B
残る三体の悪魔憑きは、等しくセレスを警戒した。彼女が獲物ではなく、こちらを喰らう狩人だと認識したのだ。
これだけ騒いでも応援が来ない。仲介人の策略なのか。リズは気配を探ろうとするが痛みで集中できない。足手まといになるのが嫌で、悔しくて、ドラグーンの撃鉄に指をかけようとするも、力が入らない。マナを消費したせいで体が言うことを聞いてくれなかった。
虚しくも、戦いが再開される。
はじめに動いたのは若い女性の悪魔憑き。鋭く伸びた爪を十の剣にしてセレスへと肉薄する。
剛爪がベッドを掠め、布を切り裂き、白い羽毛が雪さながら舞い踊った。間一髪で避けたリズは受け身もできずに地面へ落ち、腹部を押さえて悶絶する。一瞬だけ途切れた視界が戻ると、爪を伸ばした女性の背中から、赤く染まった刃鉄が生えていた。セレスは、すでに斬り終えていたのだ。力をなくし、崩れ落ちた悪魔憑きの残骸を鍔に当てて前に押す。血溜まりに落ちた音が、いやに響いた。
赤く濡れた刀を優美に振るい、汚れを払う。セレスが一連の動作をするまで悪魔憑きは動けないでいた。リズさえも。だから、彼女に、写真の中で一人だけ動いているような奇妙さがあった。
飛来した石の矢を、半歩でかわす。次々と撃ち出されるも全て届かない。目で見ているのではない。セレスは肌に当たる風を読むことができる、第二の目をもっているのだ。それは、人の子の領域を踏み出しかねない異常とも言える技術。そう、技術なのだ。祓魔術による身体強化じゃない。リズは体調のせいではない寒気を感じた。
「すごい・・・・・・」
戦いを見るのは何度もあったが、そのたびに信じられなかった。
セレスは、ほとんどの祓魔術を使うことができない。彼女の才能は壊滅的で、存在しないと評しても過言ではない。
だから、だからこそ、セレスは刀の腕を磨き続けた。盲目という最悪の条件を背負い、無明の闇へ刃を投じる。それは果ての見えぬ迷路にも似ていた。目隠しのまま、出口があるかどうかもわからずに、ただ身体を鍛えた。他の者から見れば彼女の生き方は愚かとしか映らない。底無し沼に落とした金貨を、どうやって拾えようか。
それでも、彼女は諦めない。もう、この道しかないのだから。残されたのは鍛えるという選択だけ。眠る時間も削り、刃を振るう。そうした日々が過ぎていき、いつしか、セレスは杖もつかずに生活をしていた。無明の闇が少しだけ明るくなる。
そして、目覚めた。人生で二度目の産声があげられた。セレスの鍛え上げられた感覚は、目で見るのと寸分の狂いもなく世界と彼女を繋いだ。迷路に、出口はあったのだ。
それは間違いなく、諦めを知らない愚直さが生んだ一つの奇跡。
盲目の巫女は、その身に神を降ろすが、セレスは真の鬼となる。
「汝、曲がることなかれ」
唄うのは、刀に込められて誓い。刀匠は銘を『火竜小唄』と切った。本来なら竜とは聖教で邪悪な化身とされている。しかし、竜とは数多の神話や伝承では宝を護る番人として記されている。
家族という大切な宝を護る誓い。なに一つ、オマエになんかくれてやるモノのか、と叫んだ心が刃を支える。
悪魔憑きの走りが荒馬なら、セレスの走りは疾風。十メートルの距離を一瞬で詰め、敵の眼前に立つ。
鋼の軌跡は音さえ殺し、悪魔憑きの首を斬り落とす。戦っているというのに、あまりに静かで、時間は冷たく穏やかに流れる。残り一体。初老の男性悪魔憑きは、口から紫の液体を吐き出した。セレスが避け、目標を失った砲弾が壁に着弾。すると、その部分だけ飴細工のように融解した。強酸である。
悪魔憑きは後退し、さらに強酸を撃ち出した。砲弾としてではなく、横雨として。数百の弾丸がセレスを包み込もうとする。これでは避けられないし防げない。――はずなのに。
「汝、害うことなかれ」
セレスの体を包んだのは強酸の弾丸ではなく、光。夜空から掬い取った星々の奔流が足元から逆巻きに彼女を覆い尽くし、悪魔憑きの必殺だった攻撃を遮断した。
確認事項を一つ、彼女は祓魔術を使えない。疑問要素が一つ。
ならば、この白光の正体とは?
特別な理由なんかじゃない。セレスに特別な理由なんて必要ない。古来より光とは浄化の象徴。そして、献身的な聖女の祈りが悪魔を退ける話などごまんとあるのだ。つまり、そういうこと。清らか過ぎる心の持ち主は、ただそこにいるだけで奇跡を起こす。セレスは、祓魔術を使うことができない。使う、使わないの問題ではなく、いつもそこに『在る』のだから。
到達者。人の限界を越えた者。彼女は、翼を持たない慈愛の天使。
セレスは、家具や部屋自体が壊れても動じない。物は、また買えばいいのだから。
「しかし、この娘は違う。我が子の代わりなんてない。あなたが害をなすというのなら。一切の迷いなく斬り伏せましょう」
刀が孤高に浮かぶ満月よりも冷たく光を反射させる。
「・・・・・・これで終わりです」
セレス・トーンピアサーの二つ名『烈火の閃刃』は偽りでも誇張でもない。純粋に事実を述べただけだ。
一度、鞘に刀を納め、柄に手を優しくそえる。悪魔憑きの攻撃は全て光に舐められて消えてしまう。一息の踏み込みで彼女の姿が陽炎のようにぶれた。
「次は、間違えないでください」
悪魔憑きの胴体に線が滲み、ずるりと上半身だけが地面に落ちた。かちん。鍔が鳴り、刀が再び納められた。
鞘の内側をレールにして刃を走らせて、加速し、刹那の斬撃を繰り出す高等技法。極東の島国に伝わる『居合』と恐れられた技だった。
戦いの後に残ったのは呆然としたリズと、
「あら〜。掃除が大変ねー」
困ったように頬に手を当てるセレスだった。
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