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時には残酷さも必要で
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「違うっつうの。俺も今風に言うなら“こじらせ男子”らしいし。俗世で一時の流行り言葉だから、何年かしたら忘れ去られるし、過去の遺物扱いになる」

 過去の遺物って自分でも厨二な言い回しだとつくづく思っていると、悪魔は口角を下げた。

「忘れ去られる…か。人間ってのは皮肉な生き物だな」

「……その人間から負の感情を餌として供給してるんだろ?まぁ、言いたいことはよく分かるし、俺もお前の意見には同意するけどな」

 2人で暫し無言で食事を終え、少しだけ感傷的になっていると、マンションに帰宅したらこいつに伝えたい話があったのを思い出した。

「そういやさ、お前って呼ぶのも不便じゃん?もし、名前があるんなら聞くけど?」

「名前はない」

 やはりというか、悪魔には名前などないそうで、契約者達は大体悪魔だの、お前だの、あんただの、と呼んでいたらしい。
 コンビニで買い物している最中に、実は悪魔の名前もあれこれ考えていたんだ。俺は毅然として悪魔と向かい合い、宣言する。

「お前の名前は今日から“めぐみ”だ」

「名前など要らん」

 高らかな主張は、重なる低音声にもみ消される。だが、俺にはどうしてもこの名前にしたい理由があったので、秘策も準備している。

「いいか?お前の名は“め・ぐ・み”だッ!!これは命令だッ!!女の名前で“愛”って書いてめぐみって読む人もいるからな。お前にはピッタリの名だろうッ!」

――そう、俺は“愛”をこれっぽちも信じちゃいない。だが、偏屈で天邪鬼な俺故に、悪魔を“めぐみ”と呼んでやるんだ。
 まさに、風刺の効いたユーモアたっぷりのジョークみたいだろう?くくくッと腹の底から、含み笑いが止めどなく溢れ出てくる。
 
 悪魔は肩を竦め、否応なしに無言で頷いていた。

「というわけだ。よろしくなめぐみッ!」

 かつて誰にも見せたことがないくらい、爽やかな微笑みを浮かべて、悪魔を屈服させた。
 

 食事を終えると、悪魔…めぐみも読んでいた本を返却するため、図書館まで赴くこうと腰を上げた。
 めぐみが途中まで読みかけていたので尋ねるも「もう読まん」とあっさりと投げ出された。やはり、退屈過ぎて読んでいただけか。

 コンビニまでは難なく歩けたが、昨日の情事の鈍痛が下半身を中心に広がると、ふらっとよろけてしまう。
 俺がバランスを崩すと、隣にいためぐみがしっかりと腰を支えて抱きとめてくれた。

「大分、足腰がふらついているな。図書館とやらには別の日に返却に行ったらどうだ?」

 どうやらめぐみなりに俺を気遣ってくれているようで、苦笑混じりに眉尻を下げる。

「あのな―。お前も暇だろうから、返却ついでに本でも借りてきてやるんだよ。そんなに主が心配なら、一緒に行くか?」

「……そうする。ただ、この部屋の外に出れば、お前にも触れられなくなる。声しか届かないが、構わないか?」

 問い返されると、調子が狂う。随分律儀な性格をしてる悪魔もいたもんだ。それとも、責任でも感じているのだろうか。
 

「俺なら大丈夫だってッ!めぐみに心配される程やわじゃねぇし、成人男子を嘗めんなよ」

 はにかむように、めぐみは表情を緩めた。


「……威勢が良いな。だが、無理はするなよ」
 

 本当に、どこまでもお節介な奴だ。


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あきゅろす。
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