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無明の闇を斬り裂く力がほしい。全部全部、煩わしい。

――――正しい選択肢はどれだったのか?

「ふっ、せい!」

短い溜めからシェリルは連続で剣を振るう。

朝霧を鋼の刃が横薙に斬り裂く。踏み込んだ足はそのまま、反動を利用して逆軌道に返し、上段から振り下ろす。舞っていた緑葉が真っ二つになった。

さらに、地面を拒絶するように剣を跳ね上げ、左肩から胴、右手まで直線で繋いだ狂いのない突きが空を穿つ。

――あの時が忘れられない。だから剣を握る。

まだ、遅い。逆手に直し、二度旋回。刃纏う独楽となる。外へ向かう力を重ね、斜め一閃、必殺の袈裟斬りを放つ。

ぴたりと、切っ先が地面すれすれで止まり、シェリルも硬直する。

――それが正しいのか今でもわからないけど。

多分、間違ってはないと想うから。想いたいから。

「はあ、はあ、はあぁ・・・・・・」

自分の世界に意識が溶けていた。肩で息をしたシェリルが、辺りを見回す。森の暗い深緑が目に痛い。

剣を腰の鞘(背中には諦めた)に収め、軽く背中をのばす。対悪魔憑き用の鍛練だとしても、運動するのは気持ち良い。体が適度にほてり、今にも走り出したい気分だった。

だが、今朝見た夢が影を注した。ぎしり、と噛み締めた奥歯が鳴った。最後に見たのはいつだっただろうか。何度目だっただろうか。涙は枯れている。代わりに洩れたのは溜め息。

かぶりを振って、ある方向へ集中しつつ歩き出す。すると、数分もしないうちに目的の場所に着いた。

三角屋根の魔女の家である。今日は白い煙りが煙突から太く長く昇っていた。

よかった、と安心する。魔女に言われた通りに帰れた。これで帰れなかったら森の全ての木を斬ってでも出るつもりだったけど。

扉をノックし、鍵がかかっていないのを確認する。中へ入ると、甘い声が聞こえた。

「おかえり。なーんて、久しぶりに言ったね」

ゴシックでロリータなミーリアが苦笑しつつも嬉しそうにシェリルを迎えた。両手には、焼きたてのパンがつまったバケットを持っている。その豊潤な香りに、修道女はくらりと目眩がした。実に美味しそうである。

他の香りにも気づき、テーブルを見ると、コンソメスープと野菜サラダ、ベーコンエッグまで準備されていた。ぐるぐると猛烈にお腹がすいてくる。

一人暮らし。つまり、これら全てはミーリアが作ったわけで。・・・・・・毒でも入っているんじゃないだろうかと疑う。いやいや、流石の魔女もそんなことはしないだろう。でも、やりかねないよなー、この人。

「なにしてんだい?早く座りな。スープが冷めるじゃないか」

怪訝な顔をしたミーリアに促されたシェリルは、ぎこちなく椅子に座った。剣は壁に立てかけておく。目の前には料理が。よだれがでそうである。

魔女は一度台所に向かったかと思うと、ジャムの入った硝子瓶を三つ持ってきてテーブルに置いた。そして、シェリルの正面に座る。
ジャムは木苺とブルーベリィ、マーマレードだった。実に塗りがいがある。

「私、最近主への祈りが足りないような気がします」

「朝は毎日のはじまりだよ。これぐらい食べるのが当然さね」

そう言ったミーリアは、パンにたっぷりとブルーベリィのジャムを塗る。柔らかいふかふかな白パンが甘酸っぱい誘惑をコーティングする。

「・・・・・・い、いただきます!」

もう自棄だった。

そういえば日本の信者から聞いた話しだとドゲザーという誠心誠意の謝罪を示す儀式があるらしい。

今度会ったらぜひ教えて欲しいものだ。



食後にお茶を飲んでいると、ドアがノックされる音が鳴った。お客なんて珍しいとシェリルがカップを傾けていると、ミーリアが椅子を倒して立ち上がった。待ってましたと、言わんばかりに陽気に鼻歌までしていた。

正直言って気持ち悪い。歳を考えてほしかった。

そんなシェリルの感じた寒気も知らずに、ミーリアはドアを開けて出迎えた。

「あ、あの、おはようございます」

二つおさげを結った、十歳前後の幼女が現れ、シェリルは目を点にした。遥か孤高の無表情になる。あんた誰?なに、実は千年生きている魔女の仲間ですか?剣の柄に手をかけそうになるが、違った。

ミーリアが顔を緩ませながら幼女の頭を撫でまくった。手が一往復するたびに口元が歪む。熱病にでもかかったように。

「ジェシカ〜。よく来たね〜。相変わらず・・・・・・ふふふふ」

シェリルはとりあえずお茶を飲み干した。自分がひどく場違いな気がしてくる。空気の粘度が増していた。

服装から予想すると、ジェシカは下級層の子供らしい。手にはトタン製のバケツが握られてある。その中に入っているのは、黒と赤茶色の破片の山盛りで、

「錆びた、金属?」

金属と酸素の分子同士が結合して使い物にならなくなったゴミのはず。しかし、ミーリアは嬉しそうにバケツを受け取った。

「おお、いっぱい集まったようだね。偉いよー。よしよし、待ってな。すぐに量ってくるから。シェリル。この子にお茶と菓子を出しな。棚にパウンドケーキが入っているから」

そう言うとミーリアは奥の部屋へと消えていった。

「私は、貴女の侍女じゃありませんよーだ」

文句を零しながらも、ジェシカのために新しいカップとケーキ、フォークを準備する。シェリルよりも小さな少女は、不思議そうに首を傾げた。

気まずい。どう切り出していいものか。修道女と名乗るべきなのだろうか?

「ど、どうぞ」

「ありがとうございます。お姉ちゃん」

その言葉でシェリルは、ショック死する寸前まで追い込まれた。その笑顔で『お姉ちゃん』は反則だった。いるかどうかわからない神よりも、立派な救いだった。感激で涙がでそうである。

同い年の中でも小柄なシェリルは皆から色々な意味で可愛がられていた。小動物のような扱いである。

そんな自分が『お姉ちゃん』。もう嬉しくてどうにかなりそう。

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