アーザの火
12
「内海、お前の副官の躾に口を挟む気はねぇが、あまり恐怖を植え付けさせるな。女男もびびってるだろうが」
国定が状況を打破するように内海に話しかける。部下は江月や真白ほど恐怖で萎縮してはいないが、額からは一筋の汗を流していた。
唯一、国定だけがこの緊迫した状況下で悠然としている。内海はやれやれといった具合に、手のひらを返すようにおどけてみせた。両手を上げて降参のポーズをとる。
「冗談やでー。江もそない泣きそうな顔すんなや。折角の綺麗な顔が台無しやで?」
気さくないつも通りの内海に戻り、一安心したのか、江月はようやく真白を解放すると、内海の胸に顔を埋めた。
「ごめんなさい……おれ、うつみのいうこと…たまにきかなくなっちゃう。ぺっとしっかくだ」
癖のある江月の髪を内海は愛おしそうに撫でながら、頬に軽く口づけをする。
「そないなことないで?江はわいを一番に思って行動するさかい、ほんま感謝しとるよ。せやけど、わいの言葉は絶対や。分かるな?」
きつく抱擁されると、江月は不安な表情を一転させ、笑みをこぼすと内海の背中に腕を回す。
「わかってる。おれには、うつみだけが…せかいのすべて。これからも、ずっとうつみだけいればいいし、うつみのことばは…ぜったいだ」
場の空気が、砂糖菓子を口に頬張ったように一気に甘ったるくなると、真白が気まずそうに一つ咳払いをした。
部下も2人の様子をみて、ほっと胸をなでおろしている。ここへきて、ようやく3人の緊張の糸が切れたようだ。
「アンタって人は…。そこの国定って人にも冗談抜かすわ、江月って人には恋人みたいに振舞うし……随分気が多いんだね」
真白のある言葉に対し、江月がいち早く反応を示した。
「くにさだ…に、またかまってたの…?なんで…うつみはいっつも、くにさだばっかなの?こんなやつより、おれのほうがずっと…うつみのやくにたつもん」
不愉快極まりないとでもいうかのように、江月は国定に嫉妬心をむき出しにしていた。だから最初に出会った時に国定を睨みつけ、敵意をむけていたのかと真白は合点がいった。
内海はさも面白おかしいのか、げらげらと笑っていて、ほんのりと涙目になっている。
「こいつとは単に付き合いが長いってだけやで?焼きもちをやく江もごっつかわええなぁッ!」
いつまでも抱き合ったまま離れない2人に業を煮やしたのか、はたまた呆れているのか、国定は『いい加減中に入るぞ』といって、古城の中へ自分だけさっさと消えていった。
……誰か、このバカップルを一発ぶん殴れる権利をくれッ!心の中でこう叫んだ真白は、自分の背後から離れない部下と共に歩みを進めた。
2人も皆より遅れてその後に続くと、内海は不意に耳打ちする。
「江、先に部屋に戻っとれ。ちーっと用事を済ませたら、後でたっぷり可愛がってやるさかい、良い子で待っとるんやで?」
端正で、氷のような冷たさすら感じる美しい江月の顔が、一気に紅潮する。
別れ際、江月は辺りに誰もいないことを確認してから、背伸びをし、内海と口づけを交わした。
「うつみ……だいすき」
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