時には残酷さも必要で
5
「少しは動けるようになったか?」
一応心配されているらしく、手のひらで頬を撫でられる。
「……無理。明日は会社休むからいいけどな」
「良くないだろ。風呂はどうする気だ?だから俺が洗ってやると言ったのに……お前が命令するから」
やはりあれは“命令”の類にあたるらしい。力強い物言いが、どうやら発動条件のようだ。
「じゃあ、俺を風呂に入れてくれッ!命令だッ!」
試しに“命令”してみる。
「……………。」
すると、悪魔は途端に無言になり、全裸の俺を抱きかかえると、風呂場まで連れて行ってくれた。
命令行使中は言葉を話せなくなるのだと知る。一度命令したら効力はどのくらい続くのかも気になった。
引き戸タイプの扉を開け、湯船に身体が浸かると、悪魔も全裸になり一緒に浴室へと入る。
1人で風呂に行かせた意味もなくなったが、ここへきて悪魔はようやく言葉を発した。
「ったく、命令されなくてもしてやるんだから、今後はこんなくだらない命令をするな」
「……命令行使中は言葉を封じられるって説明を受けてねぇ。拘束時間も教えろ」
悪魔は腕を組み、仁王立ちになって俺を俯瞰で見下ろす。ずっと思っていたが、従者らしからぬ振る舞いに半ば呆れ果ててしまう。
俺を主とするなら、少しは畏まって敬うぐらいはして欲しいもんだ。
「聞かれなかったから、答えなかったまでの話だ。答えてやる、最大拘束時間は1時間だ。例えば、その場所に居続けろとかの類ならな。他は…命令に従い、実行を達成させれる類のものは、叶った時点で効力を失う」
語尾を強く言っていないため、いくらキツイ口調でも“命令”には含まれないようだった。悪魔が喋れているのがその証拠だ。
もし、言わせたい台詞があれば命令行使中でも喋れるのだろうか。
望み通りの言葉を――
「そーかよ。他にはもう隠してることねぇよな?」
「ない」
素っ気なく答えられると、疑問を解消するべく台詞の“命令”を口にしてみた。
「俺に“愛してる”って言えッ!」
この世で、俺が最も嫌いで虫唾が走る“愛”という単語を悪魔がどう囁くのか、単純に興味が湧いた。
液状画面越しに映るテレビドラマの俳優のように、陳腐で安っぽい“愛”をうたうのだろうか。
好奇の眼差しを、悪魔に送ると――
「愛してる」
表情一つ変えずに、淡々と述べられた。単語をただ紙に羅列しているのと変わらず、見事なまでに感情は込められていない。
俳優や漫画の登場キャラクターのように甘く囁いたら、危うく悪魔をぶん殴るところだったからちょうどいいが。
「命令通りだな。じゃあ、次は俺を蕩けさせるぐらい甘く“愛してる”って言ってみろよッ!」
聞いた瞬間に吐き気を催しそうな下劣でくだらない“愛してる”の台詞を、細かい指示で命令すればこいつは本当に実行に移すか?
口元を歪めて、にやにやと嘲笑い蔑む俺に、悪魔は――
「――――お前を、愛してる」
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