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アーザの火
29

 国定の中では既に“メイオ”がある方法で黒翼の魔法を封じれるのだという見解に至っている。
 そのある方法までは分からずとも、真白との交戦時の言動を振り返ればこの推論が最も妥当だ。

 無論、屋敷に何らかの術式が施され、魔法が封じられた線もゼロではない。
 しかし、軍が是が非でも手に入れねばならない価値のある“メイオ”だからこそ、真白自身が魔法封じの術を発動している可能性が高いと国定は考えた。

 あながち、国定の予測は外れていないように行雲も肯定する。

「“メイオ”の魔法封じは発動までに時間がかかる。この隙を突いてさっさと殺っちまえばいいだけの話だ……ってな。ったく、大元帥でもないお前になんだってご親切に教えてるんだかな―…」

 国定はずっと胸に燻り続けていた不満を、行雲に対しぶつけた。

「……それならば、いっそ“メイオ”の捕縛は大元帥の奴に頼めば……部下も死なせずに済んだ筈だ」

 拳を握り締めると、右手を振りかざし壁を強く殴る。
 音に驚いた2人の守衛は身体を竦ませるが、行雲は至って平常のまま淡々と告げる。

「雑魚はいくらでも替えが効く。一々感情的になるなっつうの」

“雑魚”の一言に逆上した国定は、行雲に噛み付いた。

「お前ら裁判官のように、皆が皆力を持つ者じゃねえッ!……分かんねぇだろうさ、生まれながらに才あるお前にはッ!」

 束ねた長い髪を無造作に掻き、気怠そうに首を鳴らす。

「正直、俺にとっちゃその他大勢の雑魚など心底どうでもいいが……お前は違う」

 行雲が国定を自身の胸に抱き寄せると、状況を見張っていた2人の守衛は小さく息を呑む。

「俺がお前を死なせはしない。だから、生きろ」

 回した腕にさらに力を込めると、国定の背中に軽く爪を立てた。軍服越しでさほど痛みは通らなくとも、もどかしい想いは充分に伝わる。
 表面上の言葉を鵜呑みにすれば文字通りなのだが、国定には隠された本質の意味は理解できなかった。

 ただ、一つだけ分かるのは……行雲がまるで親鳥のように雛を守ろうとしている事だけだ。

「……当たり前だろ。何寝ぼけてやがる?」

 敢えておどけたように振舞えば、行雲もため息混じりに苦笑を漏らす。

「気にすんな。ただの戯言だ」

 寂しげな影が、互いの瞳には宿っていた。


――裁きの間に通されると、国定は肺が押しつぶされるような圧迫感を直に感じとる。
 澱んだ空気と、行雲を除く6人の裁判官による殺気が一心に降り注がれ、並みの黒翼なら一目散でこの場から逃げ出すであろう。

 名前と顔しか知らぬ裁判官も中にはいて、それぞれ銀の装飾が施された煌びやかな椅子に悠然と座っている。
 横並びに配置された黒いテーブルは連結しており、室内は薄暗い。この照明の加減が、訪れた者へ余計に威圧を与える原因の一つでもあり、意図的な心理が働いているのかもしれない。

 6人の裁判官の内の1人が、面立ちにまだあどけなさを残し、可憐に小首を傾げて子供らしい第一声をあげる。

「行雲、国定連れてくるの遅いよ。僕ら待っている間、退屈で仕方なかったんだけど」

「……悪かったな、かつぎ」

 かつぎと呼ばれた少女に見まごう容姿を持つ子供は、実のところ両性具有者であり、禁忌の対象として本来なら迫害を受ける存在だ。
 しかし、生まれ持って内海と同じ闇魔法の素質を備え、あまりに強大な力を持て余していたため、人々からは神聖視され裁判官の1人として名を連ねている。

 癖毛かつ短いながらも漆黒の髪は触れれば柔らかそうで、きめ細かな肌を隠すように黒いローブを着用している。
 行雲程、個人的な交流はないが、国定も幾度か会話を交わした事はあった。そんなかつぎは、前髪を触りながらもあくびを漏らす。

「謝まるぐらいなら、国定を甘やかすのは止めたら?まぁ、挨拶はこの程度に留めて、早速本題に入ろうかな―」

 すると、横槍を入れるように一人の壮齢な裁判官が苦言を呈した。

「かつぎ裁判官。誰が勝手に進行して良いと申した?」

 縦皺が顔に刻まれた裁判官は、ますます眉根を寄せて険しい表情を崩さなかった。
 かつぎは怯むことなく嘲笑うと、わざとらしく挑発する。

「だって、皆がチンタラして牽制ばっかするからさ―。で?天泣(てんきゅう)裁判官は勘にでも触った訳?」

「……それ以上減らず口を叩けば、我への愚弄とみなす」

 国定に向けられていた殺気が、今度は天泣とかつぎの間にも生まれ、両者は睨み合う。
 他の裁判官は2人を宥めようともせず、誰も口を挟まずに黙って正視しているのみだ。

 険悪な雰囲気が漂う中、先に折れたのはかつぎの方だった。

「あ―!めんどくさッ!じゃあもう喋んないから、天泣裁判官が進行してくださ―い」

 くるりとそっぽを向いたかつぎが、すっかりご機嫌斜めにむくれている。
 ニヒルな笑みを浮かべ、行雲は毒を吐く。

「……中々愉快で楽しい仲間達だろ?」

 軽く耳で受け流すと、国定は内海から受け取った書類を提出し、一連の報告を口上した。

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