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ええ、そうでしょうね。なんか甘い匂いとか香ばしい薫りがしてくるし。よく食べるよねこの子は。

そんなことより。シェリルはどうやって異変に気付けた?リズは疑問を言葉にしようとして、


「邪魔だからどきな!!」


けたたましい。蒸気機関車にも負けない駆動音を上げながら、馬が接近してきた。疑問は三つ。

馬はあんなに速くない。馬はあんなにうるさくない。

それ以前に馬は二つの車輪で走らない。自転車と自動車を足して二で割ったようなあれなんだ?

リズとシェリルがわからないのも無理はなかった。これこそ魔法なのだから。名は、ムンター・ヴォルフ。ガソリンによる内燃機関を心臓とした最高時速三百キロの化け物。流れるようなフォルムは黒と灰色で染められ、跨がっているのは艶やかな女性、

「ミーリアさん!」

「緋色の魔女!」

であった。

豪快にブレーキを踏み、ガリガリと地面を削りながら内燃機関登載式大型自動車を止める。目標を得たと悪魔憑きが次々と群がった。

「これは、良い乗り物ですね。まるで風になったようです」

「悪いねー。遅くなっちまった。ほら、あいつらは任せたよ」

「承知」

実に楽しそうな魔女の後ろから、ひょっこりとセレスが抜き身の刀を振り上げた。

静かな踏み込みから唐竹割りに一線を描き、悪魔憑きを頭から股間まで真っ二つにする。負けじとミーリアが愛銃を連射した。三十以上いた悪魔憑きがどんどん数を減らしていく。

戦鬼達の立ち回りの凄まじさに、リズはぽかんとだらし無く口を開けて突っ立ってしまう。シェリルも、どうやって介入したらいいのかわからない。

「魔女にシェリル。あなた達は地下へ向かいなさい。きっと、イリーズやレジラント司祭がいるでしょう」

通常の祓魔術が使えないセレスでは儀式の補助はできない。リズは、本当なら立っているのもやっとなのだ。

執念の笑みは、まるで彼女の生き様を現しているかのようで。

「行きなシェリル。ここは、私達が食い止める」

底を知らないと、悪魔憑きがまた増えてきた。二人だけで倒すというのか?

「駄目だよ。私も残って戦」

魔法で身を彩ったミーリアがなにも言わず、ただ教会へ走り出した。唖然としたシェリルは、ぎゅっと瞳を閉じた。今、自分が成すべきことを考える。

イリーズ達を助けられるのはミーリアと自分しかいない。なら、迷う必要なんてあるのか?

「・・・・・・頼んだよ。セレスさん、リズ。二人に天の加護を」

振り返らず、シェリルは教会へと駆け出した。後ろ髪を引かれながらも、決して後ろを見ない。そんな背中を見ながら、リズはやれやれと肩を竦める。友の心配は嬉しかったが、この場では不要だ。

弾倉が空になったドラグーンとニューモデルを腰のホルスターに戻し、リズは新たにS&W社のNo3、アメリカン・ファーストモデルを抜いた。これは、リムファイアからセンターファイア式の金属カードリッジに改良した44CFアメリカン弾をシングルアクションで六連発する回転式中折れ拳銃で、銃身長は203.2ミリ、重量は1330グラムある。

撃鉄を起こし、引き金に人差し指をかけた。紡ぐのは祓魔の呪文。

「Idj ems jpm peeq qsg vrfsy rair。
Idj ems jha kydq qsg vrfsy rair!」

リズの祓魔服が内側から青白い光を燈す。悪魔憑きに攻撃するものではない。それは、操り人形の術式だ。外部筋肉の構成とも現してもいい。マナの許す限り身体を動かし、悪を穿つ。

リズには、一歩も退く気なんてさらさらない。何故なら、隣にはセレス司祭がいる。それだけで体の底から力が沸いて来る。想いが伝わったのか、盲目の剣士は困ったように呟いた。

「真っ直ぐですね。あなたは」

家族を見捨てるなんて誰が出来ようか。まさにその通りだ。大切な存在を失いたくないと想う気持ちは誰であって同じなのだから。

彼女達の繋がりは、鋼の鎖のように硬く、切れない。セレスは刀を中段に構え、踏み出す。

「はああああッ!!」

悪魔憑きの胸を貫き、横に払ってさらに一体。理性のない爪や牙よりもセレスの刀の方が数段速い。負けじと、リズも引き金を引いた。銃口から飛び出した銀の弾丸は大気を割きながら剛矢へと形を変える。敵を数体纏めて貫いた。

事前の打ち合わせはいらない。言葉もいらない。それでも、二人の動きに迷いはなかった。相手の動きが手に取るようにわかる。

ここは、絶対に守らなければならない。例え、命にかえようとも。それが祓魔修道女の生き方なのだから。退けぬ戦いがここにある。

科学が急速に発達するこの時代には、ひどく似つかわしくない原始的な戦いだった。リズは、悲鳴を上げる肺に何度も酸素を送り込むが間に合わない。歯を食いしばって、No3のグリップを握りしめる。

ここで死んだら天国へいけるのだろうか。ううん。まだ駄目だ。まだまだ成すべきことが山ほどある。生を謳歌したかった。家族と、そして親友と。

(シェリル。戦ってる?そこに仲介人がいるの?)

自分より幼い少女が、仲介人に勝てるのだろうか。

「えへへ。・・・・・・あの、私、シェリルなら大丈夫だって信じているんです。だって」

快晴の空を見上げ、リズは目を細めた。そこに映っているのは、数年前に一度だけ見た、人知を越えた奇跡。新雪のように純白な真の光。



「彼女には、天使がついていますから」

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あきゅろす。
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