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副会長様は彼女持ち。
3、本題はこれからです。
「そういえば、けーちゃんの事、りじちょーが呼んでたよー?」
「――理事長が、ですか?」


 砂糖をたっぷりと入れた甘い紅茶にふーふーと息を吹き掛け冷やしつつも飲み干した綾野が、ティーカップを両手で弄びながら言った言葉によって、半分以上萌え妄想の世界へと行ってしまっていた僕の思考が引き戻され、気付けば綾野が発した単語を反復していた。

 この、古く歴史ある帝華学園の王道学園っぷりの暗部に変革をもたらした存在である高瀬理事長は、オールバックの黒髪が真面目さとストイックさを引き立てている、ミステリアスな美形だ。あの美形おじ様っぷりは、溺愛年上包容攻めにしか思えなかった。――ともかく、高瀬理事長は、学園内で生徒会よりも強い権力を持つ、数少ない存在でもある。

「うんっ!あのね、けーちゃんに頼みたい事があるんだって!」
「そうですか。――しかし、どの様な用件なのでしょう。生徒会書記である綾野ではなく、副会長である僕に、と言う事は、それなりに面倒な用事かも知れませんね」
「うーん、確かにちょっとめんどーかもだけど、前みたいにたいりょーの書類を渡されるって訳じゃなさそうだよ?」
「それなら、良いんですが……。あの時は終わりが全く見えず、皆で一週間この部屋に缶詰しましたから……」
「……、……違って、良かった」
「――けれど、それならそれで、どんな用件なのでしょうかね。綾野、何か聞いていませんか?」

 ちなみに、理事長とは中庭にある温室でたまに会えるらしい。恐らく、理事長は花が好きなんだろう。――理事長と言う立場故に流石に親衛隊はないが、ファンは結構多くて、彼らが昼休みや放課後になる度に噂の温室に足を運んでいる姿を度々見掛ける事が出来る。
 彼らはいっそ、園芸部になって花が好きかも知れない理事長と接点を持てば良いと思う。特に薔薇を育てるべきだ。病弱な美少年が、薔薇がきっかけとなって少しずつ理事長と仲良くなっていたりしたら、僕は温室の扉の影からこっそりと彼らを観察して、萌えに萌えるだろうから。和やかで萌える光景を想像しながらも、僕の口はちゃんと会話を促していて、頭は腐った妄想と日常会話の為にフル回転していた――の、だが。



「あのね、――『転校生』が来るから、けーちゃんにその子を案内してほしーんだってさ!」



 王道学園の萌え要素の内の一つであるミステリアス美形おじ様理事長について思いを巡らせつつも器用に二人との会話をこなしていた僕の頭へと、とても輝かしい響きを持つ単語が流れ込んで来て、脳が機能を停止した。


 ――先程の『理事長』と言う単語が妄想のスイッチだと言うならば、今度の『転校生』と言う萌え要素の筆頭であるこの単語は、僕と全国の同胞達の思考を停止させるに充分な威力を持った爆弾だ。良い意味でショックが大きすぎて、直ぐに反応が出来ない。真っ白になった頭の中には『転校生』と言う言葉が浮かんでいるのに、ぱくぱくと動いている僕の口は、その言葉を音に出来ないままだ。しかしこれも仕方がないだろう。


 何しろ、転校生が来るのだ。――この『王道学園』に、時期外れの『転校生』が!


 これでテンションが上がらない腐男子が居るだろうか。いや、居ない。その筈だ。少なくとも僕は上がるし、現状としては激しすぎる衝撃を受けている。高鳴る心臓の音は、訪れるかも知れない生BLへの期待に満ち溢れている証拠である。
 まあ、腹黒副会長としては、それを表に出す訳にはいかないのだけども。――無表情ではなく笑顔のポーカーフェイスを保つキャラを演じる事に決めたのは、それが王道だと思ったからと言うのもあるが、表情を消そうと努めるよりは顔の変化を笑顔へと持っていく方がまだ簡単だと判断したのが理由であった。が、現在の僕はちゃんと副会長らしい笑みを浮かべる事が出来ているのだろうか。一応、大丈夫だと思うが、少し心配になって来た。止まっていた脳をちょっとずつ再始動させ、表情筋に意識して命令を下して、笑みを作らないと。


「先、輩……?」
「けーちゃん?どーしたの、ぼーっとしちゃって」


 ……危ない、いつも通りの笑みを保とうとする余り、綾野に返事をするのをすっかり忘れていた。気付けば、綾野だけでなく、桐生にまで心なしか怪訝そうな顔で見詰められてしまっている。

「あ、――すいません、少し考え事をしてしまっていたみたいです」
「めっずらしーね、けーちゃんがぼーっとしちゃうだなんて!」
「ええ、どこかの俺様会長様や脱走癖のある書記、居眠りの常習犯な補佐に下半身しか動かさない会計が揃いも揃って仕事を溜めてくださるおかげで、普段はのんびりとする暇もありませんからね。ぼーっとする事すらなかなか出来ません」

 誤魔化すついでに、少し忘れそうになっていた自分の『腹黒副会長』の役割を言葉にして微笑めば、綾野がびくりと肩を震わせた。それは見ていて少しばかりわざとらしい大袈裟な動作だったが、可愛い系ショタな外見の綾野が行うと、非常にマッチしていて、小動物的な可愛らしさがある。そして、桐生は桐生で、ほんのわずかばかりではあるが、眉尻を下げて申し訳無さそうな目をしている。気がする。分かりにくいけれども萌え予想的にはそうだと思う。
 ちなみに、実際には、彼らは何だかんだで最終的にはちゃんと仕事してくれるので今みたいな事を言う必要は無いのだが、僕は『王道副会長』であり続けなくてはならないのだから仕方ない。特に、やっと転校生の存在が確認されたのだから、彼を取り巻く要素の一つとして、気を抜かない様に演じなければ。

「け、けーちゃん、超こわ――じゃなくって、えーっと、……ごめんね?」
「……ごめん、なさい……」
「分かって下さったなら良いんですよ。今度からは、授業はサボっても生徒会の仕事はサボらない様にして下さいね?」
 
 思わず出てしまったらしい本音の様なものを唇の隙間からもらしかけた綾野は、慌てて口をつぐむと、上目遣いになって謝罪の言葉を口にした。いや、身長と座高の差によって、元から彼は僕達と話している間は(より正確に言えば、初めからずっと)上目遣いになっていたのだが、それは綾野の美少女染みた可愛らしさを全開にしているこの反則的な上目遣いとは別物だ。まさに天使の微笑みとしか表現し様のない綾野の顔は、萌えた。出来ればカップリングの相手となる誰かと二人きりの時にそれをやって欲しい。その上でその様子を覗き見させて欲しいものだ。
 更に、僕の左側からは小さいけれども通りの良い声が聞こえて来て、後輩の素直さとワンコっぽさにときめいた。視線を向けた先には、困った様にほんの少しだけ俯いて申し訳なさそうな感じで唇を噛んでいる桐生の姿があって、やっぱり萌えた。もしも彼に犬の耳と尻尾が存在していたならば、それらは確実にぐったりと垂れていただろう。年下ワンコ寡黙は感情が分かりにくい割に素直な態度で読者の好感度を稼ぎ、ハートをキャッチするものだ。そして僕の腐男子心もキャッチされた。
 うん、二人は素直だな。――これがあの俺様会長やチャラ男会計ならばこうはいかないだろう。だからこそ良い。それぞれの属性を発揮しまくる生徒会メンバー達の萌えキャラっぷりは、本当に異常だ。もしも僕が腐男子でなかったら彼らのすさまじいまでの萌え属性っぷりに気付く事はなかっただろう。心底腐男子で良かったと感じる。……今のところ、彼らに関する生BLを間近でじっくり見れた事はないが、そのうち見れたら良いな。


 ――否、確実に僕は生BLをこの両目でしかと見る事になるだろう。何しろ、『転校生』がやって来るのだから。寧ろ、これで見られなかったら、腐男子兼副会長になった意味がない。全くない。だから僕は見なくてはならないのだ。それこそが僕をこの道に導いた彼女への礼儀である、……かも、知れない。どうなのだろうか。まあ萌えるなら良いか。


 腐った事のみで思考を埋め尽くしつつ、内心のそわそわを表に決して出さない様にして、組んでいた脚を組み替えた。――僕が理事長に転校生を案内する為に呼ばれたと言う事は、やっぱり『腹黒副会長が転校生を迎えに行き、嘘の笑顔を見破られて感動して転校生に惚れる』展開が未来に待っている、と言う事だろうな。実に王道だ。妄想しているだけで萌える。出来れば第三者目線で見たいものだが、しかし当事者として王道展開に関われば物凄く間近で『王道転校生総受け展開』を目撃出来るのだ。そんな萌え萌えな機会を腐男子としては逃す訳にはいかない。だからこそ僕は王道副会長なのだ。


「そういえば、けーちゃんもけっこー授業はサボるよねぇ……って言うかさー、今ここに居る時点で、けーちゃんだってサボって――」
「生徒会の仕事さえきちんとこなして下されば、あなた達が授業をどれだけサボろうが勉強不足で進級出来なかろうが僕は構いません、と、言ったつもりだったのですが。……残念ながら理解力に乏しいあなたには通じなかったみたいですね。何でしたら、事細かに噛み砕いて説明して差し上げましょうか?」
「……う、ううー……!けーちゃんがボクをイジめるー!助けてせーちゃん!」
「…………」


 ――しかし、『転校生』が『王道転校生』じゃなかった場合、どうするべきだろうか。もしも『総攻め転校生』だった場合とか、それはそれで萌えてしまうじゃないか。ああ、その時はやっぱり『転校生×生徒会長』と言う攻め×攻めカップリングになるんだろうか。あの西園寺が受けているところを想像するのは難しいが、意外とありな可能性もある。だがあいつを攻められる様な転校生だとしたら、物凄く身長が高そうだな。とりあえず萌えられるなら何でもイケるが、個人的にはやっぱり大好きな『王道転校生総受け』展開を強く望む。


「桐生もあなたの様子を見て、呆れているみたいですね」
「……え、……そんな、事は……」
「む、せーちゃんまでひっどいよー!もー、けーちゃんのイジワル眼鏡っ!!おまけにキチクハラグロ眼鏡ー!!」
「自業自得と言う言葉の意味、知っていますか?――やれやれ」


 転校生への期待と不安を押し隠しながら綾野とのやり取りを行っていたが、そろそろにやつきを隠すのも辛くなって来た。僕でない誰かが会話相手だったとしたら、不貞腐れている綾野の態度にもっと萌える事が出来た筈だったんだけどなあとか思いつつ、ソファーから立ち上がると二人分の視線が向けられた。





「とりあえず、僕はそろそろ理事長のところへ行きますね」

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