アーザの火
15
「な…ッ!はぁ?あんた…じゃなかった、国定はそっちの趣味でもあるのかッ!」
先程まで咽び泣き、眼から流した涙もあまりの驚愕で見事に止まった。
国定は宣言通りお構いなしに、細長くも腱の張った指で髪を撫でる。
軽く危機感を覚え、身体を固めたが…国定は御堂の意に反し、吹き出して笑う。
「初々しい反応でからかいがいがあるな。安心しろ、俺は同性愛者じゃない。…とりあえずさっきよりも頭が冷えただろ?」
今度はやんわりと肩に両手をおかれた。
「そのために…?」
ようやく意図が掴めて、御堂は恥ずかしさで心臓が飛び出しそうになる。
――なんでちょっと残念がってるんだ俺!
心の中で思い切り否定して意識を違うところに持っていく。
「ま、まぁな。お陰で大分気持ちも鎮まった。どうもなッ!」
半ば自棄くそなお礼の言葉になったが、いつか借りをきちんと返せたらいいなと御堂は肝に銘じた。
周囲に蔓延した肉の焦げた匂いと煙は、いつの間にか薄らいでいる。
鼻が麻痺して馴れただけかもしれない。青年だった肉体は真っ黒コゲの塊へすっかり変貌し、風が吹くと一部が崩れ落ちた。
「…そんだけ元気がありゃ、2人の遺体も運び出せるだろ。やる気は全く起きないが……やるぞ」
国定に言われ、青年が死に至った時の状況がもう一度御堂の中を駆け巡る。
そうだ、青年はもう戻らない。先刻まで普通に話していたのに…
弟想いの兄だっただけだ。なのに理不尽にも殺された。
唯一の救いは、弟さんの遺体が上等兵の魔法で焼けておらず、綺麗なままだって事のみだ。
けれど、遺体を乗せ軍で後々処理されて原型をとどめない姿に変わるのには間違いない。
せめて、上等兵に手を下されなかっただけマシだったんだと信じたい。これがただの個人的な感情論であっても。
「歯痒いけど、今は出来る限りを尽くすか。ごめんな。お兄さん、守ってやれなくて」
最期の別れを惜しむように、2人は暫くその場から動けなかった。
夜の帳が下り、月の輪郭が空に浮かび上がる。
軍に所属する末端の黒翼によってその日、火魔法が使える者のみが集められ戦死した仲間を一まとめに焼いて後始末していた。
国定も御堂も火魔法の使い手ではなかったが、2人の兄弟の遺体を見守るため処理場に同席する。
与えられた仕事をこなすために来た黒翼達からは、邪魔物扱いされたが意に反さない。
何百という死体に交じって火に焼べられる兄弟の姿を脳裏に刷り込ませた…
忘れないために。
今日起こった全てを、この情景を忘れなければ上を目指す原動力になる。
それに…友がいる。
権威に共に立ち向かってくれる、冷徹にみえて実はお節介で優しい友がいた。
俺も、あんたが困った時には駆けつけよう。安心して背中を任せて貰おう。
――そう固く、御堂はこの日誓った。
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