アーザの火
13
江月と離れた内海は、埃臭く長い廊下を進み、もう1人の副官の元へと赴いた。
部屋の扉を開けると、漆黒の翼で出迎える副官は、元帥を補佐する身でありながら『おかえりなさいッスー』となんともくだけた口調で話しかけてくる。
1人の元帥に対し副官が2人付くのが当たり前だが、内海は“奇人変人”の元帥だと専ら有名だ。
白翼である江月を、気に入ったからという理由だけで自分の副官にまでさせ、もう一人の副官の言葉遣いも、ろくに正させようとしないのだから当然である。
元帥の階級の上は大元帥がいて、現役で5人はいるが、50歳を迎えると退役する。が、引退してもなお絶大な権力を持っている。
古城内部では、こうした現役派と退役派の対立が深刻な問題であり、定年の退役制度を廃止するべきだとの声が後を絶たない。
今回の魔女を生け捕る命令は、7人から構成され神に最も近いとされる裁判官の決定だが、実際のところ内海に命令を回してきたのは、引退した大元帥の人間だった。
それより今は、国定の件について上にどう報告するかで、内海の頭はいっぱいになっていた。
というのも、先に御堂達を古城に帰還させているので、国定が黒翼の回復魔法で治癒できなかった事はすでに露呈しているだろう。
白翼の医者が治療したと、必ず報告せねばならない義務はあるが、それが大きな難題なのだ。
元在の件は最初から報告するつもりもないが、この場合別の白翼の医者に診せたという偽の診断書が必要だった。
内海は早速、自分の副官に仕事を与える。
「いたる、急で悪いんやけど、大至急白翼の医者の元へ行き、そいつから偽の診断書を一つ用意してきてくれや。後、口裏合わせのために金も積ませるんや。診断書の内容は……」
すると、いたると呼ばれた副官は、最初から話が分かっていたのか理解が早かった。
「御堂中将から聞いたッスよ?国定大将、回復魔法で治らなかったそうッスね。で、白翼の医者の元で輸血して治しましたーでいいッスか?……本当は違うんでしょうけど」
察しが良く、頭の回転も早い いたるに核心をつかれると、内海は頬を掻きながら苦笑する。
「そーいうこっちゃ。あーあ、面倒なことになってきよったなぁ」
真白と元在という白翼でもなく黒翼でもない存在に、国定が助けられたとまでは流石に分かりようもない いたるはそれ以上追究しようとはしなかった。
そして、内海の言った“面倒なこと”の正体をいたるも重々承知し、困惑している。
「軍の方針は、白翼なんかに頼って生きながらえるぐらいなら軍人らしく“死ね”ってとこですしねー。国定大将、最低でも懲罰は避けられないッスよ。折角回復したのにかわいそうッス。内海元帥は一応元帥の階級ですから、まだ謹慎処分程度ってとこッスかね?」
くどい様だが、白翼は“奴隷”であるため、軍では奴隷の施しを受ける=罪である。
要するに自分達の面子がたたず、体裁を取り繕うだけのくだらないものだ。
「……せやなぁ。あいつも大将やさかい、不名誉除隊はないと信じたいが、もしかしたら有りうるかもわからんなぁ」
「まさか“死罪”はないッスよね?」
内海はいたるを射抜くように、鋭い眼光を向ける。
「わいが絶対あいつを死罪になんかさせへん。お前も、縁起でもないことを言うなや」
刹那、蛇に睨まれた蛙のように――いたるの身が竦んだ。
睨まれただけで、心臓を握られているような痛みが走る。
(見事ッスね。殺気だけで大佐の俺をここまで萎縮させられるとは。内海元帥は――いずれ大元帥…もしくは7人の裁判官にすらなれる可能性を秘めている方だ)
内海が表情を元に戻すと、胸の痛みも治まったいたるは、直ぐに謝罪した。
「失礼しました。軽率な発言でした…ッス」
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