幻想世界
キリカ・レーチェ
リゴスには空渡(そらわたり)達で運営されている運送屋がある。
空渡とは、亜人種の中の1つ、風の民・グリフェラと、彼、彼女等が赤子のときから一緒に育てられ、生涯の相棒となる大鳥種・フェルーとの組み合わせの通称である。
今日は良い風が吹いていた。
「あああっ!!」
酒場の休憩室で賄いのサンドイッチを食べていたキリイがいきなり立ち上がり、驚きの声を発した。
「びっくりしたー。どうしたのキリイ?」
小さな小さな同僚のフェアリー、ハヤナが自分の背丈近くあるサンドイッチを埋もれるように食らい付いているのを止め、キリイを見上げる。
「忘れてたの、これ!」
クロノがテーブルの隅にあった、小包を指差す。
〜昨日の夜、借屋にて〜
「あれ〜クロノ、今から何処かに行くの?」
寝巻に着替えないで、探索用の装備をしているクロノに、遅く帰ってきたキリイが問うと、彼女はリボルバーに使い捨て用の魔石を6発全装填してから眠たそうに微苦笑した。
「そう。〜はふ。この時間だと、ミルエの原石が光るんだって。天然のレートは向上中、一欠けらでも見付けられたら5万!・・・・・・ふっふっふ。目指せ、地下洞窟!」
皮算用をしているクロノに呆れながら、キリイは櫛で自分の髪をすいていく。
すると、視界に入った机に、見慣れない小包があった。
「これなに?」
「あ、これ?前の仕事でお世話になった森の魔女さんにお礼したくて買ってきたんだ。それで、悪いんだけど明日の朝一で運送屋に届けてくれない?手紙で明日の夕方まで届けますって書いちゃったんだ」
「遠いからね、それぐらいじゃないと無理かー。うん分かった。まかせて」
「ありがと〜」
〜昨日の夜、借屋にて。終り〜
「それで忘れてお昼にいたった。キリイもドジだねー」
「ど、ど、どうしよう!?今から夕方までに間に合うの?ハヤナ〜」
涙目になりながら困り果てているクロノにハヤナは、サンドイッチをまた食べつつ、一言。
「確か、高速便があったよ。その空渡に頼んだら?」
「それだあああ!!」
急いで行かなくちゃ!と、クロノは小包を掴み、ハヤナが瞬きをしたときには既にいなかった。
呆気に取られるハヤナ。
とりあえず、
「休みが終わるまで帰ってきなよーキリイ」
お茶を飲むことにした。
運送屋の扉を開くと、受付の、飛ぶことを引退した老年のグリフェラ人の男性と目が合った。
グリフェラ人は、髪と目が晴れた日の海の青で、肌は小麦色だ。
言い伝えでは、空に近付き過ぎて、海の神様が嫉妬したから青色に。太陽の神様が祝福にと小麦色にしたそうだ。
「いらっしゃい」
荒い息を整えきれず咳込みながらもクロノはカウンターに小包を置き、財布である革袋を取り出す。
「あの、ゴホゴホ。に、にもちゆ、ケフ、コホ、荷物をとどけてぇ・・・あの夕方までにトルファの村に届きますか?」
トルファと聞いた老人は、カウンターの後ろにある棚から、地図を取り出し、小包を大きな天秤に乗せる。
「そうですね。高速便なら大丈夫ですよ。お代は普通料金に上乗せで1万5000ミリーです」
「半分で良いよ、お客さん。今日は風の調子が良いからね」
誰かの声。
カウンター脇の、更に奥にある扉が開かれると、グリフェラ人の、人間の外観なら13、4歳の少女が現れた。
ショートボブで、くりくりとした目に元気が燈っている。
身長は140センチと、キリイと20センチ以上離れていたが、胸の豊かさは、キリイの完敗。
動き易さを重視した、チューブトップと短パンが色っぽかった。
「おや、キリカ。調度良かった。お前ならトルファの村まで間に合うだろう」
「うん。まかせて!」
元気な笑顔が眩しい。キリイには救いの神様に見えた。
「お願いします。えーと、キリカさん?ちゃん?」
「あはは。グリフェラ人は背も小さいし、若く見えるからね。僕は今年で20歳になるんだ」
キリカは気を悪くしてはなさそうだった。
クロノは来週で19歳。2つ上だ。
じゃあ、キリカさんかーと納得。
「じゃあ、こっちに来てくれる?ソネットに会って欲しいんだ」
「ソネット?」
「僕の相棒さ」
「ピューイ!」
外で、鷹に似た鳥が翼を休めていた。
「うわ〜大きい」
大鳥種、フェルー。キリカがソネットと呼ぶ相棒は、とても大きく、
翼を広げると8メートル以上はあった。
「ピュ、ピューイ?」
「うん。仕事だよ。翼は大丈夫?」
「ピュ、ピュ。ピューイ!」
「そう、なら、すぐに飛べるね!」
キリカはソネットのフサフサしたお腹に顔を埋める。翼で閉じれば、そのままテントになりそうだった。
「言葉が分かるんですか?」
クロノが質問すると、キリカは、顔をはなし、誇るように、
「気持ちが通じているんだ。・・・おっと、お客さん急ぎだったよね?この小包は確かに預かったよ」
台も使わずに、キリカはソネットの背中に飛び乗る。
鞍も手綱も無い。キリカは膝を折った足でソネットの背中を挟んだだけだ。
あれで飛んで平気なのだろうかとキリイが思ったと同時、
「ピューイ!!」
羽ばたきが始まった。
ゴオオオオッ!!と鼓膜がハンマーで直接殴られた感覚がキリイを、
「えっ?」
襲わない。まったくの無音。埃一つ舞わない。
魔法による風の操作だ。
グリフェラ人は風の魔法を知識として学ばない。それだけ、生まれた頃からの当たり前であった。
ソネットは、キリカが集めてくれた風を自分の翼で束ね、更に風を纏う。
「ピュー!!」「いっくよー!!」
消えたと錯覚する程の上昇。若い『空渡』は既に、空に乗っていた。
「お、お願いしまーす!」
ソネットの最大飛行速度は音と同じ。キリカの魔法を合わせれば3倍にまでなる。
この速度を維持したままでも5日は優に飛べるが、急ぐような事はしなかった。
「今日も天気が良いなー」
ソネットの背中は、とても静かで、蝋燭の火でも消えはしないだろう。
目に映る光景は引き伸ばされ、帯のようになっている。
普通の人間なら。
グリフェラ人の動体視力は、はっきりと風の世界を理解していた。
空には彼女の他にも飛んでいる姿が見えた。
老齢の巨竜はゆっくりと、精霊達はぷかぷかと浮かび、箒で飛行訓練をしている女子魔法学生は、
「なあなあ、ここら辺慣れてないんだろ?俺達がエスコートするからどっか行かない?」
「楽しい所沢山知ってるぜー。なんなら酒場にでも」
2人組の、箒に乗った、不良魔法使いにナンパされていた。
学生の眼鏡の方は額に青筋を浮かし、今すぐにでも魔法を撃ちそうで、長い髪を後ろで1つに束ねた方はオドオドしているだけ。
「ソネット。ちょっと寄り道しよう」
「ピューイ!」
飛行速度を落とし、並列になる。
「困ってるだろ。ナンパなんてやめな」
「ああ?いきなりなに言って・・・やが、る」
男の1人が言いかけ、顔を引き攣らせた。
空で『空渡』に喧嘩を売るのは、馬鹿のする事。
いわく、格言。
「なんだ〜ちびっ子。俺達と遊びたいのか?ヒック」
悲しいかな。もう片方の男は酔っているのか、自分の身の危険を分かっていないらしい。
「ば、ばか。空渡だぞ。勝てるわけないって」
「うっせーなー。今の俺にはコイツが」
酔っ払いの馬鹿はローブの裏から杖を取り出す。
「炎よ走れ!」
ゴオ!!と、杖の先端から球体の炎が生まれ、ソネットの翼を襲おうと迫る。
だが、
「ピュー!!」
『空渡』は消えた。
「遅い」
キリカの声が聞こえたのは、男組の後ろから。
振り返れば、そこに、若い『空渡』がいた。
刹那の間に起こった事実を、男組は恐怖として感じ取った。酔いは完璧にさめている。
「こっちから攻撃しても良いんだよ?」
キリカの風属性魔法は、高位の魔法使いと同レベルか、それ以上。
男が使った魔法などと、比べ物にならない。
「「す、すいませんでしたー!!」
男組は、逃げ足だけは早かった。
「ありがとうございます。『空渡』さん」
「べ、別に、私1人でも大丈夫だったんだから。ただ、授業中で飛行系魔法以外使うとペナルティーになるから、それで」
「ルミナ、他にもっと言うことあるよね?」
「・・・・・・ぁりがと」
ルミナと呼ばれた、女学生は素直じゃないらしいが、根は良いようだ。
「じゃあ、僕達はこれで」
「ピュ、ピューイ」
ソネットの羽ばたきで、翼は音を切り、女学生はすぐに見えなくなった。
「ピューイ、ピュピュ?」
「んー。急がなくてもちゃんと間に合うよ」
「ピューピュ」
「もう。ソネットは心配性だなー。一緒に飛んで、もう5年だよ。はじめの頃みたいに、お腹が減って倒れるなんて失敗しないよ」
グリフェラ人とフェルーは15で立春となる。
キリカとソネットは、まだまだ一人前の『空渡』とは言えないが、誇りは、決して揺るがない。
空を繋ぎ、渡る。それが、自分達の、『空渡』の使命。
「ピューイ!」
「うん。頑張ろう!!」
キリカはソネットの頭を優しく撫でる。
空は、青く、遠く、広く、
風がとても心地良かった。
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