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「ハイネ・グルーズと名乗った男と、記録に残っていた仲介人の容貌がほぼ一致している。同じ奴だと見て間違いないだろう。そして、ここ最近、悪魔憑きの出没が増えている。関連性が考えられるだろうな」
祓魔士と警察の警備を増やし、捜索を決行するも、状況は悪くなる一方だった。敵の影さえ掴めない。加えて、仮に見付けたとしてどうするのか問題だった。シェリルを抜かし、直接戦ったのはリズだけ。
リズ・トーンピアサーの戦力は第四区でも屈指を誇る。その彼女が十分な装備をして負けたのだ。
対悪魔憑きとの戦闘データで、ある程度の運動エネルギー、或いは熱量を得られれば攻撃が通ることは実証済み。数を揃えれば軍の兵器でも悪魔憑きは倒せる(最後は聖具で倒さなければならないが)。しかし、飽くまで悪魔憑きにだ。仲介人に敵う確率は限りなく低い。
現状で解っているのは不可視の力を使うということだけ。情報が少な過ぎる。加え、軍と大聖堂教会は仲が良くない。鉛の弾丸と腕っ節を神より信じている軍人が上層部に多いらしい。
高位修道女はセレスを抜かして他の教会にもいる。しかし、昨夜、大量の悪魔憑きの襲撃をうけて半壊し、死者こそ出なかったものの傷を負ってしまったらしい。普通の傷なら簡単に治せるが、悪魔憑きからうけた傷は不浄の塊であり、治癒期間が延びる。
タイミングの悪すぎる事態にシェリルは仲介人の策略があるとしか考えられなかった。昨夜は彼女も襲われたのだ。ミーリアも、一言も発さずに腕を組んでいる。
実質、シェリル達アルベルト教会とセレス達のラウンティス教会で仲介人を倒すしかない。カンタベリー大聖堂直属の最高位祓魔士への依頼もしたが、まるで謀ったように各地でも悪魔憑きの出現率は増加し、援軍はあまり期待できない。
だが、希望もあった。奇しくも、一週間後の祭りに繋がって。
「祓魔聖域の再強化。ですね」
セレスが言ったのは『往来祭』の裏で極秘に行われる祓魔術。
この産業都市・カエリア全域を包み込み、悪魔憑きの活動を抑制する、神道でいうところの結界が存在するのだが、時が経つにつれて効果は弱まっていく。なので、祭りの日に合わせて、再度強化するのだ。
「うむ。再強化に重ねて、大規模の探索術式も発動させる。これで仲介人の居場所も突き止められるだろうさ」
「なんだい。私の出番はなさそうだねー」
ミーリアが立ち上がり、部屋から出ようとする。壁に立て掛けてあった黒のケースを肩に提げ、ドアノブに手を伸ばした。そのとき、
「お久しぶりです。緋色の魔女よ」
向かい側の誰かから扉を開けられた。
その人物は、蒼と白の布地を基調にした単純ながらも美しい軽装に肩や胸、腕や足を守る、鋼の鎧を上から重ねた服装で、王女の気品と騎士の矜持を兼ね揃えていた。歳は二十代後半だろうか。肌は新雪のように白く、黄金の髪は肩あたりで適当に切り揃えられている。そこに包まれているのは、形のいい眉に、アメジストの瞳。
彼女はイリーズ・A・フェルクス。古来より祓魔を担う血筋、フェルクス家の二十四代目当代で、若いながらも、最高位修道女《サード・シスター》にまで上り詰めた希代の天才だ。
「すいません。仕事を片付けるのに思ったより時間がかかってしまいました」
信仰心が強いことでも有名で、表情は乏しいながらも、大勢の人々から慕われている。イリーズの美しさも相俟って、彼女を聖母の生まれ変わりだと信じる者も現れるぐらいに。恥ずかしいと思いながらも顔にはださない。
ぴくりと、ミーリアの体が止まった。
「うへー」
ミーリアは露骨に嫌そうな顔をする。後退り、わざとらしくイリーズから離れた。魔女は彼女が嫌いだった。その逆も同じだった。魔法使いとか教会とかそんな理由ではなく、純粋に人として反りが合わなかったのだ。
「うへーとはなんですか」
二人の間に、嫌な空気が流れる。一触即発の危険な状態だ。レジラントはさらに身を縮こませた。イリーズの方が偉いし、ミーリアを怒らせたら比喩なしに教会を破壊されかねない。
やれやれとセレスが助け船を出そうとして、シェリルが嬉しそうに跳び上がった。
「イリーズさん!お久しぶりです」
シェリルとイリーズが出会ったのは今日が初めてではない。あの事件の後、独りになった彼女を保護し、教育したのはイリーズなのだ。
イリーズは表情を僅かに緩め、シェリルの姿を目に焼き付けるように上から下までじっくり見る。その間にレジラントが気を利かせて椅子を持ってきた。
「シェリル。見ないうちに随分と・・・・・・変わっていませんね。栄養はちゃんと取っていますか?」
指摘されたレジラントは苦笑まじりに真実を告げた。
「他の修道女の倍は食べます。それ以外にも、ね」
数ヶ月振りの再開に喜びかけたシェリルは、顔を強張らせた。さっきまでなに話していたっけ?
「そ、そうです。イリーズさんはどうしてこの教会に来たんですか」
「ええ。どうにか時間を作り、仲介人討伐のために来たのです。それで、首尾は?」
どうにか上手くごまかせた。シェリルは、ホッとして座り直す。ミーリアがニヤニヤしていのはきっと気のせいだ。
「というわけで、現在こちらから打てる手段はありません」
「頼みの綱は祭での儀式だけですか。それは厄介ですね」
セレスやレジラントとイリーズが論議を続ける。ミーリアは欠伸一つして、また席を立った。
「じゃあ、私は帰るさね」
すると、イリーズが魔女の背中に言葉を投げた。
「例の物は完成しましたか?」
セレスの視線がシェリルの椅子にかけてある剣に落とされる。
「それが、新しい武器ですね」
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