アーザの火 22 剣同士がぶつかる音が辺りに木霊する。真白も御堂と同じく見物していて険しい表情で成り行きを見守っている。 練習試合だとは分かっていても、緊張感が迸る。しかし欠けた剣からは次々にヒビが入ってきており、もう中央部が折れて使い物にならなくなるのは目に見えている。 そもそも刃先が折れていては斬り合いにさえならない。この劣勢をどうするか国定が模索していると、今度は左腕を斬られた。 「うぐぁ……ッ!!」 「ほらほら、どうしたッスかぁ?本気でサクッといっちゃいますよぉッ!!」 こんな一方的な試合運びでは、練習にさえならなかった。御堂の顔に影が曇る。真白も真白で目を背けている。 次いで何度目かの追撃が放たれた時、今度は国定の剣の中央部が欠けてしまった。 半分に折れた剣ではどうしようもなかった。 「あーあ、剣が折れちまったなぁ。どうしようもないか?こりゃあ」 国定が弱音を晒せば、いたるは馬鹿にしたようにあざ笑った。 「そんな簡単に諦めてどうするッスか?これから先さらに激闘が始まるというのにもう逃げるんですかい?国定さん」 「そうだな。いたる如きにやられてるようじゃ俺も駄目ってところだな」 ある余計な一言がいたるの癪に障ったらしい。こめかみに青筋を立ててキレている。 「如きってなんなんスか?その如きに敵いもしないくせに偉そうな口だけは健在ッスかぁ?」 完璧に怒り心頭のいたると、劣勢な筈なのに余裕の国定は尚も侮辱し続ける。 「お前さぁ、だから大佐止まりなんだよ。魔法じゃ俺に何一つ敵わないくせに」 「てめぇ、言いやがったなぁぁああッ!!」 そして――練習試合だというのに、いたるは一目散に国定の腹部に剣を刺した。 貫かれた腹からは血がごっぽりと流れ落ちている。血反吐を口からも零しながら、それでも何故か国定は笑っている。 「いたるッ!!いくら回復魔法の人や僕がいるからってやりすぎだよッ!!!」 「そうだッ!!こんなの練習試合じゃないッ!!今すぐ止めるんだッ!!!」 真白も御堂もこぞって声を荒げる。 しかし――いたるも何故だが腹部の服が破け微かに切り傷のようなモノが生まれている。 国定は自分の腹が深く刺されたと同時に、折れた剣をいたるの腹部に僅かに届かせ斬っていたからだ。 そのまま国定に貫通した剣をさらに自分で深くめり込ませ、呆気にとられているいたるを尻目に距離を縮ませ結果、折れた剣でさらに斬りつけた。 「な……ッ!?」 目を見開いて一番驚いていたのがいたるだった。今までのが全て演技だと理解したからだ。 「ばぁか。挑発に……決まって……んだろ?はい。ノルマ達成……な」 いたるが剣を引き抜くと、急いで回復魔法の黒翼の娘が国定の元に駆けつけ治療に当たった。 腹部を切られたといっても軽症ないたるは、国定の回復魔法が終わるまでは黙って様子を見つめている。 「いたるはいいの?僕が治療しなくても」 そっと腹部に視線を送りながら、真白は気まずそうにしている。 「ははッ、まんまと騙されたッスねぇッ!こりゃあ一杯喰わされた。あぁ、俺のはそんな痛くもないし大丈夫ッスよ」 ソレに引き換え御堂は鬼のような形相でいたるを凝視していた。 「……頭に血が昇りすぎだ馬鹿ッ!!これが実戦だったらどうなっていたッ?!国定を死なせる者は、味方でも容赦しないッ!!」 「すんません。いくら挑発されたからって、そこは俺も悪かったと言いますか。でも、国定さんも悪いッスよ?自分を犠牲にしてまで、俺に一泡吹かせたかったみたいだし」 二人が話している間、回復魔法の娘は国定に魔力を注ぎ込んでいる。腹部に光が輝いて、やがて収束すると国定も寝そべった状態から半分上体を起こした。 「やっぱ腹貫通すると痛ぇのなんのって。まぁ、でも助かった。ありがとな、そこの女」 次にいたるも手早く回復させると、代金だけ手渡した後ぺこりと頭を下げて娘はいなくなっていた。真白もへなへなとその場に膝を折る。 「全く、馬鹿なの?!そりゃ当たり前じゃんッ!!本当、無事で良かったよッ!」 下半身も動かせるようになり、立てば真白が国定に涙目で足にすがり付いていた。 それでもって、未だに気まずそうに視線を泳がせているいたるは、国定の目をはっきりと見つめ返す勇気がなかった。 しどろもどろになりながらいたるは国定に向けて頭を下げる。 「国定さん……演技とはいえ、すいませんでした」 ぽりぽりと人差し指で頬を掻いて、国定もいたるに謝った。 「いや、心にもない事言って挑発させたんだ。俺も悪かったよ」 やがて二人は握手を交わし、今度こそいたるは国定の瞳を見つめた。 とここで、パンッと仕切りなおしに両手を叩いて、御堂が会話の主導権を握る。 「うーん。この先何が待っているか分からないし、真白の回復だけに頼るのも寿命を縮めるだけだし……ここらで回復魔法を使える人間を一人は雇ったら?」 それは誰もが頭の中で考えていた事だった。真白のもいだ羽の回復力は確かに一線を画しているが、寿命を縮めるというデメリットを含ませている。 御堂は射撃訓練を行っていた雲母や霧也を呼んで、案を提示させると共にさっきまでの無茶苦茶な戦闘試合の内容を説明する。 雲母はまずそれを聞いて、国定といたるをポカポカと両腕の拳で殴っていた。 「いたるさん、馬鹿なんですかッ!?国定さんも国定さんで、自己犠牲までしてノルマを達成したかったんですかッ?!」 次いで霧也は、いたるの頭に鉄槌という名の拳を頭部に叩き付ける。 「全く、挑発されたからって仲間にして良い行動じゃないだろうがッ!!もう少し頭を冷やせッ!!」 しゅんとうな垂れていたるも国定も反省していた。だが、国定に至っては後悔はしていないといった面持ちだ。 「もしこれが実戦だったとしても俺は全く同じ事したぜ。だからいたるばっか責めるな、霧也」 納得がいかなさそうに、霧也は眉を顰めた。 「しかしだな……こいつの単細胞のせいで国定は命の危険に晒されたんだろう?」 けれど国定は勝ち誇ったようにニヒルに笑う。 「いや、これはいたるが挑発に乗ってくれなければ、出来なかった事だ。短気ゆえに、ひっかかってくれてこっちの思惑通りだった」 「何スかそれ。人を単細胞みたいに言わないで下さいッス」 いたるがブスーっと頬を膨らませている。まぁまぁと仲裁を買って出た御堂が先ほどの話に戻す。 「で、回復魔法を扱えれる人間は、この先最低でも一人は必要だ。そこで、この町で一緒に旅に同行してくれる仲間を探そうよッ!」 「どうやって?金で雇うのか?」 すかさず国定が話しに入ってくる。 「うーん、それもありっちゃありなんだけど、回復魔法の医学生とかで探すのは?このマール島は回復魔法の人材を斡旋している島国だろ?結構良い人材がいると思うんだ」 「なるほど、学生の方が金が安く済むからって事も含まれているのか」 白い歯をこぼしながら、御堂は満面の笑みで応える。 「そうそうッ!どのくらいの旅になるかも分からないし、あまり資金もかけていられない。それに学生の中でも天才に含まれる人間ほど欲しい訳なんだけどねッ!」 雲行きが怪しそうな顔立ちで、うーんと唸りながらいたるが否定してくる。 「そんな奴、本当にこんな複雑なパーティに入ってくれますかねぇ」 しかめっ面で霧也もいたるに同意する。 「……厳しそうなんじゃないか?せめておちこぼれが来てちょうど良いぐらいだろう」 「まぁ、言っててもキリがねぇぞ?とにかく、就職先も決まっていない奴の中から片っ端当たって砕けて行こうぜ」 珍しくやる気のある国定に向けて、全員が物珍しそうに注視していた。 その視線を感じ取ったのか、国定が「何か文句でもあんのか?」と喧嘩越しになっている。 機嫌を損ねない内に都内にある回復魔法専門の大学へと一行は足を赴かせた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |