[携帯モード] [URL送信]
C


第七区、アルベルト教会の厳重に隠された階段を下ると、そこには地下空間が広がっている。直径にして九十六メートル、高さ四十八メートルの広大な石造りのドームには、蝋燭もガス灯も電灯もない。太陽の光など、届くわけがない。だというのに、まばゆいばかりの光が溢れていた。

天井に、光の球体が無数に浮かび、大輪の花を咲かせている。正体は祓魔術の応用だ。魔女の言葉を借りるなら、ドーム自体が電気回路の役目をし、大気中のマナで自動的に術が働くとも説明するべきであろうか。地面には大理石のタイルがびっしりと隙間なく敷き詰められ、中央に、それがあった。

一言で表すならそう、祭壇だった。

光源以外は簡素な造りのドームで一際目立つ、絢爛豪華な舞台。外周の、二十四本の銀柱は虚空を支え、あるいは空間を限定している。

短い階段を上り、トネリコの木で作られた正八角形の床には、緻密な計算を裏に秘めた言葉と図形が刻印されており、様々な聖具が配置されてあった。そして、君臨するのは九人の祓魔士。

「やはり、襲撃があったか」

英国国教会に属する祓魔協団には八千の祓魔士が存在する。その中で、上位百名に名を刻む九人が集まっていた。歳も、性別も、人種も関係ない。選ばれたのは力の強さだ。彼ら彼女らの力が合わされば、この産業都市・カエリアの民衆全員が悪魔憑きになろうとも滅することが可能である。

「来たか」

沈黙を破ったのは、レジラント司祭だった。正面の青年が顔を苦渋に歪める。

「やはり、早急に祓魔聖域の術式を行う必要があるようだ。他の地域でも悪魔憑きが増加している。数に心許ないが、やるしかない」

とある聖人が巡礼したことを祝う祭、往来祭。その結界強化には二種類ある。一つは、毎年通常におこなう簡易強化と、十年に一度の完全強化だ。今年は前回から数えて七年目で、簡易強化の予定だったのだが、急遽、完全強化の祓魔術をすることになった。原因はハイネ・グリーズが発端である。

「確かに。むしろ、この状況でこれだけの人数を揃えられたのは僥倖と言うべきじゃ」

「うむ。違いない」

「神も我々を見守ってくださるだろう。いかに仲介人とはいえ、手下の悪魔憑きが抑制されれば討伐するのも用意だろう」

自分達の力に驕りがあるのではない。勝てると、心の底から確信していたのだ。中には、儀式終了後に祭に出かけてなにをしようか考えている者もいる。

その中で、ただ一人、彼女だけが違った。

「皆、油断なきように」

声量は少ない。優しく諭すような口調だった。だが、ここにいるだれもが、まるで雷に撃たれたかのように硬直した。全ての視線が、彼女に集まる。

蒼と白の布地を基調にした単純ながらも美しい軽装に、肩や胸、腕や足を守る、鋼の鎧を上から重ねた服装で、王女の気品と騎士の矜持を兼ね揃えていた。歳は二十代後半だろうか。肌は新雪のように白く、黄金の髪は肩あたりで適当に切り揃えられている。そこに包まれているのは、形のいい眉に、アメジストの瞳。

鞘に収めた剣を腰に提げており、戦いの装備は、それ一振りだけだ。

彼女はイリーズ・A・フェルクス。古来より祓魔を担う血筋、フェルクス家の二十四代目当代で、実質的にこの儀式のリーダー役をつとめている。若いながらも、最高位修道女《サード・シスター》にまで上り詰めた希代の天才だ。

信仰心が強いことでも有名で、表情は乏しいながらも、大勢の人々から慕われている。イリーズの美しさも相俟って、彼女を聖母の生まれ変わりだと信じる者も現れるぐらいに。恥ずかしいと思いながらも顔にはださない。

静寂になった場の空気を肺へと吸い込み、イリーズは全員を一瞥した。それだけで皆が等しく、びしっと背筋を伸ばした。

小さく頷き、イリーズはポケットから懐中時計を取り出した。文字盤を開き、時刻を確認すると、直ぐに仕舞う。たったそれだけの動作さえも、彼女がおこなうと、まるで極上の劇のワンシーンのようだ。

「では、これより儀式を開始する。準備はいいな?」

八人が無言で返事をした。イリーズは柄に手を伸ばし、剣を抜く。鋼の切っ先を上に、細身を体の前に構え、唱える。アルトの涼やかな響きが、天へと走る。

「十の拘束は自由をなくし。九の激情は一の平穏を見出だす」

祭壇の中央に位置するイリーズの剣が淡い光を発する。他の八人はなにも語らず、ただ祈りを捧げた。彼女が術の全てを取り仕切り、後の者は回路そのものとなる。

胎動する、声がする。清らかな空気が場を包み、硬質化して邪悪を払おうと手を伸ばす。都市全てを覆わんと力を紡ぐ。

声はやがて、大きさを増し、爆発となった。

イリーズの額に球のような汗が浮かぶ。瞳を閉じ、高まった集中力へ自己を投影させる。ただ一心、必ず術を成功させようと。彼女は人が好きだった。皆の生活を護りたかった。特別な理由はない。リズのように恩返しでも、シェリルのように罪滅ぼしでも、セレスのように意地があるわけでもない。

「八の再生は二の破壊に消され、七の傷跡は三の強欲を示す」

特別な理由は必要ない。イリーズは昔から変わらずに、ただ好きなだけで護りたいのだ。

「六の希望に四の代償では足りず五の罪は罰となり自らへと還る。巡り巡りてただ回る」

イリーズの剣が月の光を集めたかのように輝きを増す。一回り、二回りと大きくなり続け、ついには長さ十メートル、幅三メートルはある光の円錐を形作った。術の終わりが緩やかにおとずれる。後の残すのは集まった力を都市へと均等に分配するだけ。

「されば」

ほんのわずかに。外観ではほとんどわからないぐらい、イリーズの口元が緩んだ。

次の瞬間。


ぐらり、と世界が暗転した。

[*前へ][次へ#]

4/8ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!