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魔女の家には地下室があり、ミーリアはそれを工房と呼ぶ。梯子で下り、壁際のスイッチを押した。天井の電灯が光を発して空間を明るく照らす。広さは一辺九十メートルの正方形、高さは十八メートル程。透明な硝子のような壁で、事細かく区切られている。

各部屋のテーブルに無造作に置かれているのは試験管や科学器具。種類別に鎮座するのは旋盤から万能フライス盤、ボール盤、平面研削盤、電気溶接機、研磨機、ワイヤ放電加工機から、プレス機、合成樹脂生成機、光学顕微鏡、熱利用の発電機、加熱炉、蒸留装置、音波収束機、電圧変換機、ハンドロード用具一式、鋳造機、各種測定器具、ET CETERA。

そのほとんどが、この時代には存在しない異物。

教会に追われている魔法使い達の正体は『科学者』である。それも、文明のレベルで比較すれば数百年単位で掛け離れているほどの超高度知識を所有している。だが、それは他の人間から見れば異質にしか映らない。

だから魔女狩りがはじまった。教会への信仰を保つために。ミーリアが所有するこれらは、昔から代々受け継がれてきた宝物だ。

数式は彼女にとって世界と繋がる大事な鍵。教会にとっては異端な現象を生み出す呪文。

ミーリアから言わせれば科学は法則に乗っ取り、これはこうなるとあらかじめ決められたもの。なんら異端なところなんてない。むしろ、火薬も酸素も使わないのに聖句一つで炎を出す教会の術の方がおかしい。

空調の効いた少しだけ乾いた空気を肺に詰め込み、ミーリアはバケツをテーブルに置いた。錆びた金属を見詰め、呟く。

「先ずは選別っと」

大小ばらばらの破片を次々とより分けていく。トタンから銅、鉄から鉛まで細かく。一目見ただけでだ。彼女の『目』なら、それが可能であった。

選別し終えると、酸化鉄だけをバケツに戻し、目的の部屋の扉を開ける。途端に、もわっと熱気が押し寄せてきた。

巨大な坩堝のようなこれは熔鉱炉である。錆びた鉄を熔かして不純物を抜き、再び使えるようにする。街の工場に行けば、鉄屑を買い取ってくれるので、子供達は小遣い稼ぎに集めるのだ。

ジェシカも、その中の一人だったのだが、鉄屑も無限に有るわけではない。自然と縄張りやグループがうまれる。幼い彼女には、命とまではいかないまでも危険な仕事であった。

集めたいのに集められない。困り果てていたそんなとき、ジェシカはミーリアと出会った。それから、二人の交流が始まった。

鉄屑はとりあえず保管庫に入れておく。ジェシカもいることだし、と薄く笑う。

「シェリルもいるしね。とびっきりのお菓子でも出すとするか。蜂蜜入りのホットミルクもいいね」

こんなに気持ちが浮き浮きするのは、百年の記憶の中でも此処最近の話だった。自分は子供好きなのだろうかと精神分析して判断。

三割正解で七割外れだった。

きっと、自分は寂しいだけなのだ。他の魔女とは電子端末機で情報の交換はしている。だが、直に会って話すことなんて滅多にない。

寂しかった。なんて、感情があるのにびっくりした。ああ、確かに寂しかったのであろう。否定はしない。

体験した時間が蓄積され続ければ体感する時間は早く感じるはずなのに、異様に長く感じられた。美味しいはずの紅茶も、まずかった。

だから、ジェシカと出会えたことが嬉しかった。神様なんていないと考えていても、こればっかりは感謝してもいいような気がした。毎日がちょっとだけ輝いた。楽しかった。

階段を上り、隠し扉を厳重に閉じてからキッチンに向かう。クッキーを焼いてみるのもいい。それともシュークリームを?

ミーリアが戻ってきたのに気づいたシェリルが首を傾げた。

「魔女よ。お茶菓子ならすでにケーキがありますけど?」

「サービスだよ。ジェシカだってもっと食べたいだろ?」

話しをふられたジェシカは、もじもじと言いにくそうに服の裾を握っていた。ミーリアには、その理由がわかった。だから、棚から木の箱を取り出した。そこに、日持ちするお菓子をつめるだけつめる。

持っていきなと、テーブルに置くと、すごくびっくした表情になったのが可愛かった。

ジェシカの家には、父と病気の母がいる。そして、甘いものは庶民にとって贅沢品だった。罪悪感があったのだろう。

ちなみに、教会でも過剰な嗜好品は禁止しているわけで、シェリルは脇腹が痛くなる思いだった。

「どうしたんだいシェリル?通路でうずくまれると邪魔なんだけどね。お腹でも痛いのかい?薬ならあるよ」

「痛いのは、心です」

心に効く薬はありますか?ジェシカが一人、首を傾げていた。



三人の騒がしいお茶会が終わり、ジェシカはバケツに木箱を隠して席を立った。

「もう、帰るのかい?」

「家の仕事が残ってますから」

「むう。それじゃあ仕方ないね。ちょっと待ってな」

ミーリアがまた部屋に行ったと思うと、なにかを手に持って戻ってきた。黒革の財布と、白い小さな紙袋だった。

「いつもと同じ薬さね。食事の後に二錠飲ませな。あと、これが今回分のお金だ」

ミーリアから渡された二枚の紙幣と数枚の貨幣の金額を計算して、ジェシカは困惑した。どう見積もっても普通の相場より多かった。

「受け取りな。祭も近いし、屋台だってまわりたいだろ?」

一週間後に都市の中心となっている五区から九区で祭りが開催される。パレードがあったり、屋台、サーカス、大道芸人の出し物があったりと、毎年すごい賑わいを見せる。年に一回の楽しみだ。

下級層の人々も、年に一回だけならな、とちょっとだけ贅沢をする。しかし、それさえできない人々もいる。

大人なら理解できるだろうが、子供に我慢しろというのは酷であった。

ジェシカが中々折れないので、ミーリアはやれやれと耳打ちする。

「また。来てくれるかい?」

ジェシカも聞いたことがある。

いわく、第四区の森には魔女がいると。その魔女の身体は『人』の外側の知識の結晶。会えば骨までしゃぶりつくされ、死に至る。

たびたび起こる怪事件の全てが彼女のせいだと。

大丈夫。誰が魔女かなんてすぐにわかる。魔女には特徴がある。

その瞳は――――、

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あきゅろす。
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