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“What are you going to do with those pieces of key?”

“wait and see!”



その日、その晩。白いスーツに身を包んだ男、ハイネ・グルーズは街の中を歩いていた。陽気に指を弾いてリズムを刻みながら。

暗い世界。なによりも落ち着く世界。星も月も亡ければどんなに素晴らしいか。人工的な光も邪魔だ。目を開けているのか閉じているのかもわからない深淵が望ましいのに。手を伸ばせば届きそうな光の塊が恨めしい。

彼は、単に暇で夜の散歩をしているわけではなかった。

「中位二体を簡単に倒すか。いやいやまったく素晴らしい」

数分前にあった戦いを思い浮かべて、楽しそうにほくそ笑む。

小さい祓魔修道女の方はある程度予想はついていた。あの歳で高等祓魔術『影払いの剣』を使えるのには多少驚きだったが、問題にはならない。リズとの力を比べても大差ない。

だが、魔女が問題だった。

外側の法則を見たのは今回が初めてだったが、動揺を隠せなかった。

と言うのも、普通、祓魔術を使うためには『マナ』が必要となる。

『マナ』とは正式名を『Multi・always・navigate・ability』。

元はメラネシア・ポリネシアの言葉であり、『栄誉』『矜持』を意味する。

見えない触れられない。存在であり概念そのもの。物が物であるのは『マナ』が宿っているから。この世全てに神が満たした力。それをハイネは感知できる。どんな祓魔士より鮮明に。

リズの術に対処できたのは先触れの『マナ』から術を逆探知し、対抗術式を組み立てられたからだ。

言わば、殴り合いの喧嘩で、相手が自らの動きを大声で宣言しているようなもの。負ける気がしない。

しかし、魔法は違う。

なにも感知できないのだ。

指先一つで大気を切り裂き、派手に炎を咲き誇らせる。対して、こちらの攻撃は一つも通らない。教会が異端視するのもよく解った。あんなもの、信じられない。

ミーリアからすれば、弾丸を音速の二倍にした『だけ』の攻撃も、ハイネの目には脅威に映った。

「で、お前はどうするんだ?」

地面に視線を落とす。斜め前、八メートル先で、とある青年が絶望していた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だよ」

その青年は、シェリルにクッキーをあげた、タナーであった。全身汗だくで、ここから遠く離れた家が走り出した始まり。乱れた呼吸を調え、漏らす。

「どうしてだよ!」

言葉を絶望を。

「どうして?なんで!こんなのって、嘘だ!全部夢だ!」

一時間前まで、いつもと変わらない日常だったはずなのに。母が急に苦しみだし、窓から外へと抜け出した。追い掛けて、獣みたいな速さの母にやっと追いついたと安堵したら、光が瞬いた。

その光にも驚いたが、一番の驚きは、光の所有者が自分の知っている人物であったことだ。

小柄で愛らしい少女。彼女のような妹がいれば、どんなに毎日が楽しくなるだろうと夢想した。優しい微笑みが好きだった。たまに見せるおっちょこちょいなところが可愛かった。

シェリルちゃん。

――なんだよこれ。タナーは目の前に広がる光景が理解できなかった。することなんて無理だった。母が悪魔憑きだとわかったのが絶望なら、彼女が祓魔修道女だと理解したのは驚愕であった。

物陰から戦いを見ていた。魔女と呼ばれた女が男の悪魔憑きを殺した。いや、この場合、浄化したと言った方が正しいのだが、教会の人間でもない彼には、殺したとしか映らなかった。

そして、それは起こった。

たった一人の肉親である母を、

シェリルが、

殺した。

心臓に剣を突き刺し、

躊躇なく殺した。

母が死んだ。あまりにあっけない出来事に心がついて来なかった。あふれる血が地面に広がり、湯気が立ち込めてやっと反応した。胃から逆流した汚物をぶちまけ、膝から崩れる。目から零れた涙が熱かった。嗚咽で呼吸が苦しくなる。

夢であるなら早く覚めてほしい。きっと疲れていたんだ。だからこれは全部夢なんだ。タナーは髪を掻きむしって現実から目を背けようとした。

しかし、その赤色は間違いなく現実。

箱を開けるように、タナーの心を、黒い霧が覆った。どろどろした感情が体を循環して満ちていく。

「落ち着け少年。これが現実だ。お前の母親は四日前に悪魔と契約して人の道から外れた。これは必然だよ」

だけどな、とハイネは言葉を区切り、タナーを歓迎するように両手を広げた。

「蘇らせることはできるぜ」

「なにを言って・・・・・・」

言いかけ、タナーは下げかけた顔を上げた。

「蘇らせるって、母さんは生き返るのか!?」

「ああ」

あまりにも簡単に救いの手が差し延べられる。普通に考えたら馬鹿な冗談だとしか思えない。死人が戻ってくるのは神話や童話の中だけの話。

だから、タナーは既に足を踏み外していた。

目に映るのは男だけ、耳に届くのは男の言葉だけ。

水が紙に染み込むように。そして、水に浸かった紙は、もう紙ではない。ぐちゃぐちゃに形を失う。


「あなたはいったい」

崇拝にも似た敬意でタナーが問うと、ハイネは胸に手を当て、大仰に一礼する。

悪魔と言うには、違和感があり、道化師と言うにはあまりに滑稽。


「ハイネ・グリーズ。・・・・・・悪魔憑きから仲介人《チューナー》になった、元人間さ」

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あきゅろす。
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