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副会長様は彼女持ち。
6、情報屋は英国紳士。
「――以上でホームルームは終わりだ。……解散」


 担任がそう告げて教室を後にした途端、教室は放課後のざわめきに包まれた。――部活動に精を出すべく教室を出る者、友人同士での会話に花を咲かせる生徒、文庫本を取り出して読書を始めるクラスメイトも居れば、「おーい、借りてた数学の教科書返しに来たぞー!」と大声で叫びながら他の教室へ向かう人影も見付ける事が出来た。そういった同級生達の姿は、いかにも高校生らしい気がする。ここではない他の一般的な高校でも、恐らくは似たような光景が繰り広げられているのではないだろうか。
 ……けれども、ここは『王道学園』に等しい帝華学園だ。大衆向けの青春学園ドラマに出て来そうなものとは少々異なる部分がある事実を忘れてはいけない。

「あっ、如月様が起立なされたよぉ、話しかけるなら早くしないと!」
「うえぇっ、で、……でもさ、生徒会のお仕事があって急いでるとかだったら迷惑なんじゃ……」
「お前ら、扉塞ぐな。邪魔だぞ」
「ちょっ、青野くんこそ邪魔しないでよ!」
「うっせぇチビ、さっさと退け。俺が部活に遅れたらどう責任とってくれんだよ、このマクロチビ」
「あぅ、……ご、ごめんね、直ぐに退くから怒らないでぇぇ……!」
「だーかーら、なんで青野くんっていっつもこの子に意地悪する訳ぇ!?」

 以上の会話が男女のものだったなら、青春ラブコメにありがちな多角関係物を連想するだろう。そしてこの学園では、全員が男であろうと当たり前のように多角関係に発展する可能性があるし、実際にそういうケースも幾つかあるようだ。
 僕が自分の席から立ち上がった途端に聞こえて来た先程の会話は、教室と廊下を繋ぐ扉付近でじゃれあっている三人の生徒達のものだ。クラスメイトである彼らとは勿論顔見知りであるし、会話も少しはした事があるが、僕の立場上友人と言える関係に至る事はない。特に、僕の親衛隊であるらしい小柄な人物からはあからさまに熱の篭った視線を送られる事もあるので、役員と親衛隊の適度な距離感を保った上で不満を抱かせないように笑顔を振りまきながら接しなければならないのだ。それは勿論、彼が相手の場合のみに限られる事ではなく、殆どの生徒に対して言える事柄ではあるが。
 ――親衛隊持ちの生徒が同じく親衛隊持ちの人物とつるむ様になる傾向があるのは、必要以上に畏まれた態度を取られてしまう事に疲れてしまうからと言うのもあるが、こちら側も気を使った対応をするのが面倒だから、と言った理由もあるのかも知れない。BL創作物の世界ではありがちな事態だが、実際に同性から黄色い声を挙げられまくる立場になった今、何となくそう思う。
 親衛隊には抜け駆け禁止などの『暗黙の了解』があるものだが、親衛隊を作られた側にも似たような『読むべき空気』と言うものがあるものだ。

「すいません、生徒会室に向かわなくてはいけませんので……そこ、通らせて頂いても宜しいですね?」
「あ、ああああ、は、はははひぃ!」

 笑顔を絶やさぬ副会長らしい対応で声を掛け、裏返った声で返事をしてから慌てて身体を壁に貼り付けた一般生徒達の横を通り過ぎて廊下に足を踏み出す。――本来ならば、もう一つの扉を通っても良かったのだが、今日は食堂での事もあったので、なるべく親衛隊らしき生徒との接触を気付かれぬ程度に増やし、どこぞのチャラ男会計の被害に遭ってしまった転校生へ向かう関心を分散させておきたい。些細な出来事でも日常の中に潜ませ続ければ、それなりに効果はあるだろう。己に対する他者からの幾つもの好意を、打算的な対処で返すのは気分が良いとは言えないが、これが帝華学園の生徒会に所属する者――つまりは親衛隊持ちの人間としての処世術のようなものだ。
 息を密かに吐き出して、廊下をゆっくりと歩き始める。四方から寄せられる色々な意味で濃い視線と声は既に日常風景そのものだが、しかし、今日ばかりは予想通り、いつもとは少し異なっていた。
 ――少ないのだ、明らかに。普段ならば放課後には、自身とは別のクラスや学年に居る事の多い親衛隊持ちの人物の出待ちや追っかけ紛いの行為をするべく行きかう生徒で、各階の廊下は非常に混雑する。特に、生徒会役員が三人も所属している(その内の一人である西園寺は、そもそも教室にやって来る事自体滅多にないが、僕と綾野はそれなりに真面目に授業に出ている)この2−Aの教師前の廊下に出来る人垣の人口密度は凄まじいのだけれども、今日のそれはいつもよりも、人数が少ない。そしてその理由が簡単に想像できてしまうからこそ、僕はもう一度溜息を吐き出した。


 ――確実に、今日は2−Eの教室前の密度が高くなっている事だろう。何しろ、『生徒会役員達』と過度な接触を果たした末に、大勢の生徒達の面前で『会計』とキスをしてしまった、『変装していた美形の転校生』が居るクラスなのだから。


 今日の昼間に食堂で起きてしまった騒動を思い出し、頭が痛くなりそうになった。ここにはいない、アイドル顔の下級生の頬を思い切りつねってやりたい気分だ。(まあ、今頃ホームルームが終わると同時に立ち上がって「あいつせっきょーしてやる!」と呟き、勢いよく走って行った綾野に乗り込まれてしこたま殴られていそうだけど。)トラブルメイカーな桜庭のおかげで、随分と厄介な事態になってしまった。
 とは言え、今日は『偶然』にも、普段よりも多い人数で風紀委員や僕のところの親衛隊による見回りが行われる事になっているし、高瀬君の今日の予定は彼のクラスメイト兼同室者に手伝って貰いながら荷物整理の続きをするつもりらしいと守弘からのメールで判明しているので、高瀬君が不用意に一人になってしまう事もないと思う。親衛隊による口頭での注意は勿論行われるだろうが、食堂での高瀬君の様子を見る限り、相手を必要以上に煽ってしまうような『王道主人公』らしい反論はしない――筈だ。それに、注意自体、人気のない場所へ呼び出して行われるのではなく、公の場で堂々と果たされるだろう。今頃、生徒会長の親衛隊隊長である皐月と、桜庭の親衛隊隊長の二人が2−Eの教室に出向いて、注意と共に親衛隊に関する簡潔な説明をしてくれている予定だ。親衛隊がきちんと仕事を遂行する姿を示せばそれを見た一般生徒の溜飲を多少は下がらせる事が出来るだろうし、己の慕う役員と大いに接触した彼へ少なからぬ不満を抱いているかも知れない親衛隊側も、リーダーである皐月達がマニュアル通りのもの以上の制裁を行うつもりがない様子を見せれば、派手な制裁を行い難くなる。高瀬君には気の毒だと思うが、既に巻き込まれてしまった以上は学園の決まりをある程度受け止めた上で、段々と学園生活に慣れていって親しい友人達を作っていって欲しい。


 ――そんな事を考えながら通常教室棟から特別教室棟へと移動し、階段を下りる。高瀬君が居るE組に関心がある素振りは一切見せぬまま、黄色い声に挟まれた道をゆっくり歩み続け、通路を通り抜けて職員室や生徒会室がある校舎を進む。……教師に分からないところを聞きに来たらしい生徒が職員室へと入っていく姿以外には、親衛隊を持たない一般生徒を視界の中に見付ける事は出来なかった。いつもならば役員や一部の教師目当てにそれなりに生徒達で賑わう職員室前は、静かだ。そして、艶やかな赤髪を持つ生徒が役員専用のエレベーターの前で腕を組んでいる姿を見付けてしまって、僕は予想通りの光景に背を向けたくなる心を抑え込みながらエレベーターの方へと足を運んだ。

「どうも、今日は一日良い天気でしたね。これが所謂『アキバレ』と言うものでしょうか、日本人である如月君なら知っていますか? ――それにしても、イギリスと違ってこの国は一日中晴天の日が当たり前のように続くので、なんだか気分が良いですねぇ。それに秋も深まって来たと言うのに、向こうよりも暖かくて過ごし易くって。その癖、夏は信じられないくらいじめじめしているし、ツユと言う時期には雨の国と言っても良い。……不思議な国ですよね、お母様達がこの国を気に入っているのも分かる気がしちゃいます」

 僕が近付くと同時に組んでいた腕を解き、背筋を伸ばして口元を緩ませたその人物は、見るからに日本人離れした色彩と容姿の持ち主だ。さらさらの赤髪は、ここが野外ならば日の光で美しく透けて輝いただろうし、新緑を思わせる虹彩は日光の下ではエメラルドの様なきらめきを見せてくれただろう。とは言え、人工的な明かりしかない室内であってもイギリス生まれの彼の白皙の美貌が損なわれる訳ではなく、皮手袋に覆われた長い指がカードキーを取り出してエレベーター横のスロットに差し込み、ボタンを押して操作するだけの行為すら優雅で絵になる人物と言えるだろう、『王子様攻め』とでも表現出来そうな要素で固められた彼――『元副会長』であると同時に『情報屋』と表現できる存在であるエリック・ローウェル先輩は。

「お先にどうぞ、如月君」
「――ローウェル先輩、副会長の引継ぎに関しては、昨年の一学期には既に終わらせたつもりでしたが、まだ何かありましたか? それでしたら、この場でお聞きしますが」
「やだなぁ、そんな堅苦しい用件じゃないですよ。もっと個人的で、楽しいお話をするつもりですから。――と言いますか、如月君。一年ぶりに会った先輩に対してその対応は冷たいですって、もっと感動して熱烈なハグをして下さっても宜しいのですよ?」
「おや、男同士のハグなんてむさ苦しくて嫌だとおっしゃっていたのはどなたでしたかね」
「おおっと、……一年以上も前の私の言葉を覚えているだなんて、如月君って私の事結構好きなんじゃないですかぁ?」
「そうですね、視界に入れても良い程度には好きですよ」
「それはそれは、嬉しいですねぇ。私も同じくらい君の事は好いています」

 開いた扉の向こうにあるエレベーターホールへと、当たり前の様に入り込んだローウェル先輩――僕が一年生だった頃の前期生徒会副会長を務めた末に、昨年の夏頃から今年の初秋まで約一年間の休学をした事を理由に留年した結果、二度目の三年生の秋を過ごしているイギリス人の先輩は、僕がエレベーターに乗るのを、会話をしながら待っている。そして、僕が彼の思い通りに動かない限り、彼はずっとボタンを押しっ放しで何時間でもにやにや笑いながら待ち続けるような性質の持ち主だ。英国紳士的な仕草と、余り上品とは言えない皮肉混じりの笑みが印象的な長身の彼は、役員OBの特権として生徒会室への立ち入りが許されている。休学中に集計されたが為に今期のランキングでは除外されたが、今も尚高い人気を誇る先輩はイギリスの良家の息子で、一身上の都合による休学中は彼の母国へ帰っていた為に、顔を合わせるのは彼が言っていた通りおよそ一年ぶりだ。昨年、僕が副会長に選ばれた後、仕事の引継ぎや指導を受けた相手でもあるローウェル先輩にはお世話になったし、友人未満ではあるがそれなりに仲は良好ではある。『腹黒副会長』の毒舌も飄々とした態度で受け流し、王子様然とした容姿に相応しい上品さを持つ彼は、エレベーターが生徒会室のある三階に到着した後、当然のように僕が降りるまでボタンを押して待ってくれた上に、互いがエレベーターから出た後は自然な動きでこちらを先導し、生徒会室の扉を開けると女性に行うようにエスコートしようとして来る。……過去に何度もやられて、今は僕の方も諦めと慣れによって彼のそんな行動を受け入れるようになったが、でもやっぱり、正直に言えば止めて欲しい。彼はどうやら自分よりも背の低い人物に対して全員にこのような態度を取っているらしいが、こうした紳士的なエスコートは、女性相手か受けキャラ相手に行うのが一番だろう。特に上級階級に慣れていない一般人受け相手に行う方がBL的には美味しいのだが。昔、所謂オネェキャラだった相澤喜代次先輩――前任の生徒会補佐相手にこういった対応をしている様子は非常に萌えたが、実際にされる側になると何だか男としてちょっぴり居たたまれない。

「向こうに置いてある紅茶の銘柄は、私が居た頃と変わっていますかね。前のままでしたら嬉しいのですが」
「――待って下さい、ローウェル先輩。僕が淹れて来ますので、一杯飲んだら帰って下さいね」
「え、如月君が淹れてくれるのですか? ――そうですねぇ、以前君が淹れて下さった紅茶は随分と渋い味がしましたが、今回はどんな味なのか楽しみです」
「お出しするのは湯なしの砂糖ティーカップに大盛りで良いですか」
「あはは、如月君は発想がユニークですねぇ」

 颯爽と給湯室を兼ねた仮眠室へ足を踏み入れようとした先輩を止め、ソファーに座って貰ってから声を掛けると、嫌味だと感じさせないような爽やかな嫌味を言われたので大雑把な毒舌を返したが、先輩が度々浮かべるにやついた笑みと共に流された。相変わらずの性質らしい先輩にある意味感心しながら、客人と自分の為に紅茶を用意する。
 ――ローウェル先輩が『元副会長』であるだけならば、先程僕が言った通り、彼がこれを飲んだらさっさとここから出て行って貰うだけだ。その後、見回りをしているだろう風紀委員や親衛隊と簡単に連絡を取り、高瀬君周辺の情報収集と、恐らくは桜庭達の教室に向かった筈の綾野に関する話を聞いて、様子を探りながら生徒会としての仕事を進める事になるだろう。簡単な根回しは済んでいるが、この先どうなるかは分からないから、後手に回る事になってしまうが様子見しながら対処していかなくては。後輩役員の親衛隊に関しては西園寺の方が指示の形を取らない指示を出していると思う。とは言っても、具体的には見回りを強化するだとか、2−Eへの見張りを置くだとか、大した事は出来ないだろう。大袈裟に動かし過ぎては逆効果になる事もある。程々を見極めて、けれども出来る限りの事はしないと。
 しかし、その前に――新聞部に属する『情報屋』とでも言うべき人物との話を終らせなければならないのだ。茶請けのスコーンを棚から出しながら、ソファーで待っているだろうローウェル先輩の顔を思い出す。
 ……『王道学園物』に登場するキャラクターの定番属性はたくさんあるが、その中でも少し変わっているのが『情報屋』と呼ばれるポジションの人物だろう。大抵の場合、文字通りの情報通で、学園内の全てを知っているだなんて言われているケースも少なくない。そのお陰で作者からしてみれば話を動かすのに都合が良い便利なキャラクターとしてちょくちょく登場しては情報提供をするお助けキャラとして活躍する事もあるし、彼自身が学園を裏から牛耳る裏番のような扱いをされている事もある。そしてサブキャラクターに多い『新聞部』は、そのまま学内新聞を作成したり、色々な写真を撮って――時にはデバガメ写真を撮り、その被写体に脅しのような事をしでかす事もある――それらを密かに売買したりする姿がBL界では見られる。それらの条件を同時に満たすローウェル先輩が今日ここを訪れたのは、十中八九、明日辺りに号外として出す新聞の記事の為だと予想している。


 ――役員達に何故か気に入られているらしい上に、会計の桜庭真琴と熱烈なキスを交わした謎の転校生、その正体とは!?


 都市部から孤立した山奥の、閉鎖的な全寮制学園の生徒達が求める刺激そのもののゴシップは、当たり前のように学内新聞のトップを飾る事になるだろう。役員の桜庭と転校生の高瀬君、二人が今日の食堂でキスをしてしまった件は既に多くの生徒達の知るところとなってはいるし、今現在学園中で最も話題となっている事柄はそれだ。そして、生徒間の噂はどんどん余計な尾ひれがくっ付いて広まっている可能性が高い。……食堂でのあの衝撃の展開の後、高瀬君ではなく綾野が桜庭をひっ叩いたかと思えば二階の役員用の貴賓室まで無言で後輩を容赦なく引き摺り移動させ、僕や他の役員も大人しく彼らの後を追った。それは、あの時は立ち去るのも残るのも最善とは言えない状況だったが、あれ以上あの場に『役員』が居てもろくな事にならなかっただろうし、高瀬君の本当の容姿を見た後は彼が一般生徒達に報復としての『制裁』を公衆の場でされる可能性は低いと判断したが為の行動だ。実際、木下からの報告によれば、カツラを慌てて被って眼鏡を装着した高瀬君に対する周囲からの反応は、彼が素顔を晒す前とは明らかに異なるものへ変化していたそうだ。――それまではあからさまに馬鹿にして見下し嘲笑と嫉妬の対象でしかなかったのに、自分達よりも優れた容姿を見た途端に手の平を返して羊を取り囲む狼の群れと化した生徒達の光景を想像してしまったのは、僕がBL小説を読み過ぎたせいだろうか。
 どの道、彼が生徒達の関心を一身に受ける羽目になってしまった事実は変わらない。そして、そうなれば新聞部が『転校生と初めて接触した学内の生徒』――要するに僕へインタビューをしに来るのも、簡単に予想出来た。その程度の情報は、周囲に隠していた筈の親友との交流関係や僕と木下が同室だった頃にあった出来事、当時の生徒会役員全員分の私用の携帯番号やメールアドレスを初対面の時点で把握していた『情報屋』にとって、造作もない事だろう。個人的な勘として、僕が腐男子である事も知られている気がするが、その辺は考えないようにしたい。

 紅茶とスコーンを運びながら給湯室から戻ると、長い足を組んで座っている先輩が部屋の中に視線を走らせている姿があった。テーブルの上に翡翠の視線は、最初だけは探るように鋭く細められていたが、直ぐに穏やかな微笑みへと変化した。

「現役の副会長殿手ずからの紅茶を頂けるだなんて、光栄ですね」
「紅茶の本場の国からいらしている先輩のお口に合うものとは限りませんが、どうぞ」
「ええ、それでは頂きます」

 皮手袋を嵌めたままの手がティーカップを持ち上げ、砂糖も何も入れていない琥珀色の液体が彼の唇を湿らせた。その様子は貴族を思わせる優美さと余裕に満ち溢れており、まさか彼がどちらかと言えば下世話な記事を書くべく僕を訪ねた風には見えない。……そもそも、この先輩が復学後にどうして新聞部へ入部したのかも、僕には見当がつかない。元々、彼が『情報屋』とでも評するべき情報網を持っていたらしい事は知っている。けれどもこの人は、得た情報を他者に公表するタイプの人物ではなかった――様に見えていたのだが。彼と大して親しい訳でもない僕の観察眼が正しいかは、分からないけど。

「――それで、今回はどの様な記事を書くおつもりですか?」
「うーん、きっと君の予想通りの俗物的な記事になりそうですねぇ」
「そうですか。僕に手伝える事があると良いのですが」
「そうですねぇ、……あ、幾つか簡単な質問に答えてもらう事は出来ますか、如月君?」
「ええ、そのティーカップが空になるまではお付き合いして差し上げられそうです」

 それにしても、僕が演じている『腹黒毒舌副会長』と言うキャラクターは、ローウェル先輩の様な飄々とした人物が苦手そうだ。頭の片隅で考えたどうでもよい想像を投げ飛ばし、眼鏡のテンプルに手を伸ばす。
 ――新聞部が発行するだろう新聞のメインとなる記事は、桜庭と高瀬君の熱愛騒動疑惑になるだろう。一般人ならば芸能人のスキャンダルに興味を抱くだろうが、この帝華学園の生徒の場合はテレビの向こうの人々ではなく親衛隊持ち達のニュースに心を躍らせる。ここはそう言う空間だ。教室に溢れるのはドラマや雑誌の話題よりも、親衛隊持ちに関する会話が多い。とは言え、その内容はほぼ毎日似たようなものの繰り返しだろう。所詮は一介の高校生に過ぎない僕達の話題なんて、毎日し続けられる程豊富とは思えない。だからこそ学園内の生徒達は、親衛隊持ちや役員達に関する刺激的な噂に飢えている面があり、その片鱗さえ見付ければ喰い付いて、瞬く間に広めていく。それに一役買っているのが新聞部だ。それと同時に、新聞部の存在が噂が無為に広がり過ぎるのを抑える役割も持っている。――公表された『事実』の記事、それが生徒達に受け入れられる事で噂に尾ひれが付き過ぎない様にしてくれる。勿論、記事に載っている事が全てではないだろうと想像から来る憶測を広げる読者は多いが、それは所詮『憶測』で留まってくれるのだ、少なくとも公的には。
 逆に言えば、新聞の記事として掲載される『事実』が『真実』でなくとも、『事実』となりえる危険性がある。その『事実の記事』の隅でも載せられるだろう受け答えは、慎重にしておいて損はない。大袈裟な気もするが、そう考えた上で対応した方が良いだろう。何しろ相手は『元生徒会役員』であり、書いた記事の影響力が今までの普通の生徒達とは異なるだろうローウェル先輩だ。――彼の入部によって学内の新聞部の権力と言うべきものは、確実に増した。それを西園寺が面倒臭そうにぼやいていたのは、先月辺りの出来事だった。
 ……BL物としてはおいしい展開だが、こんな状況だと確かに面倒臭いな。

「実は、新聞部は転校生に関する特集を組んだ号外を明日にでも発行予定なんですよねぇ。……あ、これは他の人には内緒ですよ?」
「どこかの馬鹿のおかげで食堂であんな騒ぎが起きてしまいましたからね。新聞部の皆さんにとっては記事の中身が膨らんでくれて、喜ばしい事なのかもしれませんが」
「正直に言ってしまえば、私達にとってラッキーな騒動だったかもしれませんね。まあ、そう言う訳ですので新聞部としては転校生の密着取材を実行したかったのですが、それは時間がありませんから来週の定期新聞用に回して、ひとまず彼に関する一言インタビューを様々な方に行っちゃおうと思いまして」
「それで、彼の案内役を任された僕に会いにいらしたのですか?」
「如月君は飲み込みが早いですよねぇ、助かります。――では、如月副会長。転校生の高瀬あきら君と初めて会った際の感想、お願いします」

 どこかしら楽しげな様子のローウェル先輩が、ティーカップをソーサーに置いて軽い口調で尋ねて来た。ゆっくりと瞬きをしている翠眼は、大抵の場合会話相手を真っ直ぐに見詰めている。目と目をしっかり合わせて会話を行うのは、欧米人の先輩らしいやり方だけど、時々思考を見透かされてしまっているのではないかと錯覚してしまうから、僕はこの人の緑色がちょっとだけ苦手だ。

「そうですね、……眼鏡が大きいなとは思いました。それと、少し不自然な感じはしていましたがまさかカツラとは思いませんでしたね。それでも礼儀はなっていましたし、不快な点も印象に残る点も、何もありませんでした」

 紅茶の注がれたティーカップから口を離すついでに言葉を吐き出す、振りをして、一階で先輩とあった時から考え用意していた返事を声にすれば、先輩はにやりと笑って「ありがとうございました、私の用件は以上です」とだけ言ってスコーンに手を伸ばした。ローウェル先輩が市販品のスコーンを割り、視線をテーブルの上で動かした後にそのまま口へ運ぶ様子を見ながら、彼からの追及が無かった事に安堵する。――僕の回答は、記事の一部にエッセンスとして添える程度の扱いだろう。そうでないと困る。

「それにしても、大丈夫ですか?」
「……何がですかね?」
「先輩は受験生でしょう。部活動に精を出すのも生徒の模範にはなりますが、そればかりに現を抜かしていては後で泣きを見ますよ」
「ああ、それに関しては大丈夫ですって。『受験』……と言えるものはもう終っちゃいましたから。でなきゃ、こんな風にゴシップを追うパパラッチの真似事なんてしていませんよ」
「……パパラッチの真似事、ですか」
「ええ、真似事ですよ」

 ローウェル先輩の癖であるにやにや笑いを視界に入れながら、僕もスコーンに手を伸ばした。オレンジピールとクルミの入ったスコーンを口に入れれば、控えめで上品な甘さが舌の上に広がる。甘党の綾野はもっと甘い方が良いとか言っていたけれど、僕としてはこのくらいの甘さが丁度良い。確か、西園寺もツンデレっぽく似たような事を言っていたな。
 ――互いに無言のままスコーンと紅茶を胃の中に入れた後は、立ち上がったローウェル先輩の為に扉を開けるべく、僕も腰を上げようとした。けれど、長いコンパスで颯爽と扉の前へと移動した先輩は、首から上だけでこちらを振り返ると、薄い笑みを浮かべて口を動かした。



「では、味わい深い紅茶をありがとうございました。――でも、次はもう少し茶葉を蒸らす時間を短くして下さいね。考え事をしながら紅茶を入れる癖がまだ直っていないみたいで面白かったですけど、気を取られすぎですよ。せめて、ホットウォータージャグを準備する事をお勧めします。それと、スコーンを出して下さるならばクロテッドクリームやジャムも一緒に用意して頂けると嬉しいですけど、……これは欲張り過ぎですかねぇ、うん」



 そうして赤毛の『情報屋』が生徒会室を出て行ったのを確認し――僕は心の底から溜息を吐いてから、まずは残されたティーカップ達を片付ける事にした。



【第三章終了】

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