「え、あ、はい?」
「大丈夫?かなりボーッっとしてたみたいだけど」
そう言って、架月の右手が不自然なくらい自然に、僕の額にスッと伸びてきた。
反射的にピクリと身体が強張る。
あ、夏なのに少しひんやりしていて気持ちい―――
「――な、何ですか」
「んー熱でもあるのかなって。
梓がそんなカオしてるなんて、らしくもない」
思いの外あっさりと額から離れていく手。
何故だろう、その手をずっと目で追ってしまっていた。
そんな僕らを見て、(忘れていた)周りの男子からブーイングが上がった。
「…五月蠅いですよ、ここはまだ弓道場なんですから。部長に怒られますよ」
「おいおい。木ノ瀬はいーよなー?」
「てか俺らはこの子を弓道部に誘ってるだけだろ?」
この人らが誘っているのは、間違いなく弓道以外の何かだろう。
そんな言葉は、口論に成りかねないのでグッと堪える。
* * * * *
あの後、結局誉先輩が来ちゃって話がさらにややこしくなってしまった。
私はいつの間にやら外野で話に耳を傾けるだけ。
ああ、だんだん眠くなってきた―――。
「架月は僕のですから手を出さないでください」
「月白さんは僕のだから手を出さないでくれるかな」
「「…」」
「…は?」
え、な、なになに。なんですか?
なんで梓と誉先輩がハモっちゃってるんですか?
いやていうかまず、私は誰かの所有物じゃないんですけど…強いて言うなら自分は自分の物ですが?
必死に心の中で言い訳のようなものを繰り返す架月だったが、顔はきもち赤らんでいた。
違う、違うよ。
2人は私をかばっただけなんだから。
―――あぁもうこの人達、こういうことサラッと言うのやめてよ。
嬉しくなっちゃう。
クリーム<コトバ
(嗚呼、なんて白い)
(わたしの大好きな雪のよう)
(今は、なんて漆黒)
(わたしの大嫌いな闇のよう)
fin.
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