Underdog
6
秋栄が、印象的なメロディーを奏でだした。
何をやってもうまくいかない男が、飼い犬や野良犬と寂しく会話する、という歌だ。
みんなに言わせるとへたれな歌詞なわけだけど、音にのせて歌うと不思議といい感じに聞こえるのだ。
『ロープに繋がれた半径2mの世界で』
ハルの声とハモる。
『楽しくそれなりにやってるよ』
犬と男の言葉が重なる。
『たまに2m1cm先の世界が知りたくなるけど……!』
ドラムとともに光がスパークした。
短期間でマスターしなきゃいけないと分かってるはずなのに、信吾の作った曲は容赦ない。楽して良い演奏なんて出来ないってことだ。
最初の音合わせの時に感じたぎこちなさはかけらもない。俺達がまるで一つの楽器になったみたいに、互いの音を感じる。
初めて聞くバンドの曲なのに、お客さんはまるで常連みたいに乗ってくれている。涙腺のゆるい俺は、それだけでもうグッと来ていた。
ふと見知った顔が視界に入った。客席の後方、ほとんど壁際だ。なんでそんなところにいるのが見えたのか分からない。暗闇に紛れやすい黒いTシャツ姿のそいつは――信吾は、穏やかな笑顔でステージを見上げている。
「あ……」
声をかけようとした次の瞬間、人込みに溶け込むようにして姿を消した。
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