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アーザの火
13

「イーリス?メイオ?私には何の事だかさっぱりだわぁ……ッ」

 ここまで来て真白は彼女が同族ではなく、本物の黒翼であることに気づいた。
 同族であれば、会えばすぐにテレパシーのようなものですぐに理解してしまう。

 ドアの後ろに並んでいる皆にも「この人、メイオじゃない。黒翼の女性だ」と報告する。
 国定を始め、御堂たちも皆動揺を隠せない。イーリスの柄を持っているのは今までの経験上、メイオだけだったからだ。

 雲母はそれでも、この家にイーリスの柄がある事を主張する。強い反応はやはりこの家からだった。
 
「でも、この家にあるのは間違いないですよぉ?」

 散乱とした部屋の前で一行は唸りだす。仕方がないので、御堂が真白のイーリスの柄を女性に見せて説得する。

「俺たちこれと同じものを探して旅している一行なんですが、ご存知ありませんか?」

 すると、女性はあくびをしながらも応じてくれた。

「あぁ、それと同じのね。確か拾ったのよねぇ昔。片付けないとどこに何があるか分からないわぁ」

 で、結局のところ女性の家に上がりこんで、皆で部屋を片付けるところから開始した。
 服やら宝石類の類や化粧品などがあちこちに転がっていて、それらを収納するところから作業にとりかかる。

 捨てて良い物と駄目な物ではっきりと区別を付けながら2時間程経った後、服の下からイーリスの柄がごろんと横たわっていたのを発見できた。
 
「あんたたちのおかげで部屋もだいぶ綺麗になったわねぇ。ありがとう、ご苦労様」

 早速見つかったイーリスの柄に触れてみた御堂だったが、これと言ってめぼしい情報は得られなかった。
 骨折り損のくたびれもうけとはこの事だなぁなんてしみじみ思っていると、女性から「狭い家だけど、泊まっていったら?目の下の隈やばいわよ?特に怖そうな銀髪のあんたと優しそうな金髪のあんた」と有難い申し出を受ける。

 これだけが救いだったが、軍の連中に見つかる可能性を考慮しておきたいところだった。
 しかし流石に二人は全速力の飛行プラス3時間しか眠っていないため、早々に休めるうちに休んでおきたいところでもある。

 そのままソファとベッドにふらふらと横になると、二人はすぐに就寝し始めてしまった。
 二人よりは体力のある霧也も眠気には勝てず、結局のところ雑魚寝をして女性の家に泊まる流れになった。

 雲母と真白は霧也のおかげで充分眠れていたため、夜中になっても二人で雑談などをしていた。

「へぇ。ずっと一緒にいたんだ御堂とは。随分信用しきってるんだね」

「はいですぅ。御堂がイマイチ信用ならないみたいな言い方ですねぇ?どうしてですか?あんなに優しいのに」

「雲母に言っても信じては貰えないだろうから言わないけど、羊の皮を被った狼もいるって事ッ!」

 真白が軽く鼻にでこピンをすると、雲母は「あぅぅ……ちょっと痛いですぅ」と漏らす。

「御堂は誰よりも優しくて素敵で良い人ですよぉ?いつも一緒にいたから分かりますぅッ!だから、私は信じていますッ!」

 きっぱりと晴れやかな笑顔で雲母が告げると、真白は何も言えなくなってしまう。

――どちらが本当の彼なんだろう?

 疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返している。
 僕だって信じたくはない。けれどもあの時の彼等が嘘を付いているとも考えにくい。

 何を信じて何を疑えばいいのかさえ、こんがらがって見えなくなる。
 雲母と国定には絶対話せない。だから霧也にだけそっと告げ口したんだ。

「まぁ、良い人なんだろうね。村で迫害されてた雲母と一緒に10年も暮らしてたんだから」

「はいですぅッ!真白さんは育てのお母さんを誰かに殺されて、復讐のために旅に同行しているんですよねぇ?」

 長い沈黙の後に真白は頷く。

「……そうだよ。それもあるけど、ルーア・ルースに行ってみたいんだ。僕等メイオの生まれ故郷だからね」

「正直な話、メイオだけの楽園となるならば確かに差別はなくなるかもしれません。でも、戦争がなくなるとは到底思えないんですぅ」

 雲母の目を見据えて真白は尋ねる。

「メイオ同士でも争おうと思えばいくらでも争えれるしねぇ。……そこを危惧しているんだね?」

「はい。確か真白さん含む、メイオの皆さんは合成獣を生み出せれるんですよねぇ?見た事がないのでどのくらい恐ろしいのか分かりませんが、それで戦争を勃発できる事は可能ですよね?」

「でも……今各地で起きている戦争よりかは遥かに数が減るんだと思う。だから緋眼の死神の言いたいこともわかっちゃう」

 たははと眉尻を下げて真白は笑う。御堂によってメイオの出生の秘密が分かってしまったから。
 戦争を、差別をこの世界からなくしたい。悲しみの連鎖を誰かが断ち切らねばならぬ時なんだと思う。

 だから運命の輪の中に選ばれたのが僕たち?なのかもしれないなぁなんて、真白は一人考えていた。
 真剣な横顔で、真白が何を思考しているのかなんとなく予測がついた雲母は、空に浮かぶ月を眺める。

――今にも降って来そうなほど大きな月……。

 その月明かりだけが、二人の顔を照らしていた。

 やがて二人の意識が遠のいてゆくと、そのまま朝を迎える。ちゅんちゅんと鳥のさえずりが聞こえ始めて、雲母は御堂に、真白は国定に起こされる羽目になった。
 まだ目が覚めていないのは霧也だけであり、朝ご飯が出来るギリギリまで眠らせておこうという結論に至った。

 彼が一番疲れの消耗が激しいからだ。人一人を抱えて皆との飛行速度も落とさぬようにするというのは、大変な重労働でもある。
 そうして、キッチンから卵の焼ける匂いにつられて霧也も自然と目を覚ますと、皆でトーストした食パンとオムレツを食した。

 
 やがて別れが来る頃には「大したもてなしも出来なかったし、あんまり役には立てなかったみたいだけど、良い顔になったじゃないか」と言われ頬をパンッと両手で叩かれる。
 気合を注入してくれてるのは有難いが、国定の頬は少しだけひりひりした。

「ありがとうございます。お世話になりました」

 御堂が告げると、一斉にまた空へと皆で羽ばたいた。

 
「次の目的地なんですがぁ、どうやら下界にも印が刻まれているようですねぇ」

 雲母が例のごとく御堂に手を引かれて、地図を確認している最中だ。
“下界”というワードに誰しもが驚いた顔をして雲母に振り向いた。

「え?下界ってもう水?海っていうんだっけ?なんてドロドロに濁りきってるし、生命体なんて存在しない世界だと思ってた」

 真白が不思議がるのも無理はない。
 翼の生えた人々からすると、下界というのは既に生命が絶滅したと思われている場所であり、良く過去には科学の漂流物が海から流されてきて、今の白翼が科学を生み出すきっかけになった残留物が数多く残っている……いわばゴミの捨て場にもなっている。

 けれども、そうしたいつからか対岸に流れ着いた物が科学の源であることに変わりはない。
 昔はテレビや洗濯機が当たり前のようにあった時代だが、今ではごく一部にしかそれらはない。

 黒翼の魔法で水も火も起こせるし、洗濯機など必要ではなくなっていった。
 科学というだけで、自然破壊……マナの消失に繋がるものならば最初から無くて良いというのが、現在の理想思念である。

 だが、白翼からすると、魔法が使えない分、黒翼の魔法に頼るしか無い訳で……。
 洗濯物などは風と水魔法のクリーニング屋に出すしか方法はない。

 そもそも白翼に人権など無いに等しいのだから、横暴は何処に行ってもあるし、霧也のような奴隷も生まれる。
 これが当たり前といえば当たり前の世界で皆生きている訳だが、昔は立場が真逆だった。

 黒翼こそが虐げられ、迫害されていたのだから……。

 地図の場所によるとおそらく人は住んでいないにせよ、イーリスの柄だけが残っているという可能性の方が大きかった。
 普通メイオならイーリスの柄を手放したりするのだろうか?
 
 使い道が分からなくて最終的に捨ててしまった場合もあるが。
 いずれにしろ、皆があまり赴きたくはない場所、つまりはゴミ捨て場に向かう一行だった。

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あきゅろす。
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