幻想世界
アイナス・フレード・ディスケンズ
ネーメイロ魔法女学院の朝は早い。と、言っても6時である。平民からみればむしろ、もう少し早くても大丈夫であった。
しかし、アイナスは上流貴族のお嬢様である。朝早くから仕事をする必要なんてなく、当然、
「・・・・・・うーん」
朝は弱い。4年生になった今でもたまに寝過ごすときがある。
「ほら〜アイナスー。朝だよ」
体を優しく揺さ振られる感触。
アイナスはゆっくり瞼を開く。
「むー?」
視界が定まらず、また閉じる。
「マイヤ。こいつはこう起こすんだよ」
ムギイ。
頬にちぎれるような痛み。
「痛ーーー!?」
ガバリと上半身を起こす。眠気は一気に吹き飛んだ。
「ルミナ!貴女ったらなんて起こし方をするんですの!」
「お前が起きないからだ。幾ら寝てたって紅茶を運んでくる女中は来ないぞ?」
「あーなーた!」
「アイナス!ルミナも!喧嘩しないの」
マイヤは2人を止める。
ここは3人部屋。学生寮である。3人分のベット、3人分の机、共同の大きなクローゼット。簡素ながらも彼女達の大切な場所だ。
「ほら、アイナス〜。着替えないと朝食に遅れるよ」
「分かっています」
マイヤは既に着替えていた。アイナスも着替え始める。
(そういえば、学院に入る前にお母様から着替える練習をしなさいと言われたことがありましたね)
初めは意味が分からなかったが、なるほど。マイヤやルミナの着替えは風のように早かった。
アイナスも着替え終わる。優雅にたっぷりと髪の櫛入れをしたかったが、軽く整えるだけにする
まずは、朝食だ。
《食堂》
トースト、べーグル、バターロール、クロワッサン、プレッツェル。
温野菜、生野菜、野菜炒め。
カリカリのベーコン、厚めに焼いたハム、ソーセージ。
スープと麺類、ジャムとドレッシングを各種。フルーツもあった。
バイキング制。時間制限有り。ともなると、食堂は戦場になる。
「ちょっと押さないでよー!」
「あ、それ!それ私の!」
「ジャムをもっと付けなさい」
「スープ2つでも良いかな?」
ギュウギュウ詰め。
「早く来て正解でしたね」
音を一切立てずアイナスはスープを飲む。ルミナは、トーストの上に置いたチーズをこっそり魔法でとかしていた。ベーコンと野菜も乗せて、ピザっぽくする。
「お前が言うのか?ふふ」
「・・・・・・貴女ったら、まだ言うんですの」
「まあまあ。座れたんだしいいじゃん」
マイヤはパスタを美味しそうにほお張っている。2人の倍ぐらい食べていた。
「1時間目は、歴史からだったな。リーデヤ大陸の発展から」
戦闘科と言っても、基礎授業は受ける。
「魔石の流通でしょ?」
「マイヤったら。ほら、口元にソースが付いてますよ」
アイナスはマイヤの口元をナプキンで拭う。
マイヤは嫌がらず、なすがまま。
ルミナは二人をジ〜〜っと、見る。
アイナスが視線に気付いた。
「何ですか?」
「お前達って、恋人なのか?」
「ッはあ!?」
顔を真っ赤にしてアイナスは否定する。
「恋人なわけないでしょう!ねえマイヤ」
「そうだよー」
デザートに果物をかじりつつ、マイヤは笑いながら言った。
「平民の私が貴族のアイナスと付き合えるわけないでしょう」
「じゃあ、貴族同士か平民同士なら良いのか?」
「・・・・・・・・・・・・うん」
「それ以前に女同士です!」
《教室にて》
「あー、次、アイナスが答えろ」
「はい」
アイナスは黒板の前に立ち、チョークで問題の答えを解く。
眠そうな目で先生は頷いた。
「正解。この年に平民が新しい制度について貴族にだな」
進んでいく授業をアイナスはしっかりと理解出来ている。
隣のマイヤも同様だった。むしろ、マイヤのノートには独自の解釈が書き加えられており、凄い。
(さすがマイヤです)
自分のことのように誇らしくなるアイナス。
「・・・・・・?」
マイヤと目が合う。
「(なんでもありませんわ)」
アイナスは小声で首を振る。
このくすぐったい想いはなんだろうか?
《休み時間》
10分間の休み時間。次の授業の準備だったり、友達との雑談だったり、皆思い思いに過ごしている。
「マイヤ。よかったら干し葡萄食べないか?」
「え、いいの?」
ルミナは、片手に乗るぐらいの大きさの、干し葡萄の入った袋をマイヤに渡す。
「構わない。今回のは好みじゃなくてね。全部あげよう」
「わー、ありがとう。アイナスもどう?」
「いただきます」
まず一粒。
「・・・・・・あら」
葡萄独特の酸味が抜けていて、熟成された甘みが口に広がる。
美味しかったが、疑問。
味は変わっていない。アイナスの舌は肥えており、一度体験した味は忘れない。前に食べたときと、なんら変わっていないはずだ。
「ルミ・・・・・・」
言いかけ、止めておく。
「これ美味しい〜」
「そうか。良かったよかった」
《廊下》
ちょっとトイレにと、ルミナは廊下を出た。マイヤをおいて、アイナスもついていく。
「マイヤ」
「なんだ?」
「あれは、マイヤへの施しですか?」
アイナスの目は怒っていた。
「まさか」
ふっ、と、ルミナが苦笑する。
「マイヤの喜ぶ顔が見たかっただけさ。この理由じゃ駄目か?」
「・・・・・・そういうことなら」
不承不承ながらアイナスは納得する。ルミナは意地悪そうに一言。
「お前は本当にマイヤが好きなんだな」
「なっ!なんですって!?」
また、顔が真っ赤になるアイナス。
「くすくす。さて、私は本当にトイレに行ってくる。じゃ」
アイナスの肩を軽く叩き、ルミナはトイレへ向かった。
アイナスは顔の色を戻してから、教室に戻る。
「アイナス、モグ、ルミナはモグ」
「マイヤったら、食べ物を口に入れて喋っては行儀が悪いですわ」
干し葡萄を食べているマイヤは本当に幸せそうだった。
(まだ、マイヤは杖の新調をしていませんでしたね)
少しでも多くのミリーを故郷の家に送っているのだろう。
「まったく、貴女は」
「なーに?」
「いえ、なんでもありませんわ」
アイナスは干し葡萄の入った袋に手を入れ、二粒摘み、口に含む。
よーく味わう。
「甘いですね」
「うん。美味しい」
(こんな時間を過ごせるなんて初めは考えもしませんでした)
「次の授業は魔法陣の解読でしたね」
「三角形の位置と角度変化による属性作用でしょ?」
「眠ってはだめよ」
「眠らないー大丈夫だよー」
「ふふ。そうですね」
うん。
こんなのも悪くないわね。
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