幻想世界
クロノ・スターマイル
この町の名は、リゴス。様々な種族、様々な職業が集まっている、そこそこに大きな町だ。相変わらず今日も賑わっている。
鍛冶屋が剣を鍛える音。
魔法書片手に意見を交わすエルフやフェアリー。
巨人種のために、牛と同じぐらいの大きさのパンを必死に焼いているパン屋。
露店の魔法遊具を親にねだる子供達。
空は文句のつけようが無い快晴で、巨大な鳥の背に乗った空渡や、箒に跨がった魔法使い、ドラゴン等が飛び回っていた。
【これは、ある幻想世界の物語】
酒場では常時、騒がしくしていないと酒を飲ませてはもらえない。そんなルールがあると言われても嘘とは思えない。
「マスター!テキーラだ!ストレートで持ってこい!!」
「テメエ!この賞金額じゃ不服って言うのか!俺が5人倒してお前が3人。平等になんか分けられるか!」
「見ろよこの魔石!天然のミルエだ!20万はくだらないぜ!」
「こっちはラムだ!畜生!あの武器商人!安物扱いやがって!今度会ったらぶっ殺してやる!!」
「ふざけるな!お前の5人は俺様のサポートがあってのことだ!平等なだけ感謝しやがれ!魔法使いってのは、俺達剣士がいないと、なんも出来ないだろうが!!」
「金がないからツケだ〜?・・・表出ろ若造。○○○○ぶち抜いてやろうか!?」
いつもと変わらない喧騒。いつもと変わらない光景。つまり、
「平和だね〜」
一番奥の、がたついた木テーブルに座っているのは、こんな酒場には到底相応しくない、美しい女性だった。歳は20代前半、短く切り揃えた金色の髪。空の蒼を直接塗り込めたかのような両眼は眠たさそうに半分閉じかけている。白いシャツにジーンズとシンプルな服装で、腰には一丁の大型口径のリボルバーを提げていた。
名はクロノ・スターマイル。賞金稼ぎである。
「これを見て、そんな感想が持てるなんて、クロノは変わってるね。・・・・・・はい。林檎の果実酒に、蒸した魚と鶏の照り焼き。塩は多めにふっておいたよ」
クロノのテーブルに次々と注文を運んできたのは、肩まで届く黒髪に三角巾を被せ、長めのスカートの上から前掛けをかけた女性。看板娘のキリイである。
「サンキュー。もう、お腹ペコペコだよ」
果実酒の入った、決して小さくないジョッキを手に取り、一気に半分以上飲み干してしまう。ぷは〜、と上機嫌だった。
「さっすが、知恵の木の実から作られた酒だ。神の血なんかより、断然旨い!」
「くすくす。そうは言っても、酒は酒。摂りすぎれば、知恵の代わりにくれるのは頭痛と後悔。飲み過ぎて2日酔いなんてしちゃ駄目だよ?まあ、たまにはそれぐらい飲んでくれないと、私の懐が暖かくならないんだけど。ふふ」
「あはは。違いない!たまにはドワーフさんぐらい飲まないと!」
「ガハハ!ドワーフの事が良く分かっているじゃないかクロノ!キリイの姉ちゃん、酒のおかわりだ!!」
「あ、はーいただいま。じゃ、またねクロノ」
「うん。キリイ」
まだ湯気を上げている鶏肉を豪快に頬張り、クロノは楽しそう笑う。と、残りの酒を飲み干し、2杯目を注文しようとしたときに、一際大きな怒声。
「クロノ・スターマイル!」
ガツン!と、乱暴に開けられる扉。名を呼ばれ、そちらを振り向く。
「っんぐ。私?」
扉の前に立っていたのは、クロノと同じぐらいの年齢で、真新しいテンガロンハットを被ったカウボーイみたいな男だった。人間種である。酒場全員の視線を集めながらも、悠然としていて、再度口を開く。
「マスター。ここに、クロノがいると聞いてきた。どこにいる?」
「クロノなら一番奥の」
言い切らないうちに男は、奥へと進んで行き、クロノを見付けた。目が合う。
「お前がクロノか?」
「そうだけど?」
蒸し魚を摘みながらクロノは頷く。
「俺の名はアーバス・ヒーカス。一つ頼みがある」
「もぐ、ひゃのみって」
「ああ、・・・って、食べるを止めろ!人の話しは、ちゃんと聞け!」
「キリイおかわり」
「聞けよテメエ!!」
「クロノー、ちゃんと聞きなって。適当に頷いたら駄目だよー?」
キリイに促され、クロノは渋々アーバスの方を見る。アーバスは椅子に腰掛け、単刀直入に一言。
「俺と勝負しろ」
「やだ」
「即答かよ!!その腰に提げた銃は飾りか!?」
だが、クロノは相変わらず眠たそうなまま。
「だって、面倒だし。今日はオフの日だもん」
そっぽを向くクロノにアーバスは一度大きく溜め息を吐き、
「俺は真面目な話しをしているんだよ。没落貴族!」
ッパアン!
「・・・・・・ふうん。死にたいんだ」
銃声の音源は、クロノが腰から抜いたリボルバーの銃口から。
欝すらと緋色の光りが見え、すぐに消えた。
「お、おい!クロノ!うちで騒ぎを起こすのは禁止だって言ってんだろ!!」
酒場の店主はクロノを睨み付け、ぎょっとする。
クロノの目は、いつものような、眠たそうな目では無かった。ぱっちりとちゃんと開いている。
表情は研ぎ澄まされた、ナイフのように鋭い。声も一段低くなっていた。
「威力は下げてた。そこら辺のクレイマーならすぐに直してくれるよ」
「そういう問題じゃねえ!今すぐそれをしまえ!」
店主が指を指したのはクロノのリボルバー。ただのリボルバーでは無い。『マジックマテリアル(魔法仕掛けの道具)』と呼ばれるもので、弾薬の代わりに魔石を込め、弾丸の代わりに魔法を撃ち出す武器である。
クロノは『黒羽』と命名した。
「OKマスター。ほら、銃は腰に戻した。もう撃たないよ。ただし、あの馬鹿が、もう一度アレを言ったら、・・・・・・分かった?アーバス」
アーバスは、魔弾が自分のテンガロンハットを掠めて、後ろの壁を貫いても、微塵も驚かなかった。
「素晴らしい早撃ちだ。ようやく話を聞いてくれる気になって何よりだよ、クロノ」
「御託なんていらない。勝負したいんだろ、私と」
表へ出ようと、クロノは立ち上がり、テーブルに数枚の硬貨を置いた。
「おじょっ・・・クロノ!」
心配してキリイがあげた声に、クロノは振り返り、微笑む。
「大丈夫。すぐに戻るから」
クロノとアーバスが向かったのは、 東側にある、広場だった。言葉通りただの広い場所で、土の地面以外何も、誰も存在しない。
「勝負にうってつけってわけだ。ふわ〜・・やっぱり帰って良い?」
「帰るな!!ちょっと待ってろ!すぐ準備する」
クロノに急かされながらも、アーバスは着々と準備を進めていく。
「そういえば、なんで私と勝負したいの?」
クロノが疑問を投げると、アーバスはピタリと動きを止めた。そして、プルプルと両肩を震わす。
後ろからで、クロノには表情が見えなかった。
「アリエス孤児院を知っているか?」
コクリとクロノは頷く。アリエス孤児院とは、戦争や育児放棄で親をなくした子供達を種族に関係なく保護する、王国立の機関である。
「そこの、ガキの一人が昨日山に果物を採りに行った。院長から、山賊がいるから絶対に行くなって言われた山にな」
そこまで言われて、クロノは気付く。
「あーっ!あの子ね。私が助けた」
買うより自分で採ってきた方が安いと、山に入ったクロノは山賊に囲まれた男の子を見付けた。山賊の一人が言うには、俺達の山に入ってきたなら、籠の中の果物を9割よこせと言う。
あんたらの山なわけないでしょ!と、クロノは山賊をテキトーに痛め付け、子供を助け、一緒に孤児院に帰った。
「そうだ」
「なんで知ってるの?」
「俺は孤児院育ちでな、独り立ちしたあとも、ちょくちょく顔を出すんだ。昨日は、ちょうど仕事でいなかったんだけどな」
「それで、今日わざわざお礼を言いに。律義だねー」
「そうそう。本当にありが、って違う!いや、違わないんだが!俺が言いたいのはそうじゃない!」
憤りを隠そうもしないアーバスにクロノはげんなりしていたが、言葉にするのは止めて、続きはと催促した。
「それでだ。昨日帰ってみると、ガキどもが妙にはしゃいでいると思って院長に聞いてみたら」
『カッコイイお姉さんが、カヤを助けてくれたのよ。ほら、果物までこんなに』
それだけなら良かった。『名前は聞いたのか?えっクロノ?酒場で見たことがあるな。よし、明日礼にでも行くか』で、終わった筈だった。
しかし、カヤが一言。
『アーバス兄ちゃんでも倒せなかった山賊をクロノ姉ちゃんは倒した!カッコイイ!!』
元々、山に入るなと言ったのはアーバスである。ただ、それはなにも自分では倒せないからといった訳ではない。山に入らなければ安全だし、国からの物資調達も充分で、なにより、あのレベルの山賊は自分には弱すぎる、ギルドから懸賞金も出ているだろうし、若い芽のための肥やしにしてやろうと、考えていた。実際に山賊は新米の賞金稼ぎの三人組に倒されたのをギルドで確認している。
悲しい事に、子供には難しいだろうと、アーバスが説明を省いたせいで、『アーバス兄ちゃんでも倒せないんだ』と勘違いされていたのである。
「ああ、なるほど。プライドが傷付けられたわけ?でもそれって逆恨みだよね」
「分かっているさ。恨んでいないと言ったら嘘になる、が、それ以上に」
そこで区切り、アーバスは準備を終えた。
空中に30センチの木製の円盤が、地面に垂直にして6枚浮いていた。ダース単位で安く買える、浮遊する的である。
「お前と勝負がしたい。若手の中で1番の実力者と呼ばれるお前と」
「良い機会だってわけ?はあ」
溜め息をつくも、クロノは愛銃の調子を確かめる。
「勝負の方法は?」
「ここからあの的を狙い、当てた数を競う。もちろん、自動追尾弾は禁止だ」
こからと、アーバスが示した的への距離は約50メートル。幾ら火薬式とは違い、魔弾が真っ直ぐ飛ぶとしても、一度くるうとメートル単位で外れる。自動追尾機能が無いなら尚更だ。
アーバスが自分の相棒だと見せたのはオートマチック(形がそれなだけで、地球の物とは微妙に違う)の銃だった。
「了解。勝負するからには何か賭けるんだよね?」
「俺が買ったら、あんたがさっき飲み食いしてた金の3倍払う。ここで消費した魔弾も入れてだ。ただし、俺が勝ったら」
体って言ったらぶっ殺そうとクロノは思っていたが、違った。
「これを」
アーバスが慎重に取り出したの白い封筒。手紙らしい。
「こ、これを、キリイさんに渡して欲しい!」
「はあ?」
「だ・か・ら!これをキリイさんに渡してくれ!」
クロノはアーバスを可哀相な人を見下す目で見た。無言で語る。
自分で渡せよ。
「し、仕方が無いだろう!?渡すとなればどうしても人の目につく。良い笑い者だ」
私がばらす可能性は考えてないの? クロノはあえて聞かなかった。
「分かった。あんたから始めて」
「ふん。見ていろ」
アーバスは颯爽と銃を両手で構える。
「いくぞ」
ッパアンと1発。飴玉ぐらい魔弾が吸い込まれるように的へと当たった。続いて2発目、3発目、4、5発と命中していき、6発目。
「ちっ」
僅かに外れてしまう。
「凄いね。威力が上がっても、その命中率は維持できる?」
「当然。むしろ、その方が慣れている。さあ、お前の番だ。1発外せば後がないぞ?」
挑発されても、クロノは小さく欠伸しただけだった。
ゆっくりとリボルバーを構える。
ッパアン
1つの銃声。
ただし、
「そ、そんな、そんな」
1つの的に6つの穴があいていた。
「そんな馬鹿な!!銃声が重なって1発にしか聞こえない連射だと!そんな芸当出来るわけ」
「出来るんだな〜コレが」
楽しそうに、唇を吊り上げながらクロノはアーバスに銃を持ってない方の手をのばす。
「私の勝ち♪」
夜、借家にて、
「それで、お金は貰わなかったんだ?」
「孤児院にでも寄付しろって鼻先に投げ付けてやったよ」
ベットの上でクロノとキリイは楽しそうに、寝る前の雑談をしていた。
「それで、明日は南にある遺跡に行くんだ。夕方までに帰ってくるから、奥のテーブル空けといてね?」
「分かった!美味しいお酒と料理を準備して待っているね」
「ありがとう、キリイ」
「どう致しまして。それじゃあ、明かりを消すね」
手を翳して、部屋に備え付けられている、魔法式の明かりを消す。
「おやすみ、キリイ」
「おやすみ、クロノ」
2人の1日が終わる。
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