雑記帳 魔女と罪人 男はいきなり呼び止められた。振り向くと、男の眉間にしわが寄っていく。 「おいおいおいおい。勘弁してほしいねまったく。おたくらも暇だね〜。俺みたいな小男一人追っかけさせられて」 男の視線の先には息をゼェハァ切らして追いついてきた男が二人。二人ともかなりがたいの良い大男で、シャツからは盛り上がった筋肉が見て取れる。 一方、呼び止められた男は前の二人よりは背も低く細い体つきで全く対照的だった。 しかも、追いついてきた二人が高級なスーツを無理矢理身につけているのなら、こちらはかなり年季の入ったジャケットを長年の相棒の様に着こなしている。そして顔にはサングラス。 「うるせぇ!てめーが酒代素直にださねーからこうなるんだろうが!しかもボスの女にまで手をだしやがって、五体満足で帰れるなんて思うなよ?!」 二人のうちの片方が、無理矢理声を荒げる。二人ともまだ息が上がったままだが、何とか威勢を張ろうと声を張り上げた。 しかし、見ている分にはもう、すでに負け犬の遠吠えに聞こえる。 男の息切れの合間に聞こえる声に、サングラスの方は眉をひそめた。 「あれは声かけてきたのも、酒を勝手に奢ってきたのもあの女じゃねーか。それなのに、女と飲んだ分返せなんてせせこましいことを。」 「ごちゃごちゃと。とにかく、おめーはおとなしく俺たちと来ればいいんだよ!」 息切れで酸素が十分頭に回ってないのか、右側の大きいのが叫んだ。 しかし、こんな大男たちが息をここまで切らせて。一体どのくらいの距離を全力で走ってきたというのか? 「はぁ〜やれやれ。アイシアの目を盗んで久々の酒場で羽を伸ばせると思ったのに。本当についてねーなーったく。今日はもうやめとくか?うん、そうしよう。あ、お二人さん?ごめんね。俺もう帰るわ」 そういってサングラスは、手はポケットに入れたままその場を離れるべく回れ右をして去ろうとする。 「はあぁ?!ふざけてんのかてめー?こっちはこのまま帰すつもりはねえっつってんだろうが?!」 その背中に、左の大男が懐から出した銃が向けられた。手に握られたその銃は男の手が大きすぎて小さくかわいく見える。サングラスは顔だけでその銃を一瞥し、困ったように苦笑する。 「そういわれてもなあ。こっちも帰らないと怒られるんだよ。飲みに出歩いてるのがバレたらなんて言われるか」 「そんなの、こっちは知ったこっちゃねーな〜?」 右の男も、同じように銃を突き出す。サングラスはやれやれと手をポケットに入れたまま大男達に向き直った。 「・・・ならしかたない。少し眠ってもらおうかな?」 大男達の体が強ばる。もしかして、俺たちはとんでもない者を相手にしようとしてるのではないか?そんな考えが一瞬頭をよぎったが、すぐにその考えを振り払う。 こっちは銃を持っているし、後ろにはボスがいる、何も怖い物なんて無い。そんなちっぽけな自信が彼らの最後の砦だった。 「ああぁ?てめーなにいッ!」 刹那、男達の前からサングラスの姿は掻き消え、左の大男は腹を押さえ地面に仰向けに倒れた。 「な?!どこいッ!」 右の大男が左に気を取られているうちに、サングラスは男のすぐ後ろに現れた。そして首筋一閃。今度は俯せに倒れる大男。手にした銃は、周囲の沈黙を破ることはなかった。 「はあ〜い、おやすみ〜、っと。さてと、帰るとしますか。まだ眠っていてくれるといいがな〜。うちの魔法使いさんは」 そう呟いて、サングラスの男、コクトーは我が主の魔法使いの下へ、足を進め始めた。 「コクトー!!昨日の夜は一体何処に行っていたのですか!?」 ある晴れた気持ちのいい昼下がり。どんなに嫌なことがあっても、見れば一発で吹き飛ばしてくれそうな雲一つ無い青空のもと。 そんな雰囲気をぶち壊すような少女の声が安宿の二階の開け放たれた窓から響く。 「っっっっ〜!!何処にも行ってないぜマスター」 「嘘です!!私はちゃんと知っているんです!コクトーが夜明け頃に部屋に帰って来たのを!!どうせまた酒場に行ってきたんでしょう!?」 「・・・・・」 「目を逸らさないでください!!まったく、貴方にはちゃんと使い魔としての自覚があるのですか?!魔法使いの使い魔が夜な夜なバーに繰り出してるなんて、なんて情けない。使い魔一匹、ちゃんと躾けられないなんて、天国にいるお婆ちゃまに顔向けできません」 目の前で、一人で段々ヒートアップしてゆくアイシアを眺めながらコクトーは下の通りの喧噪に耳を傾ける。表通りで開かれている市場や遊んでいる子供、小鳥のさえずりなど本当に平和である。 「って!聞いているのですかコクトー!!」 聞いていないのがばれたらしい。目の前にはもの凄く怒っているアイシアが仁王立ちしていた。 「聞いてます、聞いてますよマスター」 「むー!!ふん!もう知りません!!罰として今日は朝食抜きです!!」 そういうと、アイシアは扉の方へ向かう。 「おいアイシア、何処へ行く?」 「カフェです!私は優雅に朝ご飯を食べてきます!そこでゆっくり反省してなさい!!」 バン!と扉をきつく閉め出て行った。窓から下を覗くと通りをずんずん進むのが見える。 愛用のマントを着ていたので余計に目立った。 「は〜、やれやれ。うちのマスターにも、もちっと自分が魔女だと自覚して欲しいよなあ。いや、自覚しすぎてるのか・・・・」 コクトーは椅子にダラッともたれ掛かった。 (さすがに、昼飯はちゃんとくれるよな・・・・) コクトーはそんなことを思いながら暇つぶしのために睡眠に入った・・・・ コクトーが目を開けると、もう外は暗くなりかけていた。 どこかに出かけているのだろうかと部屋を見渡すが、アイシアが帰ってきた様子はない。 探しに行った方がいいかとジャケットを着てドアを開けようとした時、紙切れが挟まっていた。 「ガキは預かった。返して欲しくば9時にサウスエリアにある廃倉庫まで来い、か」 時計を見ると、7時を指していた。 サウスエリアのとある廃倉庫。そこでアイシアはガラの悪い男5,6人に囲まれ、上から吊されていた。力尽きたかのようにぐったりとしている。 「はあ〜、やっと収まりやしたね〜兄貴」 「ああ、まったく。さっきまでうるさくて仕方なかったぜ。薬もってて良かったな」 「しっかし、変な娘ですよね〜。こんなマントつけて」 「ああ。しかも自分が魔女だとぬかしがる。由緒正しい魔女の家系だとか何とか。魔女狩りの時じゃあるめーし。魔女なんかいるかってんだ」 その時、誰かが倉庫の中に入ってきた。 「あ!ボス!お早いお着きで」 その男は昨晩コクトーにいちゃもん付けたマフィアのそのボスだった。両側にいるのはコクトーにボコられた奴らだ。 「・・・・この小娘がか」 「へい、例の男が入った部屋から出てきやした。男の連れでまちがいねーです」 「ふん!あの兄ちゃんめ、今度はこっちがボコボコにする番だぜ。ところで、なんでこの小娘はこんな恰好してんだ?」 「は、はあ。なんでもこの小娘が言うには自分は魔法使いだそうですぜ」 「ああ、思い出した。たしか、由緒正しいイーシュベイト家、だったような・・・」 「なに!!イーシュベイト、確かにそう言ったのか!」 「は、はい!確かに・・・・」 「ふふ、ははは、もしそれが本当なら俺達はとんでもねえ奴を見つけちまったことになるな〜」 マフィアのボスがアイシアをねっとりと見上げる。アイシアは一瞬ビクッとしたように見えた。 「ボス、そりゃ一体・・・」 その瞬間、天井に付いていた電気が一斉に割れ破片がマフィア達に降り注ぐ。 頭を守ろうと手を上げた瞬間、一番端にいたチンピラが倒れた。 「な!なんだ!何が起こった!?」 チンピラの頭には小さな穴が開いていた。 「まさか狙撃されたのか!?」 サウスエリア一帯は高い建物が殆ど無く、そして倉庫には上の方に細い採光用の割れたはめ込み窓があるだけだった。屋根も所々穴は開いているが、そこからの狙撃は不可能である。 マフィア達は一斉に窓に顔を向ける。 窓から見えるのは反対側のイーストエリアにある摩天楼だけ。 それが、彼らが見た最後の光景だった。 崩れるボディーガードから懐中時計が落ちる。時間は8時30分だった。 9時ジャスト、時計台の鐘が鳴り響く中、死体の転がる廃倉庫に一人の男が入ってくる。コクトーだった。銃身が異様に長い銃を担ぎながら悠々とアイシアに近づく。アイシアは薬が良く効いているのかまだ寝たままだった。コクトーはアイシアを起こさないようにゆっくりと下ろしてゆく。 「おっと、そこまでだぜ兄ちゃん」 コクトーが後ろを向くと、其処にはボスが立っていた。 「へへっ、もしもの時の防弾チョッキだぜ」 ボスがフラフラとこちらににじり寄る。 「やめておけ。心臓の手前でかろうじで止まってるだけだ。動くと死ぬぞ」 「うるせえ!そんな金の卵、易々と手放せるか」 「お前、この子が何なのか気がついたのか?」 「イーシュベイト家といやあ、あの魔女狩りの時に真っ先に抵抗した家の一つだ。一族の大半はあの時に死んだが、極わずかだが生きてるって噂だ。今でもその小娘王様んとこ持っていけば一生遊んで暮らせる金が手にはいんだろうよ!」 「・・・なら、俺はどうだ?」 コクトーがアイシアを下ろしてボスの方に向く。 やはり一番目に付くのは担いでいる異様な銃だろう。先端からグリップまで真っ直ぐで、異様に長い銃身。今流行の余計な装飾は一切無く、ただ撃つことだけに限定された銃。 「・・・・」 「わからないか?なら、これでどうだ?」 コクトーが銃を横にする。持ち手の所に一つだけ模様が刻み込まれていた。 「・・・・!ま、まさか!てめえ、猟化へぃ」 ボスの体が崩れ落ちる。タイムリミットだったようだ。 コクトーはマフィアのボスを一瞥すると、ぐっすりと寝ているアイシアをだっこして倉庫を出て行った。 まだ開いているレストランを探しながら・・・ 18XX年、エウロピアス帝国皇帝ルイウス14世は突如魔女狩りを発令、国中の魔女や魔法を使ったと思われる者全てを女子供問わずに虐殺を慣行。当然魔女達も激しく抵抗し、帝国全土を巻き込む内乱に発展する。魔女達は常に結界を張っており、自分に対して殺気を放つ者や害を及ぼす者を感知することが出来る。そこで生み出されたのが猟化兵だった。 猟化兵。対魔女に造られた兵士達の名。全身をアンチマジックマテリアルのミスリル合金で包み、魔女に殺気を気取られない超超遠距離からの狙撃を主体とした特殊部隊である。 魔女狩りは発令から1年で終了。国民達は疑心暗鬼の生活から解放される・・・・ その平和の背景には、猟化兵がはなった意志を持たない無慈悲な弾丸に散った多くの魔女達がいた。そして、彼女達を狩るために人としての心を捨てさせられた者達がいた・・・ 後に魔女狩りの際に冤罪者が多数いることが判明し、前々から批判の声が高まっていたルイアス14世は全ての責任を背負わされ退任した。 そして時は流れ、14年がたった19XX年、 この物語は、立派な一人前の魔女を目指す少女とその使い魔になった一人の罪人の物語・・・ [次へ#] |