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アーザの火
19
――翌日、各々が宿屋前で顔を合わせると、まず訓練の前に先にここマール島の都市にあるメイオの家に赴く計画になった。
 その後に鍛錬するといった予定が組み込まれた中で、雲母がイーリスの柄に触れながら魔法を発動させて、ある一軒の家まで歩いてたどり着いた。

 極一般的な庶民家で、赤い屋根が目印の場所を真白が先導きってコンコンとノックする。
 中から30代前後の女性のメイオと思しき人物が現れる。

「何よ、こんな朝っぱらからぁ」

 今回は同族のメイオで間違いなかった。真白が目で皆に合図を送ると「同じメイオの真白と申します。イーリスの柄、少しの間お借りしてもよろしいでしょうか」と尋ねる。
 すると、向こうの反応は……寝ぼけていた目がぱっちりと一気に開眼する。

「びっくりしたッ!あんた私と同族ねッ!いいわよッ!ちょっと待ってなさい。何なら中に入ったら?」

 どう見ても女性にしか見えない同性の真白一人だと勘違いしてくれたのか、有難い申し出を受けるが……。

「いえ、後ろに仲間が五人いるので迷惑かと……。とりあえずここでイーリスの柄だけお借りします」

 と断りを入れて、女性がイーリスの柄をもってきてくれるまで待つ事五分、隣部屋からひょっこり顔をだして「あったわよー」と掌をひらひらと振っている。
 真白がそれを受け取ると、早速御堂に手渡す。

――そうして、いつもの御堂の魔法が発動した。

 見えてくるのは同じ研究施設内で流水さんと緋眼の死神や他のメイオの姿も見える。
 皆それぞれ、研究者たちの羽が黒かったり白かったりするのは、塗料を塗ってるか塗ってないかの差でしかないようで、この研究施設にはいくつもの黒翼や白翼が培養ポッド内にて捕らわれている。

 まず緋眼の死神と流水さんが翼を光り輝かせた後、羽を二枚ずつもぎ取っていた。
 そして、培養ポッドから黒翼と白翼をひきずりだすと、今度は一つの培養ポッドに入れて酸で体が溶け出していた。
 
 中にもぎ取った羽も一緒にいれ、聞き取れないが何かの呪文をメイオたちが一斉に唱えだし、真下をよくみると魔方陣が描かれている。
 培養ポッドの中では確かに二つの固体が溶け出していたのが、一つに合体しようとしている。

 黒と白の羽同士、人間同士が混ざり合い――今、一つの白くも虹色に輝く翼の個体が完成した。

「すばらしいッ!!また一体メイオが完成したぞッ!!」

 研究者たちが拍手喝采を行っている。その中には流水さんと緋眼の死神の姿もあった。
 そうして、培養ポッドの中から誕生したメイオを取り出すと、別の培養ポッドに移し変えている。

 小さな赤子ながら、立派な白き翼を背に持って生まれてきていた。
 そんな被検体が他にもいくつか生まれていて、着実にメイオの生成プロジェクトが進行されている証拠だった。

――御堂が視えた記憶はここまでのようで、その女性にイーリスの柄を返すと、礼を述べて家を後にした。

 皆で歩きながらいつもの訓練場で、御堂はさっきまで視えたメイオの生成方法を全員に伝えた。

「でさ、結局誰が一番最初のメイオを編み出したの?」

 メイオである真白が一番疑問に感じていた部分でもあり、皆が共通して考え出す。

「それは……多分一番最初に被検体になった白翼と黒翼がいるんだよ。そうして、緋眼の死神が生まれ……流水さんもって待てよッ?!」

 御堂がある矛盾に気が付いた。

「流水さん緋眼の死神より老けてたよ?!って事は流水さんこそが一番最初のメイオなのかなぁ」

 いたるはまだ仲間に加わったばかりで、事情をよくは飲み込めていない様子だ。
 すかさず国定が会話に割って入る。

「かもしれない。だが実質リーダーであり、一番強い力を持っているのが緋眼の死神なのか、あるいは流水はメイオじゃない可能性もある」

「それ言い出してたらきりが無いよ。どう見たって流水さんはメイオの仲間の中にいた。メイオじゃなかったらなんなんだよそしたらッ!」

 いつになく御堂が焦りを表に出していた。いつもは穏やかで誰よりも優しいこの男が、だ。

「あのぉ、言いあってても仕方ないんじゃないでしょうかぁ?今は流水さんもメイオで、柄をお持ちの可能性に賭けるべきですぅ」

 そんな御堂を見かねて雲母が珍しく口を挟む。
 雲母の一言で冷静になった御堂がハッと我に返った。

「そうだね……。じゃないとルーア・ルースには辿りつけないもんね」

 とここで、場の空気も読まずに間髪入れていたるが質問する。

「ちょっといいっすかぁ?俺入ったばっかなんで、何も事情知らないんスよー!説明してくんないッスかー?」

 一番イーリスの柄に触れてきた御堂が、いたるに静かに語りだす。
 詳細まで言い終えると、納得したような顔つきでいたるはこんな提案をしてきた。

「せめて、裁判官様の協力がもうちょっと欲しいところッスねぇ。大元帥に勝てるのは七人の裁判官様だけですし」

「……仲間になりたくたってなれないだろう。彼等じゃあ」

 御堂が神妙な面持ちでいる。……どういうことだ?

「あぁ、御堂さんは知ってるんスねぇ。何で知ってるのかはこの際置いときましょうか」

「内海元帥も、同じ理由だし。国定は聞かない方が良い」

 二人でまるで秘密のやりとりをしてるみたいで面白くないのか、国定はすっかり拗ねている。

「どうせお前等のことだ。教えてはくれないんだろう?だったら、時間の無駄だ」

 分かりきっていたが、二人して頷くとそれが案の定の答えだった。
 沈んだ顔になった国定を元気づけるように、霧也が肩を軽く叩く。

 何だか場に漂う空気があまり良くないが、いたるが両手をパンッとあわせ、軽快に音を鳴らす。

「さて、仕切りなおしにいつもの訓練でもいきますか―ッ!!」

 それを合図に、各々がいつもやる事を実戦してゆく。
 まず、国定は剣の素振り一万回を目安に剣に慣れるところから。

――そして、御堂は相変わらず洗脳魔法でナイフを自由自在に動かしてゆく。
 雲母もだいぶ射撃の命中率が上がってきている。最初は的にも全く当たらなかったのが、段々と回数を重ねるごとに当たるようになる。

 で、残ったいたると真白と霧也の三人の間では、不穏な空気に包まれていた。
 真白は血を使う術式でメイオの魔法封じを発動させるため、あまり練習しすぎても怪我が増えるばかりだ。

 霧也がいつものように20kgの重りを片手に空中戦の練習をしようとしたところで、いたるが剣の切っ先を向けだす。

「……どういうつもりだ」

 牽制の意味を込めて霧也がいたるを睨むと「練習試合、手伝ってくんないッスかねぇ」と言葉は呑気な物だが、水面下で互いに火花を散らしている。

「もし、俺が勝ったら真白は貰うぜ」

 霧也も重りを置き、ナイフで臨戦態勢をとる。

「マスターの意思を無視して奪うなど、俺が許すとでも……?」

「そ、そうだぞッ!何僕の意思を無視しちゃってくれてんのさッ!!」

 真白もこれには黙っていられずに応戦する。しかしいたるは我を押し通す。

「いんや。真白、俺はお前が好きだ。気に入ってる。だから、霧也が目障りなんスよねぇ」

「す、好きって言われてもまだ会ったばかりじゃないか僕らッ!!」

 堪らずに言い返すも、いたるは飄々とした態度を決して崩さなかった。

「恋は出会った瞬間から落ちるものもあるって事ッスよー?それより霧也、さっさと始めちまおうぜ」

 覚悟を決めた戦士の目つきで、霧也はナイフを右手に持つ。

「分かった。だが、俺が勝ったら真白には今後一切アプローチするな」

「おいおい、俺が真白を貰うーじゃなくって良いッスかぁ?手加減しねぇぞ」

 横で御堂が異変に気づいたのか、すぐさま止めに入ろうとする。

「何熱くなってんだ二人ともッ!!そんな練習試合誰が許可するかッ!!」

 だが、二人とも歯止めが効かないのか、熱い闘志をギラギラと滾らせている。

「御堂さんには関係無いッスよー?」

「そうだ。お前が口を挟むべきではない」

 そこで、素振りをしていた国定もようやく異変に気づいた。
 御堂から何事かと詳しい説明を受けると、そうだったのかと納得する。

「ただの練習試合にするのは賛成だ。だが、勝敗に条件つけるようなら俺が容赦しねぇぞ。これはチームのリーダーとしての命令だ」

 既に腕を翳して、風魔法を発動させようとしている。
 本気で殺意を込めて、今にも二人を牽制しようとしているのが手に取るように分かる。

 けれども、二人とも引き下がらなかった。

「これは男同士の真剣勝負ッス。真白を賭けた、な」

「マスターは、何があっても俺が守り通してみせる」

 されど、この状況に真っ先に異を唱えたのは、他ならぬ当事者の真白だった。

「いい加減にしてよッ!!僕はいたるって人が勝ったからってアンタの物にはならないッ!!」
 
 つかつかといたるの元に歩みよると、真白は頬目掛けて思いっきりビンタした。
 パンッと小気味良い音が辺りに響き渡る。その音で、銃の練習をしていた雲母も、何事かと事態に気づき始めた。

「いってぇッ!容赦ないッスねぇ」

「当たり前だ馬鹿ッ!!僕の意思を捻じ曲げないでくんないッ?!」

「そういう強気なところも可愛くて好きだぜ?俺の超好み」

 いたるから可愛いと言われて、さらにかぁーっと顔が赤く染まってゆくのが真白にも分かる。

「だ、だからッ!!そういうふざけた言葉使うなーッ!!」

「まんざらでもないくせに?」

「違う違うッ!!僕はアンタなんかに好かれたって嬉しくもなんともないッ!!」

 またビンタしようと振りかざした腕はいたるに押さえつけられ――代わりに整った唇が真白の唇に触れ合った。



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