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 産業革命後の世界は急速的な発展を遂げた。蒸気機関車の速さは馬を越え、空は鳥だけのものではなくなった。電気通信は世界中を繋ごうとしていた。
 そんな新時代、ある日。
 どこかの誰かが、こう言った。

『これを運命だって言わないのなら私は神様だってぶん殴ります』



 近世の英国、産業都市カエリア。腕の良い職人が集まり、とくに金属加工が有名だ。
 そこそこ大きく、そこそこ賑わっているその都市で、シェリル・ゼロアクラスという名の平修道女《ファースト・シスター》は第七区、アルベルト教会の庭で掃除をしていた。箒を両手で握り、落ち葉を一箇所に集めている。
 歳は十四、五の、まだ幼い少女だ。フードで隠れているが、髪はセミロングの金色で、肌は白、瞳は鮮やかなダークヴラウン。清楚とした雰囲気で、可憐という言葉が似合っていた。鳥の囀りに耳を傾けたさいに見せた淡い微笑みは、木漏れ日のようにやわらかい。
 惜しむらくは、少々色気に欠けることだが、先も述べたようにまだ幼く、色欲を七つの大罪の一つに数える正教徒にそれを求める方が間違いであろう。あと三、四年もすればまな板同然の胸も、石窯に入れたパンのように膨らむ筈だ。多分。
「今日も良い天気だなー。夏が近いからかな?」
 シェリルは空を見上げ、雲一つない快晴へ眩しそうに目を細めた。朝の空気がとても清々しい。この分だと洗濯物もばっちり乾くであろう。庭を掃除しているのは彼女だけで、他の修道女・士達は教会内の掃除や聖典の虫干しなどをしている。こじんまりとした教会なので、元々の人数がそれほど多くないのだ。昔はもっといたらしいが、今では司祭をいれて、二十人程しかいない。
 建てられてから百年近く経つのだが、古臭いという感じはしない。屋根のてっぺんで堂々と存在を主張する金属製の十字架は、綺麗に磨かれ、錆一つない。人々から親しまれている教会であった。
「さーて、これぐらいでいいかしら?えっと、ちり取りはどこに」
「おはよう。シェリルちゃん」
 誰かに呼ばれ、シェリルは声のした方を振り向いた。庭と石畳の道を隔てる垣根の向こう側に、見知った青年が立っていた。
「あ、タナーさん」
 髪は短く切り揃えられており、身長が百五十センチのシェリルより頭一つ分高い。力仕事が似合う体格の良い青年だ。肩には紐で縛ったズタ袋をかけている。歳は今年で十八になるらしい。初めて会話をしたのは十日の、今日と同じここでだった。
「おはようございます。これからお仕事ですか?」
「うん。今日は十区の酒場の増築工事さ。急にだったらしくてね。親方は文句を言っていたよ」
 タナーの仕事は大工だ。もっとも、まだ見習い中で、釘など打たせてもらえるわけがなく、主な仕事は材料運びや仕事場の掃除だったりする。
「まあ。体に気をつけて頑張ってくださいね」
「うん、ありがと。・・・・・・えっと、これ」
 喉奥から搾り出すような声で言ったタナーは、ズタ袋の中から何かを取り出し、目の前の修道女へ差し出す。思わず、シェリルは受け取ってしまった。手の平におさまる程度の大きさで、中身の詰まった麻袋だ。ほんのりとだが甘く、バターの香りがする。
 中身が分からずシェリルが首を傾げていると、タナーが開けてみてと促したので、言う通り麻袋の紐をといた。あっ、と声がこぼれた。中に入っていたのは、丸い形のクッキーだった。彼女が顔を上げると、彼は照れたように鼻の頭をかいていた。
「よかったら、その、貰ってくれないかな?」
「で、でも、これ」
 蜂蜜や砂糖を使う甘い食べ物は等しく高い。そして、タナーの服装からはお世辞にも、彼の家が裕福とは思えない。シェリルはどうしても気が引けた。すると青年は、太陽のように、にっかりと笑ったのだ。
「気にしないでくれよ。売れ残りを安く買ったんだ。ほら、早くしないと司祭様に見付かっちまうぜ」「施す側の私が・・・・・・私が」
 シェリルは己の欲と戦う。その間、数秒。・・・・・・負けた。
「・・・・・・あっ、貴方の毎日に、天の加護を」
 せめてと、祈りを捧げることでシェリルは聖教者としての威厳を守った。つもりだった。


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