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*26時の銀色猫は空飛ぶクラゲの夢を見るか
◇act.3
『恋は盲目 等と申すが、いざそれを目の前にすると
漏れるは溜息ばかりなり でござる…』




    act.3 誰そ彼





日の落ちた時間。
街に灯りが溢れだす。


その賑わいを少し抜けた先。
地下に向かう階段を降りると、こじんまりとしたバーに辿り着く。


木製の重みのあるドアの向こうに一人の男。
黒いネクタイとベスト、エプロンにワイシャツの袖を肘下辺りまで捲ったその姿はいかにもバーテンダーといった風である。
ただ薄暗い店内にサングラスは不似合いな気もするが。

バーカウンターの向こうで忙しく手をうごかし、シェイカーを降る。
その中身をそっとグラスへと注ぐと、それをカウンターに座っていた男に差し出した。

「こんな感じでござるか?」

そう聞かれ、男はグラスに手を伸ばし一口飲むと にまりと笑った。

「悪かァねぇ」

眼帯で片目を覆ったその男は艶のある黒髪を揺らす。


「これで少しそっちの酒を多く出来るか?」
「少し味が変わってしまうかもしれぬが…何故か?晋助」

そう名を呼び、疑問をぶつける。

「そりゃア万斎 女性向け商品ったってただ飲みやすいだけじゃつまらねぇだろ いい酒使うんだしよ」
「ほぉ?」
「…何だ?」
「…… まぁ一応やってみるでござる」

新しい女性向け商品の開発会議中である。
バーテンダー―万斉は何か言いたげにしながら材料を手に取り、もう一度カクテルを作り出す。

「…しかしまぁ」
カシャカシャと振ったシェイカーから薄桃色の液体をグラスに移し
「なんともあの男の好みそうな品でござるな」

ふわりと苺の薫りが漂うそれを差し出す。

「…ふん 」

特に否定もせず、高杉は出されたグラスに口を着け、

「こんなもんでいいだろう 味も損ねちゃいねェな」

くいとグラスを空ける。

「さて そろそろ店ェ開けるか」



入り口に設置されたランタン型の電灯に灯りが入る。
バーの開店である。







銀時が目を覚ましたのは昼もとうに過ぎた頃だった。
昨日明け方に家に辿り着いて、テレビの前のソファに座った所で寝落ちたらしい。
テレビは点いていなかったがリモコンは握っていた。

ホストなんてやっていると嫌でも酒には強くなってしまう。
自分でも結構飲めるようになったと思っていた。
ただ昨日は…店のホストの誕生日で、つい飲み過ぎてしまったのだ。


「はー…」

ぼんやりした頭で冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを取り出しがぶ飲みする。
冷たいそれが胃に落ちて、空腹を思い出させる。

「腹減った…」

いつもなら買い置いてあるいちご牛乳も無く、冷蔵庫はほぼ空だ。

「どーすっかな」

冷蔵庫の前でしゃがみこみ、頭をがりがりと掻いて溜息を吐く。
暫くそのままぼーっとしていたが

「…ちょっと顔出してみっか」

思いついたらしくそう言って冷蔵庫を閉め、のろのろと立ち上がる。

向かったのは風呂場。
脱いだ服を洗濯機に投げ込み、シャワーコックを捻り少し熱めの湯を浴びる。
ぼんやりしていた意識がだんだんはっきりして、大きく息を吸い込むと温かい蒸気が肺に満ちる様で心地よい。

髪と身体を順に洗い、泡をシャワーで落として風呂場を出る。
バスタオルを取り湯気の上がる身体から水滴を拭うと、テレビを見ながら適当な服を見繕う。
そうこうするうちに洗ってストレートになっていた猫っ毛が乾いて、いつものくるくるとした髪型に戻っていく。
あとは簡単に身支度を済ませ、玄関を出た。


日は傾き、地面に伸びる影は長い。
職場からさして離れていない自宅アパートからなら、目指す店までタラタラ歩けばよい時間になるだろう。
ぼんやりと歩いていたが、繁華街に入る頃着ているトレーナーのフードを被った。
せっかくのオフに顔見知りに会っても面倒である。
気持ち前屈みに歩き、進んでいく。




繁華街の賑わいを抜けた辺り、ある雑居ビルの前で銀時は立ち止まり、地下に向かう階段を降りる。

薄暗いランプに照らし出されている木の扉。
そこにかかったプレートには白い文字で『Bar ghost』 と書かれている。
慣れた様子で、銀時は重みのある扉を開けた。



「いらっしゃ…いませ」

カウンターからかかる言葉の語尾が少し濁った。

「よぉ」

特に気にする様子もなく、銀時はカウンターに席を取った。

「白夜…坂田殿 今日は何用でござるか?」

ここのバーテンダーである万斎がぼそりと聞く。

「何って…バーにマッサージに来る奴はいねぇだろ」

にまりと笑う銀時に、万斎が小さな溜息を吐いた。

『Bar ghost』は、高杉の経営する店である。
高杉の本業は金融業だが、この街に銀時が流れてきた事を知り、店を開いた。
「ホストに飽きたらいつでも来い」とは高杉の言い分である。
今のところ、生活に特に不満もないのでその勧誘は保留になっているが。

「いや〜 ウチん冷蔵庫今何も無くてよ」
「タダ飯喰らいに来たでござるか」
「おーい 客にそりゃねーだろ」

大方間違ってはいないので否定しない銀時に、ふんと鼻をならしながらも
「で?何にするでござるか?」
ちゃんと注文を伺う辺りはプロである。

「チョコレートパフェと なんか腹に溜まるもん食いてぇな」
「ウチはファミレスではござらん」

ぶつぶつ言いながら、万斉は冷蔵庫を開ける。
チョコレートシロップに苺にチェリーと、バナナ…およそカクテルに使わないような材料も常備してあるらしい…それらを取り出し、棚からスプレーホイップと何故かあるシリアルも手に取り慣れた手付きでパフェを作っていく。
銀時は暫くそれを眺めていたが、ふと店内に視線移した。
薄暗い店内には銀時の他に一組のカップルが居るだけだった。

「客入ってんの?」
「まだ早い時間でござるからな 遅くなればそこそこ入る」
「そりゃ結構だな」
「晋助が道楽でやっているようなモノでござる 貴様が心配するには及ばぬ」

無駄話をしている間にチョコレートパフェが出来上がった。

綺麗に盛り付けられたそれが銀時の前に出される。
銀時本人は無意識なのだろうが、甘いものを目の前にした時の嬉しそうな顔はひどく無邪気であどけない。
それを見る度万斉は、高杉はコレに落ちたのだろう と密かに邪推していた。

「んじゃ」

柄の長いスプーンを持ち、チョコレートの絡んだクリームを一掬い口に運ぶ。
うんうん と頷き、二口、三口と食べ進める。

あっという間にグラスのクリーム達は減っていき、底に到達しそうだ。

ことり と液体の入ったグラスが置かれた。

「お …って水かよ」
「酒の注文はまだ聞いておらん」

飲み物無しに食べるのは、と出したのはただの水。
これでも万斉からのかなりのサービスである。
と、隣から別の注文が入ったらしく、シェイカーを振りだす。

「…そういやアイツは?」

パフェを平らげ、出された水を一口飲んで少し腹が落ち着いたらしく銀時が問う。
アイツとは無論高杉の事である。

「今日は来ておらぬ 仕事が忙しいのだろう」
「景気いいみてぇで結構だな」

聞いておきながら素っ気ない返事をして

「んじゃ あとパスタ一つ」
「…」

もはや何時もの事と、万斎はさくさくと調理を進めていくのだ。




しばらく経って、ようやく酒の注文を入れ始めた銀時を、万斎はちらり伺う。
そろそろだろう と思いながら僅かに眉間に皺を寄せた。

「次は〜 何にすっかな」

白い頬をほんのり染め、銀時は指先でメニューを弄んでいる。
その時、ぎぃ と音を立ててバーの扉が開いた。

「おはよーゴザイマッス…ってアンタまた来てるッスか!!」

明るい声で入って来たのは来島また子である。
大学帰りだろう、大きな鞄を肩から提げ、パーカーにタイトなジーンズのミニスカートといった出で立ちのまた子は銀時を指差しややドスの効いた声で怒鳴った。

「よぅ 相変わらず元気で生足が眩しいねぇオイ」
「どこ見てるッスか」
「いやぁあと5p丈が短くてもいーんじゃねぇかと」
「…それセクハラッス」

ぎっと銀時を睨み、ちっと舌打ちする。

「せっかく…今日は晋助様とご一緒出来たのに」

そう呟いたまた子の後から、低く響く声が聞こえた。

「よぅ 何怒鳴ってる」

ぬっと入って来たのは店のオーナー、高杉だ。
黒いスーツにストライプの入ったワイシャツを合わせた姿はどう見ても堅気には見えない。

「なんだ、来てたのか 銀時」

高杉が微かに口元を綻ばせたのを万斉は見逃さなかった。
普段あまり店に顔を出さない高杉が、銀時の居る日は狙ったようにやって来る。
示し合わせて来てるのかと思った事もあったが、どうもそうではない―というのも昔からこの二人はこうなのだ。

高杉はそのまま銀時の隣のカウンター席に座り、また子はまだ膨れたまま、着替えのためにバックヤードへ向かった




万斉がまだ音楽活動を始めて間もない頃、まだ音楽だけでは食べて行けずアルバイトを探していた。
偶然その頃高校時代よく連んでいた先輩である高杉がオーナーとして、この店を新規オープンしたという話を聞いた。
そこで口を聞いてもらい働く事になった。

店に出ていれば必然的に常連の顔を覚える。
銀時もその一人だった。
もともと高校の頃から高杉の知り合いなのは知っていたが、ちゃんと話したのは店に来るようになってからだった。
ちなみに、万斉の言いかけた「白夜叉」とは昔酷く喧嘩の強かった銀時の通り名のようなものである。
二人は古い馴染みだと聞いていたが、どうもそれだけの関係でないのはそれとなく気付いていった。
銀時に話しかける時の高杉の声色、表情。
意識しているわけではないのだろうが、どこか甘さを含んでいる。

一度だけ、高杉に何か連絡して店に来ているのかと聞いたことがあった。
高杉は
『連絡なんざとっちゃいねェよ 偶々だろ』
と言っていたが、偶々にしては率が高過ぎる。
二人の間を繋ぐものの成せる業か…等と考え出すと、にわかに軽い嫉妬めいた感情が沸き立つ。
だがそれは、あくまで恋慕だとかそんなものではなく、単純に慕っている友人への独占欲に近いものだ。



「何飲んでんだ?」

銀時の前のグラスを見て高杉が問う。

「んと ジン…何だっけ?」
「ジンバック…お主も水商売ならカクテルの名前くらい覚えた方がいいでござる」
「うっせー 俺らシャンパンとか水割りくれぇしかやらねぇもん あとは黒服サンのお仕事だから〜」

銀時が拗ねたように口を尖らす。

「イイ客掴むにゃ営業大事だろォよ」
そう言う高杉に
「うわ出た天性の女誑しがー」
悪態を吐くもフンと鼻で笑われる。

「覚えらんねェんなら こーいうのはどうだ?」

高杉が何やらオーダーを出すと、万斉はシェイカーに氷を入れ、リキュールとフレーバー、最後に見慣れた瓶を取りだし中身を注ぐ。
シェイクした薄桃色のカクテルを円錐形の華奢なグラスで銀時にリザーブする。

「…ふぅん?」

怪訝な顔でグラスを手に取り、一口飲んだ銀時の口元が微かに綻んだのを高杉は見逃さなかった。

「イチゴ?いー匂い…ってか最後のの大吟醸だよな?」

最後に入れた瓶の中身が気になったらしい銀時が訪ねると、高杉が答える代わりに口の端をあげる。

「なかなかオツだろ?」
「…まーね」

そっけない物言いの割に気に入ったらしく繁々と眺めながら飲んでいる。

「で?なんてーの?これ」
「まだ名前はねェよ ウチのオリジナルで最近作ったばかりだからな」
「ヘェ」
「お前が名前付けていいぜ」

はぁ?と言いたげな顔で銀時が高杉を見やる。

「それならバカのお前でも覚えてられるだろ」
「…ん〜」

『この天性の女誑しが!』
今度は万斉の叫び――無論心の声―だった。

お前の為に作ったカクテルだ、と言葉にしないまでもそう言っているようなものである。
今回は相手が女ではないので表情が的確かは知らないが、ついさっきの銀時の言葉をリプレイしてしまったのだ。


「名前なぁ…急に洒落たのは思いつかねぇって」

いざ自分の事となると鈍いのか、銀時は普通にカクテルの名前に悩み始めた。

「別にセンスは期待してねェさ」
「じゃあ…ピンクなんとかでいいんじゃねぇの?」
「見たままだな」
「何でもいいっつったじゃねーか」
「率直な感想言っただけだ」

やいのやいの言い合い始めた二人だが、言い争いというより痴話喧嘩にしか聞こえない気がして、万斉は溜息を吐く。

「花の名前だとかかわいらしーのは俺わかんねーし…ならテメェは何て付けるよ?」
「俺が言ったら意味がねぇだろ」
「んだよそれー」

聞いてられぬ、と万斉が口を開く。

「だったら最初に出た"pink"でいいでござろう」
「ぴんく だけ?」

銀時が言い合いを止めてそちらを向く。

「下手な説明なしに英語表記でメニューに置けばそれなりに格好つくだろう それに」
ここぞと銀時に向けて
「その方が覚えやすいでござろう?」
サングラス越しに微かに笑った。

「まー それでいんじゃね…ってお前さりげなく俺の事馬鹿にしただろ」
「どうとるかはお主の勝手でござる」
「いいんじゃねぇか それなら」

にやにやと高杉も薄笑いを浮かべた。





次の日からメニューに追加された「pink」という名のカクテルは、回りくどくないネーミングが項をそうしたか興味を持ったお客からの注文が入り、早速人気メニューに加わったとか。









…to be continue






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