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時には残酷さも必要で
最終回
 むくりと起き上がっためぐみは有無を言わさず俺を一発殴った。その表情はやはり酷く切なそうで、痛いのは自分であるかのように耐えて唇を引き結んでいた。
 

――やっぱり。

 めぐみは俺を大事に扱ってきた。今だって不本意に殴り、申し訳ないと思っているに違いない。
 やっぱり久我さんを殺したのには何か別の理由があるんだと分かった俺は、濡れた髪のまま、ラフな家着そのままの姿で外を飛び出した。

「おいッ!純ッ!!」

 慌てたように引きとめようとしためぐみの制止も振り切り、向かった先はあの図書館だった。
 

――悪魔召喚

 あの本に何か書かれていなかったか?制約内容とかッ!!バカバカしくなって最後まで読まずにいたあの本には多分答えが書かれている。
 そう直感した俺は、前に借りた本棚を探してみると、一冊の赤いカバーの『悪魔召喚』がそこには置かれていた。

 早速手にとってパラパラと捲っていると――悪魔と契約中に、負の感情が無くなれば契約者は死ぬ。シンプルにこう書かれていた。

 そうか。すっかり頭から忘れ去っていたが、確かめぐみも同じような言葉を吐いていた気がする。

“頼むから、生きようとしてくれ純ッ!!”

 今更になってこの言葉の意味が理解できた。そうか、あいつ……俺を死なせたくないのか。
 じゃあ何で生きていて欲しいと思うんだ?答えは簡単。好き、だからだ。それ以外にあんなに甲斐甲斐しく世話してくれた理由が見当たらない。
 

 友情のそれとも違う意味での“好き”だ。あれだけ俺が嫌悪していた恋愛。馬鹿にして蔑んでいた恋愛。
 それでも、久我さんを好きになりかけていた今なら分かる。人って、世界って思ってたほど残酷でも醜くも汚くもなかった。

 めぐみと久我さんに会えてこう思えたんだ――。



 気持ちがスーッと満たされてゆく。心が温かくなって満ち足りてゆく。




――久我さん、別の意味でもごめんなさい。俺、めぐみが好きだ。愛してる。

 急いで家に戻ると、やっぱりめぐみの顔色は真っ青で、ついに俺さえも呼吸が苦しくなってきた。


「めぐみ、愛してる。今まで本当にありがとな」

 扉を開けて、全ての気持ちを表す。それだけが今の俺に出来うる事だ。

「――純ッ!!やめろッ!!俺はお前に生きて……欲しいんだッ!!!」

 ソファから転がり落ちるように、めぐみは這ってでも俺にすがりついてくる。そんなボロボロの状態にさせてごめんな。でも、俺、今なら何も恨む気持ちになれないんだ。

「やっと気づいた。心が満たされて、好きだって自覚できた。人じゃなかったけど、悪魔を愛せた。こんな幸せな事今まで一度もなかったッ!!!お前に出会うまでずっとずっと、寂しかったんだッ!!!」

「……やめて…くれッ!!お前は俺にとっては只の……餌だッ!!!だから、憎めよッ!!!俺をッ!!!」

 お互いに涙をボロボロと零して、恐れも寂しさも強がりも全部溶け出した。
 すすり泣く声に混じって――めぐみに口づけを交わした。

「……好きに、なれるって…それだけで凄く幸せなんだって、今更気づいた…よ。久我さん、そっちで待ってて下さい。謝りに行くから――」

「やめろッ!!純ッ!!!やめてくれ――――ッ!!!」

 涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっても、めぐみは俺から離れなかった。

――ありがとう。


 最後に見たのは悪魔らしからぬ必死な形相で。なぁ、笑ってくれよ。お前にぴったりの名前があるんだ。





“めぐみ”
















―――契約者は死んだ。俺が最も愛した人間だった。だから最後まで死なせたくなかった。
 でも、俺の気持ちさえあいつにはお見通しだった訳だ。全く、適わないよ、純。


――俺もお前を愛しているよ。

 あぁ、知ってる。最高の名前つけてくれたんだろ?めぐみ。最初は女のような名前で響きも嫌だったが、純が呼んでくれるたび嬉しくて仕方なかった――。










 人間と契約しないで1ヶ月が過ぎようとしていた。悪魔は基本的に1ヶ月以内に人間の負の感情を供給しなければ死ぬ。
 

「なぁ、お前さんもう死にそうな顔してるぜ?何故上級悪魔のアンタが契約を交わさずにいるんだい?」

 ある時、まだ人間と契約していない中級悪魔にこう尋ねられて、俺は迷いなく断言する。




「会いたい恋人がいるんだ」


 

〜fin〜













 

あとがき


この話は元々中編で考えていたお話でした。多分久我さんには空の向こうで純は謝っている事でしょう。
そして、彼らの魂はきっと出会えているでしょう。拙い文章で読みづらい点もあったでしょうが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

 川岸 せい
 
 

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