第三の国
エポワスから来た男の子7※
ブリの亡骸は、翌日になってからエポワスにある奴隷たちの共同墓地に埋葬された。
それから一ヶ月。
「おめぇら!!いつまでもベソかいてんじゃねぇぞ!!」
ある食事時、まだ少し元気のない俺たち三人をロックフォールは一喝した。
「泣いてねぇよ!!」
「泣いてねぇし」
すかさずゴーダとエメンタールがムッとして返す。
「そぉかー!?このところ毎晩毎晩誰かがベソかいてんのが聞こえるから、オレァてっきりお前らの中の誰かだと思ってたがな!?」
「俺じゃねぇよ!!お前だろ!?エメンタール!?」
「俺でもねぇよ!!」
一拍置いて、二人のジットリとした視線がこちらに向けられた。
「いや、俺だって違うし。……でも故郷でなら、ブリもきっとゆっくり休めるよね」
リコッタでのブリの思い出は幸せなものばかりではなかったから、どうか今だけは安らかに眠ってほしい。
そう思わずにはいられなかった。
「あぁ、あの辺りは奴隷制もずいぶんと緩いらしいしな。それにブリのことだから、眠ってるのは暇だって言って、今頃こっちにチョッカイ出しに来てるんじゃねぇの!?」
俺の言葉を聞いたエメンタールが、励ますようにブリのその後を想像してからかった。
「ぷっ。本当だぜ!!ロックフォールが毎晩聞いてる夜泣きってのも、案外ブリの仕業だったりしてな!?」
「そうだよね。ブリが来たばっかりの頃は、声張り上げて相当怖がらせてたもんねロックフォール。その恨みで一番に会いに来たのかもよ……ロックフォール、霊感はある方!?」
「真面目な顔して聞くんじゃねぇ!!ふ…ははっ…ア…アホな冗談はやめねぇか、クソガキ共。めったなこと言ってんじゃねぇ……」
本当に霊感があるのか、ロックフォールは青い顔をして覇気のない弱々しい声を出した。
「ぷっ。あっはっははは!!なんだよロックフォール!?おばけが怖いのか!?」
「う……うるせぇ!!ゴーダ!!ガキは黙ってろ」
「いってぇな!!殴るなよな!!ロックフォールのバカ!!バカバカバーカ!!」
熊男のロックフォールの予想外な弱味に、鉄拳を受けたゴーダも含め俺たち三人はそれからしばらくバカみたいに笑い続けた。
俺が思い出し笑いをしていると、パルは自分が笑われたと感じたのだろう。
「もう!!何だよチェダー!!何がおかしいんだよ!?…あっ!!俺の言ったことが子供っぽいとか思ってるんだろ!?……べ…別に今じゃもう慣れたし!?こんな変態の住みか。どうってことねぇよ!?本当だぞ!!」
過去に囚われていた意識がパルの一言一言で大部屋に繋がる道中へと引き戻されていく。
「そんなこと思ってないよ。でも……ゴメ…ゴメン!!パル……あははっ…ふっ…可笑しい…」
生意気な態度と、パルの物言いが昔のゴーダにそっくりで、俺は腹を抱えて笑った。
「…なんだよぉ!!チェダーのがおかしいじゃんか!!うぅぅー!!バカバカバーカ!!もう俺は先に行く!!」
そう言うとプリプリと怒った様子で、パルは大部屋に向かって大股で歩き出した。
(ぷっ……し…しぬ…)
あまりにも笑い続ける俺をゴーダは不思議そうに眺めていた。
「何だよ…珍しいな。チェダーがそんなバカ笑いするなんて」
「うん。ちょっとね……ブリが亡くなった日のゴーダとエメンタールの事とか思い出してたら……感動して涙が出てきた」
「嘘つけ!!明らかに笑ってただろうが!!……ったく、ボーッとしてたのはそのせいか!?」
「…うん。俺たちにもパルみたいな時期があったなって思ったら、なんか色んな事が走馬灯のように」
「走馬灯かよ……縁起でもねぇな」
本当だね。と俺は眼差しだけで相槌を打つ。横を通り抜けた部屋からは夜伽で指名された奴隷と監視たちの生々しい情事の声がした。
「んっ…はぁ…んんっ」
「んあっ…あぁっ!!…そうだ!!!もっと締めろ!!…あぁぁ!!…イイッ!!…あっ…あぁ…出る!!…!!出る!!」
「あんっ…あぁ…激し…あぁぁっ!!!!」
夜伽の日は、いつにも増してあちこちの部屋からこうした声が木霊する。
「…ちっ、早速盛ってんのかよ。本当に鬱陶しいな。特に監視の声。黙ってイケねぇのかよ!!あぁいう騒がしいのは絶対に下手くそだ!!」
なぜか得意気に話すゴーダ。
「何でそんなこと知ってるんだよ……。大体ゴーダは前に夜伽に当たった時も、迫ってきた監視をボコボコに殴りつけて後から罰則で釜茹でにされてなかった!?」
「うっ……。俺はただ、一方的に苦痛を強いるだけの夜伽の制度が嫌いなんだよ。それこそブリみたいな子供が増えるのも、もうゴメンだ」
忘れてない。
忘れられるはずがない。
仲間を救えなかった不甲斐ない自分を今も悔いている。
ゴーダの中にも、俺と同じ傷があるんだ。そしてそれはきっとエメンタールの中にも……。
「…あれ!?エメンタールは!?」
いつの間にか姿が見えなくなったもうひとりの友人の存在に俺は今さらながらに気が付いた。
「あぁ、あいつなら広間を抜けた時点で音もなく消えやがった……まぁたぶん」
聞かなくても先は分かる。エメンタールがこんな風に居なくなるときは必ず
「狩りだ」
「狩りか」
ぴったりと息が揃って二人して思わず笑った。
「副長か補佐長か、はたまた下っぱの監視を手懐けてるか…どうやって口止めしてるか知らねぇけど、不思議な事にあいつの夜の噂は微塵も拡がらねんだよな」
「本当にその辺は謎だよね……どうしてるんだろう。……プッ。でもきっと、今頃くしゃみしてるんじゃないかなエメンタール!?」
「かもな!!あいつそういう所は何か敏感だしな!!……だぁぁぁ!!もぉ!!あんあんあんあんウルセェんだよ!!これ以上ここに居たら脳ミソが腐る!!おいチェダー!!外に出ようぜ!!」
ひっきりなしに聞こえる男たちの喘ぎ声に我慢の限界がきたらしいゴーダに促され、クスクスと笑いながら俺たちは夏の闇夜に姿を消した。
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