アーザの火
20
「んぅ……ッ!!」
漏れる吐息が妙に色っぽかった。けれども霧也がすかさずナイフを持ちいたるに襲ってくると、二人とも距離をとって離れる。
「貴様ぁぁぁああああッ!!マスターに何をしでかしたか分かってるのかッ!!」
されど、にやにやとした笑いを崩さずに、いたるはあくまで勝気な態度で霧也のナイフを剣で受け止める。
「分かっててやってるッスよぉ?キスっしょ?」
もう練習試合というより、本気でいたるを殺しにかかってる霧也を止める方法なんか見つかんなかった。
真白は真白で真っ赤に頬を染めながらも、怒りを顕にしている。
「ふ、ふざけんなぁッ!!僕のファーストキスがぁ……ッ」
涙目で今にも泣き出しそうになるのを我慢しながら、真白はいたるをキッと睨みつける。
「霧也ぁああッ!!いたるなんかボコボコにしちゃえーッ!!」
ここまで来るともう御堂たちも呆れ返る以外方法がなかった。
まさに内海元帥並みに軽薄ないたるに、国定が「どっかの馬鹿見てるみてぇだ」と漏らす。
そんな中で空気も読まずに雲母が言い放つ。
「皆さん喧嘩はよくないですよッ!!止めなきゃッ!!」
されど、雲母が御堂の服の裾をひっぱっても、仲裁役は買ってでてくれなかった。
「……好きにさせときなよ。もう俺も知らない」
国定も眉間に皺を寄せながら、重苦しいため息ばかりを吐く。
「あれは完全にいたるが悪い。というより俺らじゃ霧也と真白の怒りを鎮められん」
「で、でもぉッ!!国定さんなら何とか止めさせられるでしょうにッ!!」
雲母が今度は国定に縋りつくが、一蹴されてしまう。
「勝手にやらせとけ。喧嘩した後は、少し血の気も下がるだろ」
それでも雲母は諦めきれないのか今度は真白のところへ行き、今すぐ止めさせるように言うが……。
「はぁッ!?あいつは僕の大事な初めてを奪ったんだよッ?!許す訳ないじゃんッ!!」
「は、初めてで腹が立つのは分かりますが、喧嘩は良くないですってばッ!!」
「じゃあ雲母が止めてくればッ?!」
痛い部分を突かれると、なんとも言えなくなってしまう。
今まさにナイフと剣で戦ってる二人の間にでも無理やり割って入らなければ収まりそうも無いからだ。
そこでふと、雲母は手元にある銃に目がいった。
――だめだ。あんな剣先に鉛球ぶつけても二人はまた喧嘩してしまう。
どうすればいいのか考えた結果、やはり強引に割って入るしか止める手立てがない。
「二人ともやめてください――ッ!!今は仲間割れしている場合じゃありませんッ!!」
こうなれば体当たりだと言わんばかりに、雲母は二人の間に立ちふさがる。
「ちょッ!?雲母危ないってば――ッ!!」
真白の忠告も無視し、それまで殺し合いをしていた二人も、間に小さな女が急に横から出てきてブレーキがかけられるはずもなく――双方から斬りつけられた。
霧也にはナイフで後ろから、いたるには正面を斬られ、ぽたぽたと床に血が滴った。
「おいッ!!!お前何やってんだッ!?」
「き、雲母――ッ!!」
国定と御堂が一斉に叫んでいる。いたると霧也もまさか邪魔が入るとは思わず、唖然としている。
咄嗟に二人とも手は緩めたが、それでも傷口から出血している。
「……わ、悪かったッス。本当ごめんな、そこの小さいの」
「俺も頭に血が上り過ぎていた。すまない雲母……ッ!」
急いで救護班と化した真白が翼を光輝かせて、数枚羽をもぐと雲母の傷口にそっと落としてゆく。
やがて光が急速にしぼむと、何事もなかったかのように雲母が目を覚ます。
「あれ?私確かに斬られた筈なのに……。そっか真白さんですね。ありがとうございますぅ」
雲母がふにゃりと笑って、皆が心配そうに見つめる中、いたると霧也はそれでも怪訝そうに互いに顔を見合わせている。
「……今後マスターにふざけた真似してみろ。斬り刻んでやるッ!!」
「俺も悪ふざけが過ぎたのは認めるけどな、お前にだけは真白は渡さねぇッス!!」
雲母が何事もなかったかのように起き上がると、二人を制止する。
「落ち着いて下さいッ!!味方同士で喧嘩してるところなんて、もう見たくないですぅッ!!」
ぶんぶんと首を横に振って、雲母が両方の拳を握り締めながら訴えかけているが……。
「けどさ、そもそもいたるが悪いよッ!!僕の初めて奪ったんだから、これぐらいは覚悟してよねッ!!」
真白が有無を言わさず、今度はビンタではなくいたるの顔を拳でぶん殴った。
辺りに鈍い音が響く。いたるもいたるで為すがままにされている。
多少は罪悪感があるのか、済まなさそうにいたるはややうな垂れていた。
「あー、まさかハジメテだったとはねぇ。悪かったッスよ。でも俺本気だから」
またいたるに、制裁という名の暴行を加えようとした真白を雲母が止めに入る。
「本気の人の行動じゃないよねッ!!僕を口説きたかったら、顔洗って出直しなッ!!」
真白が親指を立てて下に振りかざすと、それでもまだ怒りが収まらないのか眉が吊り上ったままだ。
「真白さんもう分かりましたからッ!!いたるさんも軽率な行動は謹んで下さいッ!!」
「へいへーい」
雲母が真面目に説得しているのに、いたるのこの態度には全員が呆れと怒りを通り越して、ただ黙って彼を睨んでいる。
四面楚歌とはこのことだ。
流石のいたるも分が悪いと判断したのか、ボリボリと頭を掻き上げて反省の色を示した。
「……まぁ、さっきのキスは完全に俺が悪かったッスよ。ごめんな、真白」
いたるは真白に面と向かって頭を下げ、今日の事はこれ以上荒立てないで水に流す方針に決定した。
それぞれ、各自がまた持ち場について鍛錬を行っていると、いたるは主に国定の稽古に付きっきりになって、剣の振り方や斬り方など基本的な動作をみっちり叩き込む。
国定の訓練が終わる頃には、ちょうど日も暮れ始め全員で宿屋に泊まる流れとなった。
いたるに関しては前科があるため、特に女性の雲母と一緒の部屋にするのは止めにして、微調整を行う。
国定といたる、御堂に雲母、霧也と真白という予想の範囲内の部屋の割り当てになった。
そうして国定たちは部屋に着いたが、来て早々にいたるは何処かへ出かけようとする。
「おい、何処に行くつもりだ」
国定が背中越しに声を送ると「真白のところッス。流石に今はもう手は出しませんから安心して下さいッス」と手をひらひらと振りながら部屋を出て行った。
そういえば今は晩飯時だ。それで誘いにいったのかと思うと、よく殴られた後で行動に移せるなと最早国定ですら言葉に詰まる。
自分も何処かで食べに行こうかと部屋を出た辺りで雲母と御堂に出会った。
「お腹空かない?今国定といたるも呼んでご飯食べに行こうかと思ってたんだけど……」
と二人がさっきいたるとすれ違ったようで、自分は真白と食べるといって御堂の声を聞かなかったそうだ。
今はそっとしておけとの忠告すら無視して。
「あの馬鹿。内海そっくりだぜ。副官だったからって、余計な悪影響及ぼしてたんじゃねぇのか?」
「そうだねぇ。まぁ、ほっといたら?」
「ですぅ」
三人共うんうんと頷いては、外まで歩を進めた。
一方いたるはと言うと、真白たちが休んでいる部屋の前をコンコンとノックしていた。
そうして中から霧也が顔を出してくると、即効でドアを閉められる。
「ちょい待ちッ!!閉めんな脳筋がッ!!」
再びガチャリとドアノブが回る音がして半開きになる。
「……さっさっと用件を言え」
すると、ぽりぽりと頬を人差し指で掻きながら、眉尻を下げながらいたるは笑う。
「昼間の件もあるし、どっか食いにいかねぇ?勿論俺の奢りッスよッ!!……まぁどうせ脳筋も一緒に来るんだろうけどな」
奥のベッドルームで腹のむしが鳴っていた真白が、こちらに近づいてくる。
「ふぅん。霧也もボディガードとして当然来るからね?ならいこっか」
こうなりゃ高い物でも頼まないと割に合わないなぁと感じながらも、何処かご機嫌な様子でガッツポーズを決める真白であった。
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