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幻想世界
アーバス・ヒーカス


《アリエス孤児院》


俺の一日は朝霧から始まる。

「ふっ、はっ、せいっ!」

庭で鍛錬を含め、軽く体を動かし、自分に異常がないかを調べる。
昨日とかわらない。つまり、俺は健康だという事だ。

「おはよう、アー君。相変わらず早いのね〜」

「おはようございます」

この40を過ぎても美しい婦人の名は、リテル・ミスハイト。
院長を務めている。
おっとりとした性格なのだが、怒ったときは怖い。

「あの、アー君はやめて欲しいんですけど」

「だって〜、これで慣れちゃったし、今から替えるのもおかしいでしょう。アー君は私の子供なんだから、ね?」

10年も昔の話です。とは、言えなかった。
前に一度言った事があるのだが、とても悲しい目をして『アー君が不良になった!』とクローゼットの中に引きこもり、半日出てこなかった。

「せめてアーバス君に」

「いーや」

ぷいっと首を横に振られた。院長には妙に子供っぽい所がある。今回も俺の提案は却下された。
仕方ないので、いつもどおりに、院長と畑の世話をする。基本的に物資は国からある程度支給されるのだが、甘えてばかりはいけないと、院長は昔から畑で野菜や果物を作って、他にも鶏や、池に魚を飼っている。

「ジャガ芋と人参をお願いね」

「このザルにですね。分かりました」

この時間になると年長組が起きてくる。

「おはよう〜院長」

「アーバスさんもおはようございます」

「・・・・・・おはよう」

「みんなおはよう」

畑で野菜を、鶏から卵を、部屋の掃除、パンの買い出しと、子供達は決められた仕事をこなしていく。
院長の指揮は的確だ。誰もサボる奴がいない。
院長の人徳が大きな理由だろう。・・・・・・怒ったときの院長の怖さを皆知っているという理由もあるだろうが。

「アー君、私に失礼な考えしてなかった?」

「うえ!?アハハソンナワケナイデスヨ?」

たまに鋭い。墓穴を掘る前に俺は、パン屋に行く子供達についていく事にした。




「いらっしゃい。もう焼き上がっているよ」

店の中はパンの香ばしい香りで満ちていた。色々な種類がある。
ここのパン屋には、月一で国からお金が渡される。
あとは毎朝買いに行けばいい。
買うパンの種類は、切っていない普通の食パンだ。粉の値段は中の中。庶民のとかわらない。
顎が壊れそうなほど噛まなくても平気だ。

「・・・・・・ありがと」

「あっはっはっは!相変わらず声が小さいなー」

「しっかり持つんだぞー」

店から出ると、俺はまず、周りに視線を向ける。
気付かれないように、さりげなく。ここの町の住民は、人が良い。だが、例外もいる。
力の無い子供が大量のパンを持っているのは、追いはぎにとって絶好の餌だ。
今も路地裏に隠れていた男と目が合った。男は慌てて奥へと、逃げるように去る。
自画自賛一切なく、俺は結構強い。名も知られている。そうそう喧嘩を挑んでくる馬鹿もいない。

「・・・・・・アー兄」

「なんだ?」

「・・・・・・ありがと」

恩着せがましくするのが嫌で、黙っていたのだが、子供には簡単にばれるらしい。

「構わない。さあ、少し急ごう。皆がお腹を減らしているぞ?」

俺は足を早め、子供の前を歩く。
恥ずかしくて顔が赤くなったのに気付かれないように。

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