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アーザの火
19
 訓練場に赴くと、兵士達が整然と訓練に励んでいたが、軍曹である内海の姿はなかった。
 白翼なら射撃訓練と筋力トレーニングを中心に行っており、黒翼なら対象物に向け、魔法の発動訓練を主な訓練内容としている。

 主に二等兵と一等兵をいたぶるように、上等兵が罵声を浴びせながら、場を仕切っていた。
 軍曹である内海が不在だからこそ、我が物顔で鬱憤を晴らすような有様には飽き飽きする。

 国定は、偉そうに下っ端をしごいている同じ階級の上等兵につかつかと歩み寄り、胸ぐらを掴んで威圧した。
 

「内海軍曹がいないからって、随分“楽しそう”に訓練しているじゃねぇかッ?……軍曹は今何処にいる?」

 上等兵は勤続5年であるが、別部隊で上等兵に昇進した国定の存在など、この時はまだ知る由もなく、あくまで強気な態度を崩さなかった。

「何だ貴様はッ?!まず、所属部隊名と階級を名乗ってから、人に乞うべきではないのか?」

 いきなり喧嘩腰の国定に、頼むからもう少し空気を読んで行動しろ と喉元にでかかった言葉を飲み込み、一触即発に危うく発展しそうな2人の間に御堂が仲裁に入る。

「失礼致しました。私はノルテ軍、第四部隊所属の一等兵、御堂と申します。こちらは同じ所属部隊、上等兵の…」

「国定だ」

 遮るように国定が不貞腐れて名乗ると、上等兵の顔色が驚嘆のそれに変わった。

「ほぅ。お前が孤児の身でありながら、入隊して僅か2週間で異例の昇進を遂げた若き逸材か」

 国定の噂は、かねがね軍で話題にのぼっていたので、名を聞けば知らぬ者はまずいない。
 おまけに、孤児出身でありながらも、健気に軍で活躍する悲劇のヒロイン扱いさえする者達もいた。

 身長は180cmを越え、顔立ちの部類でいえば男らしい切れ長の瞳を持つ国定だが、病的なまでの肌と髪の白さから、敢えて悲劇のヒロインとして揶揄されている。
 国定は苛立ちを抑えるため、軍服のポケットから呑気に煙草を手に取り、ライターで火をつけて吸い始めると、上等兵に問いただす。
 

「望み通り名乗ってやったんだから、さっさと答えろッ!内海…軍曹は何処にいるッ?」

 腕を組み、斜に構えて高圧的な口調を崩そうともしない。
 これには流石の御堂も呆れ返ってしまい、国定の頭を加減しつつもそこそこ本気で殴り、渇いた音が響く。
 国定が口元で咥えていた煙草は、地面へと落下した。

「――――……ッ!!御堂、てめぇッ!」

 後頭部を抑える国定に対し、御堂はついに堪忍袋の緒が切れた。

「いい加減にしろ国定ッ!同階級でもそんなに威嚇するなッ!騒ぎを起こして、懲罰でも受けたいのかッ!?」

「うるせぇッ!いくらお前でも、俺に指図するんじゃねぇッ!!内海は……内海はどこだって聞いてるだけだろうがッ!!」

「それが人に物を尋ねる態度かッ?!ここの上等兵達が理不尽に当たり散らしていて苛つくのは分かるし、内海軍曹に一刻も早く会いたい気持ちで焦るのも分かるが、もう少し冷静になれ馬鹿野郎ッ!!」

 今度は2人の間に一触即発の空気が漂うと、訓練していた者も、他の上等兵ですら手を止め皆が一心に注目していた。
 囲むように野次馬が集まると、中には「いいぞ―!やっちまえ―ッ!」と煽る兵もいて場がざわつき始めた頃だった。

 国定に胸ぐらを掴まれた上等兵が、突然腹を抱えて声高々に笑い出した。

「はははッ!あっはははは……ッ!!お前たちは、親しい間柄じゃないのか?最初は私に喧嘩を売ってきたというのに、これはまた酷く滑稽で、最高の傑作だな」

 国定は上等兵の笑い声を聞き、頭にのぼった血の気が下がると、よそよそしく御堂から顔を背けた。

(何をやってるんだ俺は。今は、御堂と喧嘩している場合ではないッ!)

 ようやく本来の目的を再認識した国定は、それまでとは打って変わり、項垂れ振り絞るようなか細い声で、集まっている全員に助けを求めた。
 いつもの、自尊心の塊で自信家の国定からは微塵も想像つかない、雨に濡れた子犬のように。
 

「……俺は、内海にどうしても会って確認しなければならない事がある。頼むから、誰か教えて……くれ」

「……国定ッ」

 この時御堂は、触れれば今にも儚く折れそうな国定とは対照的に、嵐のような怒りの暴風が心に吹き荒れていた。

(プライドをかなぐり捨ててまで、他人に頭を垂れるとは。……そこまで、内海軍曹が好きか――?)

 野次馬たちも国定の悲痛な思いが届いたのか、辺りは急にしんと静まり返る。
 とても惨めな敗北感と悔しさだけが御堂を襲う最中、二等兵の一人がおずおずと片手を上げた。

「内海軍曹なら、この道を曲がった先にある地下倉庫で1人の黒翼に“指導”されていると思います…。“指導”中は誰も地下倉庫へ近づいてはならぬとの命令ですが、どうされますか?」

 国定は朗らかに、二等兵へお礼を述べた。

「ありがとう。俺は奴の幼馴染だから大丈夫だ。それに、あいつにはどうしても会わねばならん」

「国定ッ!!」

 御堂が国定の元へ迫り、押し止めようとする。

「彼の言葉を聞いてなかったのかッ?!今行けば、軍法違反に値するッ!!もう少しここで待ってからにしろッ!内海軍曹だって、お前に指導の現場は見られたくないだろうし…」

(違う。軍法違反はただの建前で……俺は、本当は、国定と内海軍曹が惹かれ合っているのを認めたくないから、2人を出会わせたくないだけだ――)

 
 御堂の手をやんわりと自分の胸元から降ろすと、国定は吸い寄せられるように真っ直ぐに内海の元へ向かう。
 

「……ずっと、会いたかったんだ。あんなに一緒だったのに、隠し事されて不信を募らせるのは疲れた。だから、自分の目で内海を確かめる。確かめねばならない」

 国定の意志が固いとみて根負けしたのか、御堂は隣に並ぶと腕を肩に回した。

「俺も…国定と行くよ。連帯責任で罰も一緒に受けるだろうけど…な」

「……好きにしろ」

 素っ気なくもどこか嬉しそうな国定の声に反し、御堂は複雑な面持ちで、内海のいる地下倉庫を目指して歩を進めた。
 

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あきゅろす。
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