第三の国
エポワスから来た男の子6
「気は済んだか!?」
しばらくすると、後ろから話しかけられた。
「ロックフォール……」
振り返った俺の周りを、大部屋で寝ているはずのロックフォールと数人の大人たちが取り囲んでいた。
「…ったく、メソメソしてんじゃねぇよ!!」
「だって…ブリが…ブリが冷たくなってたんだ!!おれ…俺、それまではてっきり寝てると思ってて!!でも…、でも違ったんだ!!動かなくて…ブリ、全然動かなくて…」
一度開いた俺の口からは次々と言葉が溢れ出て、その大きくうねる感情の波を俺はもう自分では止められなくなっていた。
「あぁ…死んじまってたな。…可哀想に」
「俺…全然気が付かなくて…俺のせいだ!!隣に寝てたのに…毎晩泣いていたんだ…あの時のことだって!!俺、代わってやれなくて!!……謝ろうとしたのにそれも出来なくて……悩んでいるのも分かってたのに……もっと…もっといっぱい話を聞いてあげればよかった……俺の…俺のせいだ!!」
腫れたまぶたが視界を狭くして、俺は冷たくなったブリの小さな背中だけを思い出しながらわめき散らした。
「バカ言ってんじゃねぇ!!落ち着かねぇか!!バカ野郎!!」
そう言うと俺の両頬をロックフォールは強く叩いた。
「い……いたいよっ……」
「おう痛ぇだろうよ!!生きてる証拠だ!!いいかチェダー!!よく聞け!!これからブリみたいな子供はごまんと現れる!!お前がここでビービー泣いたってなぁ、そいつらの苦労は少しも浮かばれやしねぇんだ!!!」
俺は頬を押さえながら般若のような、それでいて目だけは優しいロックフォールの顔を黙って見ていた。
「……はぁ。だけどな、チェダー。お前がここで踏ん張って踏ん張って生き伸びて、俺たちと国を取り返そうってんなら話は別だ」
「取り返す…!?パニールを…」
「あぁ、そうだ!!いいか、チェダー!?しぶとく生きろ!!そうすりゃ、チャンスは必ず巡ってくる!!これからの世の中は奴隷になるやつらなんていちゃいけねぇ!!こんな制度はクソだ!!俺たちは国を取り返す!!」
「そ…そんなこと無理に決まってる!!だって……だって俺たちは奴隷なんだよ!?」
思わず反発の声が漏れた。
「やってもいねぇのにどうして無理だって決めつけられる!?……それに俺たちは元々、奴隷じゃなかったはずだ。そうだろ!?」
「うん……でも……」
「それにな、こう思っているのはリコッタだけじゃねぇ。他の地区のやつらも同じように考えてんだ。どれだけ時間がかかったってかまわねぇさ!生き残った俺たちが死んでったやつらにしてやれるのはそれくらいのもんだからな。それが出来りゃ……あいつらもちったぁ報われるだろうよ」
戦争に参加したロックフォールは、俺なんかよりも遥かに沢山の仲間を失ったんだろう。子供の俺にも理解できるほどに、小さく微笑む顔がそう物語っていた。
「…そうかな。ブリは喜ぶかな!?」
「あぁ、きっとな。俺たち大人はそう思ってる……ブリの件は残念だったな。本当は強欲な大人が起こした戦争なんかで、お前たちみたいな子供の未来までが犠牲になってくべきじゃねぇんだ。でもな、チェダー。起こっちまったことに愚痴をこぼしたって世界は何も変わらねぇよ。お前はそういう時代に生まれたんだ。どれだけの仲間を失っても、お前はまだ生きてんだ!!ゴーダも!!エメンタールも!!だからお前たちは、ブリみたいに亡くなった子供たちの分もしぶとく生きろ!!いいな!?」
「………………うん」
「いい子だ」
ゴシゴシと目元を拭う俺の頭を、ロックフォールは大きな手で何度も優しく撫でてくれた。
「偉いぞ!!チェダー!!」
「俺の息子もこれぐらい賢くて物分かりがよけりゃあよ……」
「ハハッ!!お前のボンクラ息子は確かヘマやらかして今はエポワスに飛ばされてんだっけか!?」
「テメェ…言ってはいけねぇ事を!!」
他の大人たちも俺を褒めたり、頭を撫でたりしながら口を挟んで時々笑いが起こる。
「それになチェダー。お前は代わってやれば良かったと言ったが……あいつはお前がそんなことをして、喜んだと思うか!?」
「ううん。ちっとも思わない」
ブリの明るい笑顔が脳裏に蘇って、俺は力強くそう答えた。
「だろ!?まぁそれに、俺たちと国を取り返すには、お前らはもうちょっと大人になる必要があるな」
そう言ったロックフォールに俺は首を傾げた。
「おい!!ゴーダ!!エメンタール!!隠れてねぇでいい加減に出てこい!!」
俺が振り返ると、塔の柱の陰によく見知った姿が見えた。
名前を呼ばれても気まずそうに柱の陰に隠れたまま、二人は出てこようとはしなかった。
「……ったく、何を恥ずかしいがってんだか。血相変えて飛んできやがったくせしてよ」
「……なにそれ!?」
「ふっ。あいつらな、お前が出ていった後すぐにお前を追いかけて行きやがったんだよ。それからお前を見つけたはいいが、あまりにも泣き崩れるお前の姿を見てどうにも出来ねぇってんで、慌てて俺に助けを求めに来たってぇわけだ」
目の奥がツンとした。散々泣いたのに、もう涙を人に見られるのは嫌だった俺は俯いたまま二人の方に駆け寄ると
「心配かけてゴメン」
そう言ってキツく二人に抱きついた。
「それで……ブリが……ブリが」
喉の奥から漏れた声は震え、二人にも伝えなければと思うのにそれ以上先がどうしても出てこなかった。
「あぁ、知ってる」
「えっ……!?」
「ゴーダと一緒にお前を追いかけようとした時、あいつも起こそうとしたんだ。だから……」
しがみついたままの俺の背中に回された二人の手に、ギュッと力が籠った。
それから俺たちは三人で、亡くなったブリを想って肩を寄せあってまた泣いた。
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