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「なーんで私がこんなことしなくちゃならないのかねー」

真夜中に街の外を歩いているミーリアは、誰に言うでもなく愚痴を零していた。圧倒的な力による血と破壊を奏でながら。

バトンのように軽々振り回すのは柄の長さだけで2048ミリある巨大な両手斧だ。重量は100キロ超。刃は楕円に歪み、ちょっとしたテーブルの大きさだ。付け根の部分には、複雑な機構のパーツが組み込まれている。

この戦斧・シャルフリヒターの柄を握りしめて、魔女は歌う。聞き手は無数の悪魔憑き。現在進行形で囲まれていた。

「ぃいいいいいいいいいいいいいいいいやっはあああああああああああ!!!」

ただ無造作に横なぎしただけで、まさに嵐。五体の悪魔憑きが上半身と下半身にさよならして、余波でさらに四体吹き飛ぶ。踏み込んだ足が数センチ、陥没していた。

切っただけでは浄化されない悪魔憑きが、マナの込められていない魔法で倒せるわけがない。だが、人をやめた化け物は二度と立ち上がらなかった。

くるくるバトンのように回して武器の調子を確かめたミーリアは、満足そうな笑みを浮かべた。シャルフリヒターは、刃に教会の秘技を刻んだ魔法と祓魔術のハイブリッド製だ。可動テストも兼ねて、ミーリアは悪魔憑きを倒している。

こんなに囲まれるとは思っていなかったが。

「・・・・・・で、あんたはどうなんだい?」

ミーリアの横を、黄金が走り抜けた。

「言われなくとも」

十字剣を片手の中段に構え、イリーズが悪魔憑きの群れへと単身突っ込んだ。

まず横なぎ。紙切れ一枚の抵抗もなく断罪する。返す刃でさらに切り裂く。動きにまるで無駄がない。素早く、かつ的確に葬り去る。脇目もふらず、狙うのは敵のみだ。意識の奥底に語りかけ、戦いの歌を紡ぐ。

「巡れ巡れ。世界を繋げる白き風よ。剣に重なり力と成れ!!」

突如、剣を芯として烈風が逆巻いた。いや違う。周囲から手当たり次第に大気を集めているのだ。イリーズの髪が千切れんばかりに引っ張られる。行われるのは一つ。

圧縮。圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮――――――大気が、外部から力を働かされた結果、断熱圧縮が起こり、剣は摂氏数千度を越す暴力に包み込まれる。このまま温度上昇すれば、空気中の原子の核と電子が剥離された状態・プラズマになるのだが、それではただの科学現象だ。

祓魔術は、さらに加速する。超高温の塊は剣を包み、硬質化。巨人殺しの刃となる。悪魔憑きの数は二十。イリーズを殺そうと炎が吹き荒れ雷が舞い氷雪が牙を向いた。一つ一つが容易に人を殺せる力だ。

だがイリーズにとっては、サード・シスターの彼女には驚異に値しない。

余波のマナだけで、悪魔憑きの攻撃は全て吹き飛んだ。今度はこちらの番だとイリーズが両手に構え直した剣を全力で振るう。ミーリアは戦斧を持ったまま、その場を離れた。

「神よ。汚れし魂に救済を。煉獄での加護を与えたまへ。エイメン!」

それはもはや、光の爆発だった。夜中を真昼に反転させるほどのエネルギーがもたらすのは浄化という名の破壊。耐え切れず、地面が飛沫をあげて放射状に荒れ狂るう。

――ことはなかった。悪魔憑きは確かに一瞬で全てが光に解かされて消えた。だが、石畳の地面も、周りの建物も、被害にあっていない。あれだけの数を討伐したのに、ひどく矛盾した光景であった。

「それが、選択の祓魔術。か」

昔の昔。ミーリアは数度見たことがあった。悪魔憑き"だけ"を倒す、周囲に破壊を与えない祓魔術を。これは、本来ならセカンド・シスターが十人がかりでやっと行使できり術なのだ。

「はん。なかなかやるじゃないか。これが、あの『ひな鳥』ねー」

なにもかもが消えた中心で黙祷を捧げていたイリーズが、子供っぽくむっとした。

「なっ。いつの話をしているのだ貴様は。もう私は子供ではない。まったく。何年経っても、その性格は変わらないのだな」

「脳の老化も魔法で止めているからねー。・・・・・・そんなことより、これは一体全体なんの冗談だい?悪魔憑きが群れで襲ってくるなんて有り得ないだろう。やれやれ。ハイネは頑張り屋なんだね」

どこかで、仲介人は笑っているのだろうか。ミーリアが欠伸を噛み殺し、帰路に着こうとすると、剣を鞘に納めたイリーズが声をかけてきた。

「魔女よ。事態は私達が思っているより深刻です。それで」

ちらりと、イリーズは魔女の持つ戦斧を見た。魔法というわりには特殊な効果がないと思っていたのが、聞くところによると、あれは一つを極めた結果らしい。

すなわち、『耐久性』を。

どんな戦い方、どんな敵であろうとも決して壊れることのない。それは、それだけで最高の武器だ。

しかし、それを必要としている程に、事態は加速し続ける。

「白い翼は見ましたか?」

比喩ではなく。それは文字通りの意味だった。

「いいや。見てないね」

イリーズは、思わず安心してしまった。ミーリアは、黙って帰ってしまう。

「そうですか。そうですね。その方が、あの子にとって幸福でしょう。大きすぎる力は、運命さえ捩曲げてしまう」

何気なく、イリーズは空を見上げた。寒々しいほどに、星は満天に輝いている。

彼女は今、どんな夢を見ているのだろうか?

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