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アーザの火
14
「わかったらさっさと行ってこいや」

 軽薄な口調ではなく、突き放すように命令した内海に対し、後ろめたさからいたるは静かに部屋を退出した。
 内海は、いたるに八つ当たりをしてしまい後悔をする。悪いと思いつつも、国定が絡むと調子を乱してしまう癖があった。

 外の空気を吸いたくなった内海は、窓を開けて風を室内に循環させた。窓辺に近づき、空を眺めながら物思いに耽り始める。

(あの馬鹿は、わいの背中を追って――軍に志願したんやったな)




――国定と内海は孤児だった。古城よりさらに北の、痩せた土地で作物の実りが少なく、国で最大級の刑務所まであるペカドルという都市に2人は暮らしていた。
 ペカドルは“罪人”を意味し、名のとおり街にはゴロツキや殺人、窃盗などを行う“罪人”達の無法地帯であり、治安の悪さで有名な都市だった。

 好んで移住する者など、一人もいない街で――2人は巡り逢った。

 国定が5歳の頃、2つ年上の内海と狙いを定めた品を奪い合っていた時に諍(いさか)いになったのがきっかけだった。
 孤児の2人は、その日暮らしのいつ死ぬともわからず、絵に描いたような極貧生活の中では、窃盗をしなければ命さえ繋げなかった。

 
 2人が手にしたのは、果物屋からくすねようとした一つの果実だった。国定が店先で盗もうとしたと同時に、内海の手も重なり合う。
 当然の如く、横から延びる手を引き剥がし、強引に奪いとろうとした。

「離せよッ!これは俺のだッ!」

「嫌や。これはわいのやッ!」

 別の客に応対していた黒翼の店主も、2人の行動に気づくと、直さま捕らえようと距離をつめてくる。

「クソガキ共ッ!!何してるんだッ!ブッ殺されてぇのかッ!!」

 2人は一目散に駆け出した。別々の場所に飛んで逃げれば良いのに、国定の後をついてくるように内海が追いかけてきた。

「なッ!?お前!なんでこっちについてくるッ!?あの店主に捕まりやすくなるだけだろうがッ!」

 後方には尚も鬼の形相で追いかけてくる店主がいて、手を振りかざして攻撃魔法を浴びせてきた。
 必死の思いで攻撃を避けつつ逃げる最中、内海は国定の手を引くと、それまでとは打って変わり、加速して飛行する。

「ついてこいッ!こっちに仲間もおるし、そないちんたら飛んでたら魔法に当たって殺されるでッ!!」

 攻撃魔法が止む気配もなく、翼に掠りそうになるが、なんとか2人は店主を振り切り逃げ果せた。



 内海に案内された場所は、都市から離れ、緑がお生い茂る森の中だった。
 手を引かれたまま、森の最新部まで行くと、齢何百年も生きる巨大な樹木があった。

 木漏れ日が柔らかく差し込み、心地よい風が吹くと、葉擦れの音が聞こえる。
 黒翼にとっては、魔法を使う際のエネルギー源である“マナ”を充填するのにうってつけの空間だった。
 澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込むと、魂まで洗われるかのような深く美しい緑の色彩に国定は一目で心を奪われた。

 巨大な樹木にはあちこちに空洞があり、中で何人かの黒翼の子供達が根城として住んでいた。
 内海が子供たちを全員集合させると、国定を紹介する。

「こいつ、新しい仲間や」

「……いや、仲間も何も、お前が勝手に連れてきただけじゃん」

 否定の言葉もお構いなしに、子供たちは興味津々で国定を見つめていた。特に嫌悪されている様子もなく、むしろ歓迎されていた。
 その内の一人が「仲間になればいいのにー」って呟いている。

 生まれた時から親が存在せず、殺伐としたペカドルにある街並みの景色だけが、国定の世界を覆っていた。
 命からがら逃げては、眠れぬ日々を幾度となく過ごした夜もある。孤独に苛まれながら、安穏を求めて自分の明日だけを紡いでいた。

 そんな国定の全てを見透かしたように、内海は朗らかに微笑んだ。

 
「お前かて孤児やろ?ここにおる皆も孤児やさかい安心せぇ。1人であないちんたら逃げてるより、ここで支え合って生きる方がええよ」

 確かにこの森は大変魅力的で、住み心地も最高だろうが、猜疑心から人を疑う国定は首を縦に振ろうとはしなかった。
 黙ったまま俯く国定を、内海は過去の自分と重ねあわせる。

(大人も、誰も信用なぞできひんかった。隙があれば、寝首を掻く人間しかおらんかったからや)

 恐れや弱さを打ち砕くように、迷いを取り払うように、内海は国定を解き放つ――

 
「わいがお前の居場所になる。いつまでも傍にいてええし、離れてもええ。けどな、翼を休めれるような安心できる居場所にしてやる」

 この口説き文句に、国定の凍りついた心が、日溜まりの中で溶けてゆくのを感じた。

 木漏れの光が、柔かく2人を包み込む。

(なんて、眩しいんだろう。あんなにも色褪せた世界しか俺は知らない。知らなかったのに)

 差し伸べられた手を、躊躇いなく握り返す。

 求めて止まなかった希望をようやく手に入れて、国定の居場所は内海になった――

 

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