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時には残酷さも必要で
6
――ホテルを出て翌日、会社を無断欠勤した俺は課長にこってり絞られた。この日からずっと俺は拓郎と連絡を取っては、薬をわけてもらったり、性交しまくっていた。
 拓郎以外にも、ゲイの出会い系サイトで俺は不特定多数の男と寝ては、そいつの家やらホテルから会社に向かうのが日常になり、めぐみとは2週間会わなかった。

 久々に自宅に帰ってきた時、車の中に液晶テレビを積みっぱなしにしていたのを忘れていた。取りに戻って、家の玄関を開けた。
 すると、慌てたようにめぐみが駆け寄り、荷物を俺から奪い取ってリビングまで運びだす。無言でテレビの設置をしたら、いきなり有無を言わさず頬を殴られた。

 全力でという訳ではなく、手加減はされているが、口の中が切れて出血した。

「お前ッ!!俺がどれだけ心配したと思っているッ!?せめて家にぐらい帰って来いッ!!」

 何故めぐみにとやかく言われなきゃならない?頭の血管すら切れたように怒った俺は、めぐみの胸ぐらを掴んだ。

「ざけんじゃねぇッ!!てめぇに何でとやかく言われなきゃならないッ?!お前は俺の彼女か母親かよッ?!」
 

 強く怒鳴れば、めぐみは何処に隠し持っていたのか、猿轡のようなモノで俺の口を塞ぐ。なるほど、命令させないようにするために実力行使にでたか。
 言葉を封じられれば、命令は発動できなくなる。そうして、四肢さえ縄で拘束すると――めぐみは眉尻を下げ、視線を落とした。

「お前の薬物依存を断たせたい。……暫く我慢してろ」

「――……ッ!!」

 つまりは監禁するって事か。しかしこいつは外には出られても、物体には触れられない。食事は今は必要ないぐらいだが、それでも俺に対し与えないつもりなのか、どうする気なのかと頭に過ぎった。
 

「そういえば、三国志の小説、借りてる分は全部読んだぞ。今の所は袁紹と曹操の官渡の戦いまでだな」
 

 呑気に告げてくるこいつが腹立たしい。俺は惨めにも無様に地に這いつくばっているだけなのに。
 聞く耳持たずに、俺はイモムシのように身体をくねらせては抵抗し続ける。そんな俺の態度に次第にめぐみが苛立っていった。

「あんまり暴れるようなら、無理矢理犯すぞ」 

「―――………ッッ!!!」

 それを聞いて俺はむしろ、大いに地べたで転がるように暴れまくった。どうせお前も、性欲で俺を犯したいだけだろうがッ!!
 今まで散々そういう奴らとキメセクを繰り返していたからな、分かるんだよッ!!めぐみの反応を知るためだけに敢えて身動ぎしていたが、ただただ憐れなモノを見るような蔑んだ目で俺を見下ろした。

――なんだよ。犯すとかほざきながら、結局ビビってヤんねぇのかよ。

 つまらなくなった俺は、ピタリと動きを止めて、今度はじっとめぐみの顔を見つめてみた。
 気づいたようにめぐみは俺へと再度視線をシフトさせるが、直ぐに逸らしては、溜息を漏らした。

「そんなに構って欲しいくせに、何で俺を避けて家に戻らずにいた?」
 

「―――――――ッ!!」

 違う。誰がお前なんかに構って欲しいと望んだッ?!勝手な妄想も大概にしとけよタコがッ!!とまたもジタバタと暴れだしたら手足が赤くなり、ひりひりと皮膚が擦れたのか痛くなってきた。
 めぐみは今度は盛大に深いため息を肺から吐き出すと、手足の拘束だけは解いてくれた。そして、俺の頬にやおでこに軽くちゅっと口づけの雨を降らせた。

「大人しくしていてくれ。お前の身体に傷がつくのは、あまり良い気分じゃない」

 少しだけ、何故だか落ち着きを取り戻せた気がした。 
 

 
――監禁されて5日が経過していた。その間、唇の隙間から水だけは与えてくれたが、薬の禁断症状なのか、虫が身体中を這いずり回る感覚に陥ったり、幻覚に悩まされた。
 そういう状態になると、めぐみは手足を拘束させ、排尿も垂れ流せば綺麗に拭いてくれた。風呂にも入れなかったが、身体だけは毎日拭いてくれて。

 しかし、薬が抜けていったことにより空腹を感じ始め、頭がおかしくなりそうだった時、ピンポーンと呼び鈴がなる。
 何かの宅配のようで、いつの間に引き出しから現金を引き出していたのか、めぐみが玄関で荷物を受け取っている。

 リビングまで戻ってくると、スーパーの買い物袋に何かの食材と調理器具が入っているのが、うっすらと見えた。
 そうか、その手があったか。家になかった筈の拘束具が何故あったのかに合点がいった。

 吸い込まれそうな瞳で、めぐみは俺の顔を覗き込みながら、今にも泣き出しそうな声をだした。

「今から猿轡外すが、頼むから俺に命令して逃げようとするな。良いな?」

 言われて、次の瞬間猿轡は外された。ようやく呼吸も楽になる。スーハーと口で息を大きく吸い込むと、めぐみに最初に告げたのは素直じゃない俺らしい言葉だった。

「……お前、ずっと俺にSMプレイを強要しやがって。マジうぜぇ」


――めぐみが台所に立ち、料理を作っている。10分かけて出されたのは具材が詰まったお粥だった。
 手足も口も全て自由になった俺は熱々のお粥をふぅふぅ冷ましなながら、口に運ぶ。久々の食事に腹が満たされる。
 

 意外とめぐみの手料理は旨く、作り慣れているようだった。全て完食し終えると、今度は風呂に直行した。
 監禁されている間も、めぐみは洗濯やら掃除も忘れずに行っていて、俺は心の中で密かに感謝する。
 

 体だけでなく胸の内側も温かくなると、俺はほかほかと蒸気を立ちのぼらせながら、リビングまでやってきた。
 しかし、会社を無断で何日も欠勤したので、電話をかけるとやはり解雇されるようだ。まぁ、給料支払われた後だったからまだ良かったが。
 

 これで職まで探すハメになるとはな。けれども、めぐみは何でこんな甲斐甲斐しく俺の世話なんか焼くんだ?主従関係だから?
 未だに意味が分からずにいると、今度は一気に虚脱感に襲われた。やる気が湧いてこない。あぁ、薬手に入れたら、治るんかなぁなんて思いながら、ふらふらと外に出ようとしたら、めぐみが腕を掴んでリビングまで引き戻された。

 
「お前、何処に行く気だッ?!また拘束されたいのかッ!!」


 必死な声で耳元でわめき散らすものだから、つい“命令”を意図せず発してしまった。
 

「邪魔すんなッ!!薬…薬がねぇと、この脱力感から抜け出せなくて、落ち着かないんだよッ!!」

 これもある種の禁断症状なのだろうか。最初に注射器で打たれた量が半端なくて、ここまで依存してしまったのかさえ分からない。
 俺は拓郎に電話をかけ、会えないか聞いてみると、1時間後なら会えるそうで急いで支度を済ませる。

 家を出る際、やっぱり何かを訴えかけるような2つの視線だけが、ゆらゆらと揺れていた。



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あきゅろす。
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