アーザの火 8 「軍の奴ら、もうテラ島までやってきてたよ。さっきも大通りで、白翼の軍人達が市民に俺たちの情報を聞き出そうとしていた」 「そうか、ここにももう滞在は出来ないな……」 国定も御堂も真剣な表情で、次の手を模索している。雲母に書かせた地図で次の丸印がもっとも近いのは隣接するセウ島の離れ小島だった。 そこに向かうべく、国定が「全員さっさと支度しろッ!!もうすぐここを出るぞ!!」と号令をかけると、急いで彼らは中年メイオの家を後にした。 ようやく厄介払いが出来た中年のメイオだが、感想としては変わった一行だったなあというモノだった。 霧也は真白を抱えるように飛行し、その他のメンバーは自力で飛行している。 雲母に至っては女性だからか、若干スピードが遅かった。そんな雲母の手を引くように御堂が飛んでいるという形だ。 国定は何だかそれが無性に面白くないのか、自分でも訳の分からない苛立ちに苛まれていた。 内海がいないせいだ、きっと……と納得して怒りを静めようとする。内海さえ傍にいればこんなに不安にもならなかったであろう。 ――本当は会いたい。何もかも放棄してチャマの森で待っていたい。 でも、自分だけそれをしたところで結局軍に捕まった挙句、殺されて終わりになるのだとしたら……やはり道など選んでいる余裕はなかった。 考え事をしながら、頭に靄がかかったような気分で丸一日飛んでいると、セウ島にある一軒の宿に泊まることになった。 軍人の姿はセウ島では発見していない。喜ぶべきところではあるが、国定と御堂が同じ部屋のベッドで寝転んでいた際にこんな言葉を言われた。 「……今日はいつにも増して不機嫌だね?どうしてだい?」 優しく尋ねてきた御堂にとうとう苛立ちが抑えきれないのか、国定は本音をぶつけてしまう。 「何なんだよあの女ッ!!荷物なだけじゃねぇのかッ!?内海さえいれば……あぁ、もうッ!!」 枕を一発殴れば、それを見た御堂が穏やかな口調で語りかけてくる。 「軍に拷問させられる可能性があるから連れてきたんじゃないか。国定だって納得してた筈だろう?……それとも本気で妬いてくれてるのかい?俺が雲母を気にかけるのがそんなに面白くないの?」 違うと言おうとした言葉はのどの奥につまってしまった。的確に心を当てられてしまったから。そうだ、俺は面白くないんだ。いつも自分にくっついてた御堂が、雲母に甲斐甲斐しくするのが。 黙り込んでしまうと、御堂はそっと国定の傍に寄り、ぎゅっと抱きしめてきた。 「大丈夫。俺が内海元帥の代わりになってあげる。不安になんかさせない。俺だけが国定の傍にいる」 「御堂……俺は、確かにお前が違う女に手を焼くのが面白くない。だけど、それも内海がいないから不安になるだけだ。身代わりになんかしたくないッ!!」 「良いんだ。内海元帥がいない分俺に甘えなよ。その方が嬉しいしさッ!」 白い歯をこぼしながら困ったように相変わらず笑う御堂が、たまらなく愛おしく感じた。 でも、やっぱり俺は、内海の代わりとして御堂に縋るのはやはり卑怯なんだと気づいている。 やんわりと御堂の胸を押し返すと、どこか寂しそうな瞳と目が合った。 「……俺はずるくも卑怯にもなりたくない。内海の代わりとかいうなよッ!!御堂は御堂だろッ!?」 泣き出しそうな震えた声で突き放せば、御堂はそれでも強く強く抱きしめ返してきた。 「好きだ、国定。例え君が誰を好きでいようとも」 「人が弱ってる時に、つけ入るような真似すんなッ!!馬鹿野郎……」 「そうじゃなきゃ、勝機ないじゃん。俺さ、本当は結構ずるい人間なんだよ?国定が知らないだけで」 尚も抱きしめる腕が強くなる。それを振り払うだけの力が今の国定にはなかった。 「かもな。だが、俺の気持ちは……」 「今はそれ以上言わなくていいよ。言ったら唇塞いじゃおうかな?なんてね」 「……本気で怒るぞ」 そのうち空気を読んだのか、やんわりと御堂が離れてくれて、自由になった国定たちは朝まで各々のベッドでぐっすりと就寝する。 一方では、霧也と真白が隣の同部屋で国定たちの会話を盗み聞きしていた。 最初は真白だけが壁伝いに聞いていたのだが、荒ぶっている国定の声が響くと、霧也も自然とつられて隣部屋の盗聴をしだす始末である。 「隣、面白い事になってんねぇ」 けらけらと愉快そうに人の恋路を伺っていた真白に、霧也は窘める。 「あまり首を突っ込むもんじゃない。国定とやらの思い人は別にいるんだから」 意外そうに瞳を細めて真白は霧也を見つめた。 「ふーん?よく分かってるねぇ。こんな短期間なのに……ってあいつ自分で言ってたっけ」 「あぁ。御堂が告白してただろあの時。で、国定が俺には内海がって言ってたような……なぁ、内海って誰だ?」 「内海って元帥の職についてる奴だよ。軍のお偉いさん。で、軟派でお調子もんで気が多くって変人。僕も詳しくは知らない」 頭をぽりぽりと掻いて、真白がなげやりに応じると、霧也もそれ以上詳しくは問わなかった。 唐突に真白が霧也のベッドの横に腰掛けると、隣で座っている肩に首をもたれかける。 「……なんだ?誘ってるのか?俺は娼妓の方は全然得意じゃないんだがな」 苦笑して、突っ込みをいれると、そうじゃないって言葉が返ってきた。 「いつもありがとう。なんだろうね、何か甘えたくなってきて……霧也になら言える事がある」 そう言ってそっと耳打ちしてきたのは、霧也にとって衝撃的な事実だった。 ――それぞれ朝を迎えたメンバーが宿屋の前に集合する。 一同内では一応リーダー格の国定が本日の予定をざっくりと説明する。 「良いか、今日中までにはセウ島を抜けて離れ小島に着くぞ。全員全速力で飛行しろ。以上だ」 雲母は久しぶりに羽を使って運動したのがよっぽど堪えたのか、筋肉痛になっている。 結局は男性の飛行スピードに追いつけないため、やはり御堂と手を繋いで飛ぶようだ。 そんな様子の雲母を一瞥もせずに国定たちは空へと舞い上がった。 景色の景観を楽しむ間もなく、一行は慌しく旅立ってゆく。 そうして、広いセウ島を抜けた先には、日もとっぷりと暮れ、離れ小島が空に浮かんでいる。 小島の名は地図ではヴェント島というらしく、風車がくるくると回り、風を受け止めて生活が成り立っているような島だ。 こんな孤島でもメイオはいるらしく、雲母が柄を触り、能力を使えば強い反応を示す一軒家が見つかった。 黒と白のコントラストが特徴的な変わった家に住んでいて、一目で変人が暮らしていると分かる。 夜分にコンコンといつものように真白が率先して扉を叩くと、中から白い羽の白翼のようなメイオがそこにはいた。 「はいはい、どちらさんでしょ?」 その若い男には言葉に訛りがあり、背は160センチと小柄な体格ながら独特な雰囲気を醸し出していた。 「あの、同じ“メイオ”の真白って言います。イーリスの柄を少しで良いんで触らせて欲しいのですが」 きりだしたところで、その男はぶんぶんと真白と握手を交わしてくる。 「いやぁ、お仲間に会えるんなんて初めてどすえ?!僕、感激してもろたわぁッ!!」 黒翼になる塗料さえ塗っておらず、何だかこちらの毒気を抜かしてくる口調に圧倒されながらも、ひょっこりと男は真白の後ろを覗き込む。 「なんやぁ、お仲間さんいてはるんですかぁッ!!狭い家どすが、どうぞ入ってくんさい」 やたらと歓迎ムードで出迎えられた一行は室内へと足を踏み入れる。 早速御堂はイーリスの柄を触らせてもらう事にした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |