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アーザの火
26
 医務室を出た右隣には薬品庫がある。
 薬品庫といっても主に漢方薬などの保管場所であり、内側から鍵がかけられているのだが、医務室にいた当直の衛生兵から鍵を借りて2人は中に進んだ。

 室内はほの暗く、漢方薬独特の香りが鼻に付き、国定は手で口元を覆った。内海は案外平気な様子で、国定の両肩に手を置く。

「……わいの力が及ばんかったら、スマン。けどな、お前の命だけは必ず守る。守ってみせるで」

 どこか弱気に、まるで言い聞かせるように己自身に誓いを立てる。
 国定は自分の足場が、今にも崩れ去るような不安感を覚えて身体が竦んだ。

 けれども、内海だけをしっかりと見据えて、国定はずっと言えなかった本心を吐き出した。

「一つ教えろ。お前は何で俺と一緒に逃げなかった?あのままペカドルを離れ、2人だけで生きていれば……軍の犬にはならなかっただろうにな」

 とっくの昔に結論はでていたが、国定としては内海の口から直接聞きたいが故に問いかける。
 だが、内海は国定の想像通りに答えた。

「殺人は罪や…。逃げ回るんは性に合わんかったし、3年服役して釈放されれば国定を迎えに行く手筈やった。まぁ、今更蒸し返しても、過去はどうあっても変えられへんよ」

 床下に転がる薬瓶を軽く蹴る。一つ深呼吸をし、覚悟を決めた国定は内海に意志を示した。

「……最後かもしれねぇから言っとく」

「最後なんて縁起でもないやん。らしくないで?」

「人の話を聞けよ。俺にとって内海は今も変わらず“居場所”であり、切っても切っても断ち切れない鎖縁で“腐れ縁”だ」

 内海は息を呑んだ。自尊心で構成されているような国定が、今でも自分を“居場所”として慕っているとは夢にも思わなかった。
 自惚れと捉えられようと、内海は締りのない緩んだ表情を暫くは元に戻せなさそうだ。

「えらく素直やなぁ。ガキの頃以来ちゃう?」

「茶々を入れるな……俺の初恋は、お前だったよ」

(お前が誰と寝ていようが、俺は――唯一内海の傍らにいられる“軍”だけは捨てられなかった。だから、あの時も残る選択をした)

 それだけ告げると、さっさと踵を返して薬品庫から立ち去ろうとするが

「国定」

 内海は咄嗟に国定の腕を掴み、壁際まで追い込む。
 振動で近くの棚が揺れ、薬瓶同士がぶつかる音が響いた。

「初恋だった やなくて、今でもわいが好きやろ?」

 やや不貞腐れたように、国定はどうにでもなれと自棄糞に応じる。

「……悪いかよ」

「なんでやねん。わいは……国定以外は誰も本気で愛しとらんで」

 吸い込まれそうな瞳で真っ直ぐに見つめられ、内海と視線が交わるが、国定にとっては脳天を突き抜けるような衝撃を感じた。

「じゃあ、どうして俺には手を出さなかったんだよ……ッ!」
 

 最も疑問に抱いていて、国定自身も口にするのを憚った真意が溢れだした。
 決して内海には言うまいとし、枷をかけていたのだが、自らあっさりと外してしまう。
 

 国定が暴れると、内海はさらに力を込めて壁に押さえつける。
 

「……一番大事で、大切な聖域やった。わいの欲望で埋め尽くして……汚したくなかっただけや」

「馬鹿かッ!!俺は……ッ!内海が他の人間と寝る方が……ずっと耐えられねぇんだよッ!!」

「国…定…ッ」
 

 最早、言葉は意味を成さなかった。かわりに内海は国定の唇に貪りつく。
 不意に襲う柔らかい感触に国定は内心驚いたが、直ぐに濃厚な交わりとなった。

 そっと忍び込んできた内海の舌に絡みつき、強請るように求める。
 僅かに震える舌を強く吸われ、頭の芯が甘く痺れる口づけに酔いしれた。
 

 過去に一度トラウマを消すという名目でキスをされた時よりもずっと、優しさと激しさを伴っていた。
 いつだって適わずに追い求めた男が、ようやく手に入った幸福感に国定は満たされる。

 国定が内海の背に力強く腕を回すと、それに呼応して深く口付けられる。
 いつまでも余韻に浸っていたかったが、名残惜しそうに内海は国定から離れた。

 潤んだ瞳に、透き通るような白い肌が紅潮すると、内海は今すぐに国定を自分だけのモノにして攫いたくなる。
 叶わない願いであっても、ささやかな想いは内海を奮い立たせ、決断させるのには充分だった。

「もし、国定が懲罰だけやったら、わいはこの先他の誰とも寝ぇへん。約束する」

「……江月はどうする気だ」

「どうもせぇへん。副官でい続けるかは、江次第や。せやけど、抱けんようになったら、愛想つかされるやろな―…」

「愛想どころか……江月に刺されそうだな、俺たち」

「国定となら、死ぬんもかまへんで?」

 冗談とも本気とも取れそうな発言に、国定は淡い微笑を湛えた。

「……心中はごめんだが、生きていくなら内海の傍がいい」

 内海に強く抱きしめられると、国定の視界は微かに滲んだ。
 朝靄のように、はかなく消えてしまわぬように、2人は心の燭を灯し続ける。

 誰にも邪魔されぬ楽園だけを夢見て――鳥たちは飛翔した。
 

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