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「ふあ〜」

間抜けな欠伸を隠しもせずに、リズ・トーンピアサーは背筋を伸ばした。ここは第四区の教会の一室、治療室である。壁際の棚には飲み薬が置かれてあった。彼女はベッドの上でのんびりとしている。服装は修道服ではなく、明るい色合いのパジャマだ。

数日前の、ハイネ・グリーズとの戦いで負った傷のせいで彼女は療養中である。

と、言っても杖を使えば歩けるし外見上は健康そのもので、問題は内側の傷だった。内臓や神経にまだ傷が残っている。セレス司祭が完治するまで絶対安静と言って聞かないのだ。

なので、仕方なくリズは休んでいるのだが、彼女は明るい性格であり、祭事は大好きである。つまり、

「あの、私もう元気なんで遊びにいってもいいですか?」

さっきから、うずうずそわそわしている。友達も皆、遊びに行ってしまった。しかし、

「駄目です」

セレス司祭が見張っているせいでリズはここから出れないでいた。椅子に座って本を広げている司祭様は、家族の体調に厳しい。

リズだって、心配されるのは嬉しい。それでも、やっぱり祭に行きたい。先程から窓越しに活気溢れる声や音楽が聞こえてくる。生き地獄のようなものだった。セレスも、その気持ちがわかる。

「けれど、ここで無理をすれば後に響きます。欲しいものがあるなら私が買ってあげるから我慢しなさいね」

「なんでもですか?」

「・・・・・・あまり高いものは駄目ですよ」

セレスの財布の中身を考え、リズは、あるモノを一つ選んだ。

「じゃあ、櫛を」

「櫛、ですか?」

リズは照れながら頷く。女の子らしい物をねだるのが、気恥ずかしかったのだ。左右の髪の長さが不揃いなのは『欠損による充填の術式』の布石であって、彼女がずぼらなせいではない。

歯の細かい櫛が欲しかった。戦いに身を投じているからこそ、いつもの身嗜みには気をつけたい。

セレスは、嬉しそうに笑みを浮かべた。娘の成長が眩しかったのだ。なら、飛び切り上等な櫛を買ってやらないと、そう思い、買い物に出かけようと立ち上がる。

――――沈黙。そして、

「隠れなくてもいいわよ?いるのはわかっているから」

扉が爆発するように吹き飛んだ。リズは驚愕で目を見開く。セレスは、顔を、開いた場所に向けた。招かざる客が四匹、迷い込んでいたのだ。

全員が年齢も性別も違う人間の形をしていた。

たが、それらは既に人間ではない。悪魔に願いはないかと囁かれ、契約してしまった成れの果て、悪魔憑きであった。どうして此処に?教会内では聖なる結界が働き、悪魔憑きは侵入できないはずだ。いや、それ以前にまだ昼間ではないか。光りが世界を満たしているときに悪魔憑きが現れるなんて聞いたことがない。

リズは枕元に置いていた、パーカッション式リボルバー、COLT・M1848『ドラグーン』を掴み取った。銃身には金箔細工で、こんな聖句が彩られている。

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もし、ここに錬金術に精通した者がいれば、こうなふうに読んだであろう。

『それを排撃し、そして滅する』

術式は文字通り、黄金。この銃に装填された弾丸は、鉛ではなく、純金で作られている。質量によって得られる純粋な物理的エネルギーもさることながら、これは錬金術の法を秘めていた。

錬金術とは、卑金属を黄金に変える変成術式や万能の力を秘めた賢者の石の製作を目的とした術だ。

太陽の象徴は黄金。逆もまた同じ。そして、銃自体にも象徴が隠されていた。引き金は吹子、撃鉄は炎の塊、銃身は熔鉱炉。弾倉は鉛を金に変える賢者の石。此処には、錬金術師の生涯が凝縮されてあった。

「大いなる作業は完了し、神の秘術に繋がる」

それはすなわち、マグヌス・オプスからアルス・マグナへの到達。汚れた者を阻む、不可侵領域。撃鉄を起こし、リズは躊躇せずに引き金を引く。

「されば成せ、此処に浄化を見出ださん!」

銃口から射出された黄金の弾丸は形をとき、歪んだかと思うと爆発的に質量を増加させる。巨大な真円の刃となって。

一番右端の悪魔憑きの胴体を真っ二つに切断。討伐する。続けて二発目を撃とうとして手に痺れが走り引き金を引けない。視界が、ぼんやりとしだす。肩に鋭い痛み。やはりまだ体が完治していない。

悪魔憑きがリズに向けて氷の砲弾を放つ。当たれば上半身が弾け飛ぶ必殺。避けようとするが、ベッドの上で体勢が崩れ、間に合わない。

だが、突如現れた光の顎が冷たい殺意を喰い尽くす。リズは傷一つ負わなかった。

現れたのと同じように蒼白の光は直ぐに消えた。氷を融かしただけで、何処にも燃えついてない。因果の基点は盲目の司祭。

「・・・・・・起きなさい」

静かな呟きと共に、セレスは杖に手をかけた。正確にいえば柄に。白木の鞘からゆっくりと抜かれたのは、霜が降りたような鋼の曲線。

一般的に西洋の剣は型に金属を流し込んで作られる鋳造法だ。大量生産できるものの、強度は劣る。

これは、剣ではない。『刀』と呼ばれる、極東の島国にしか存在しない刃であった。彼ら鍛冶師は、玉鋼という高純度の鋼鉄を用いり、刀を作り上げる。

その製造法は非常に複雑だ。強度によって数種に別れた玉鋼を高温で熱して、何度も叩いて、折り曲げて叩く。叩く。叩く。そして、合わせて叩き、一つの身になる。ここから刃を作る火造り、表面を削る仕上げ、前準備の土置き、刀身を硬化させ波紋を生む焼き入れ、研ぎ、銘入れ、柄に納める。

ただの武器ではなく、それは芸術の領域にまで達していた。セレスの持つ刀は、かつて譲り受けた大業物の一降り。名は『火竜小唄』。

下段に構え、わずかに前へ屈む。大切な我が子を護る親として、あるいは、怒れる鬼となってセレスは唄う。

「――汝、折れることなかれ」

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