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アーザの火
24
 シャワールームから、黒いバスタオルを肩に掛ける内海が颯爽と出てきた。
 いつもなら生え際が見える程にアップされた前髪も下ろしていて、蒸気した頬に毛先から僅かに滴る水滴、しなやかに引き締まった筋肉は同性でも否応なしに色気を感じさせる。

 まして、内海は黙ってさえいれば格好良い男である。
 普段は隙だらけの様に晒し人を欺いておきながら、全くもって隙のない内海が、シャワー後には無防備になるような一面を垣間見れるこの瞬間こそ、江月にとっては愛おしいのだ。

 江月は上機嫌で内海の側へ駆け寄ると、茶色い封筒を渡した。

「うつみ!さっきいたるがきて、これをわたしてくれって」

 内海にも直ぐに中身が何か分かったのだろう。江月から受け取り、よしよしと頭を撫でた。

「そうか。江、ご苦労さんッ!にしても、あいつは流石仕事が早いわ―」

 いたるが有能なのは江月でも知っている。それでも、副官がいなくとも自分の身の回りのことですら、極力誰の手も煩わせず1人で解決できる内海にはもう少し自分にも甘えて欲しいと切望してしまう。

「……うん。あ、おれもしゃわ―はいってくる」

 小さな嫉妬心を、生唾とともに飲み込んだ江月は、内海と入れ替わるようにシャワールームに消えていった。
 相変わらず、色素の薄い陶器のように白い肌へ刻まれた紅い痕が、ちらちらと内海の視界に入るたび、行為後だろうと扇情的にさせる。

 
 いたるを褒めると面白くなさそうに不貞腐れ、顔に出る素直さは内海が江月にいつまでも飽きずにいる要因の一つかもしれない。
 内海は笑いを噛み殺し、急ぎ髪を乾かしてセットする。軍服に着替えて、封筒を抱えると執務室から飛び出した。



 一方、軍の医務室では国定がここへ来てとうに1時間は経過していた。
 国定が腰掛けたベッドから徐ろに立ち上がった瞬間、医務室の扉が乱雑に開かれた。

 御堂と国定は大きく目を見開くと、息を呑んだ。

――黒翼でありながら髪も目も肌も白く、清浄に眩い程の存在感と佇まいに古城で知らぬ者は誰一人としていない。
 最高の権力とこの世を動かす決定権を得た神に最も近いとされる裁判官の一人――行雲(こううん)は2人に歩み寄った。

 
 腰まで伸びる長い髪を適当にまとめているが、滑るような指通りと光の加減で銀色に輝く糸のようにもみえる。
 すっきりとした目鼻立ちに、国定や御堂より長身で所謂美形と称するのを、これっぽちもはばからないだけの威厳も兼ね備えている。

 だが、これでまだ26歳という若さなのだから、世の中は不幸平である。
 2人の目の前まで行雲が迫ると、腰に両手をあて、威圧的とも高慢とも取れる態度で接した。

「国定、帰還したのなら、真っ先に俺へ知らせろ。で、御堂もちったぁ怪我は良くなったんだろ?」

 御堂はベットから立ち上がり、行雲へと敬礼する。

「行雲様、ご無沙汰しております。私はこの通り平気ですし、国定大将も無事帰還できました。ご報告が遅れたのは……部下である私の身を案じて配慮し、先に医務室まで足を運んでいただいた次第でして……」

 行雲は耳の穴に人差し指を入れ、気怠そうに欠伸をした。

「かたっくるしい口調はいいから。国定、帰還後直ぐに内海から報告を受けたのは“魔女”の件だけだ。“魔女”は牢獄に捕らえているが、お前達が別部隊で行動済みなのもこっちにはバレバレなんだよ。俺以外の裁判官の6人もとっくに気づいてる。これがどういう意味か分かるか?」

「……存じてます。いや、かたっくるしいのは無しだったな。俺は白翼の医者の元で輸血した。だが、性急を要した故に、回復後は即時帰還し“魔女”の身柄を古城まで送り届けたんだよ。診断書なら内海の副官が取り寄せている最中だ。到着次第、診断書とともに上へ報告するつもりだった」

 
 一緒に魂まで漏れていそうなほど盛大に、やや過剰気味に行雲はため息を吐いた。

「分かってねぇじゃねぇか。いいか、お前はイーリスのナイフが原因で失血し、黒翼の回復魔法では治せなかった。それでどこの“メイオ”かは知らんが、そいつに助けてもらったから、驚異的な回復で古城まで帰還できたんだろ?ただの輸血なら、いくらお前でも時間かかるっつうの。少しは頭を使えよバーカ。まぁ“魔女”を速攻で古城に連れてきたのは正解だったけどな。これ以上遅かったら“魔女”を連れ回した逃亡罪と反逆罪と見なされ、お前と内海を処罰せざるを得なくなるところだったなぁ?」

 国定達の身を心底心配しているというよりも、歓喜とからかいの色を含んだ行雲の言い草には開いた口が塞がらない。
 国定は怒気を孕んで行雲を睨みつけた。
 

「クソ野郎が……他人事だからと面白がってんじゃねぇよ。大体“メイオ”ってのは何だ?こっちはお前ら上の情報及び指示の不足で負傷したようなもんだぞ。自分達には全く責任がなく、咎められないとでも本気で思ってんのか?」

「それもある程度は考慮して、表向きはお前が“白翼の医者の元で輸血し完治”と法廷で通るだろうよ。“メイオ”については大元帥の階級以上でなければ、いくら個人的にお前らと付き合いがあるからといっても、教えられねぇのさ。ただ、“メイオ”は特別性の生贄とだけ言っとくか。知りたきゃ、さっさと大元帥にでも昇進するんだな」

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