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アーザの火
18
 一方、真白といたるの部屋では、こんな会話が繰り広げられていた。

「あんた、女じゃないんだって?なら何で女装してるんスか?」

 バツが悪そうに真白はいたるを見ると、うな垂れながら言葉を吐く。

「……死んだ母さんが、たまたま僕をおもちゃに女装で生活させてくれてたもんだから、その習慣が未だに染み付いてるのッ!」

 それを聞いて、品定めをするように真白を上から下までじっくりと見物すると、いたるは隣のベッドに腰掛けてきた。

「ふぅん?真白って言ったっけ。女だったら完全に俺の好みのタイプッスね」

 頭から足のつま先まで舐めるように見られて気分が悪くなったのか、真白は自分の隣に座ったいたるを押しのける。

「気色悪い事言わないでくんないッ?!僕男だしッ!!今、ぞわってしたッ!!」

「まぁ男でも、真白レベルぐらいなら男がほっとかないよなぁ、なんてな」

 にやにやとした笑顔を崩さずにいたら、真白が立ち上がっていたるに向かって指をさす。

「あんた本当軽薄バカッ!!あの内海って人の副官だけはあるねッ!!」

「そりゃあどうもッスー」

「褒めてないからぁぁあああッ!!!」

 隣部屋から真白の絶叫が聞こえ、後にノックもせずに霧也が部屋に入り込んできた。

「おいッ!!マスターッ!!大丈夫かッ?!だからこんな得体の知れん男などと同部屋にするなと……ッ!!」

 次いで御堂も後から駆けつける。

「だ、大丈夫だってば。いたるは内海元帥と違ってその辺の思慮分別は付いてるからさ……って、え?」

 御堂が目をぱちくりと瞬かせている。特に変わったところはないようだが、妙に真白が赤面して怒ってはいた。
 それを見た霧也が何を勘違いしたのか、腰にぶら下げているナイフを取り出し、臨戦態勢をとりはじめる。

「貴様……ッ!!マスターに何をしたぁぁあああああッ!!」

 ほんのりと涙目になっている真白に、赤面姿でいたるに指をさす様子を見て、霧也の中では最早収拾がつかない。
 あっけらかんと、いたるは霧也に言い放った。

「べっつに?まだ犯してすらいないッスよ?気が早いッスねぇ」

 それを横で聞いていた真白がさらに頬を紅潮しだす。

「はぁッ?僕男だって言ったじゃんッ!!何?!犯すつもりだったのッ!??」

「きさまぁぁあぁああああッ!!そこに直れッ!!マスターを女代わりに強姦しようなどと、俺がさせる訳ないだろうがぁぁあああぁあああッ!!」

 さらに霧也が怒り心頭と言った具合で、ナイフでいたるに向かって突撃しようとするのを後ろで御堂が羽交い絞めにする。

「だからぁあああッ!!皆良く聞いてくれッ!!いたるは冗談が好きなだけなんだッ!!そうなんだよッ!!なッ?」

 けれども当の本人はにやにやとあざ笑い、ふざけた態度を崩さない。

「さぁ?俺って気まぐれッス。だから、こんなべっぴんさんなら本当に犯してたかもなぁ」

「あんたマジ最低ッ!!」

 真白からもブーイングが起きている。御堂は、今にもいたるに斬りかかろうとする霧也を押さえつけるのでやっとだ。

「頼むから、場をこれ以上混乱させないでくれッ!!いたる―――ッ!!!」

「はいはい。冗談ッスよ。冗談」

 御堂が叫ぶと、途端に掌を返したかのように、いたるはおどけている。

「こんな男と同部屋にさせるなッ!!御堂とマスターは部屋代われッ!!」

 で、結局のところは親交が深まった訳でもなく、むしろ悪化した次第で御堂といたる、霧也と真白は同部屋になった。



 そして、御堂はたっぷりといたるに説教をしだす始末である。

「いたるッ!!霧也は一直線で真面目なんだッ!!頼むから今後真白を相手に変な気は起こさないでくれッ!!」

 耳の穴をかっぽじりながら「へーへー」といたるは不真面目に聞き流している。
 そんな態度に、御堂も怒りと呆れが混ざり合った複雑な感情に支配される。

「あのな、真面目に聞けってのッ!!今いつ敵が襲ってくるかも分からない時なんだからこそ、味方同士で喧嘩している場合じゃないんだよッ!!」
 
 真剣な面持ちの御堂に対し、いたるもようやく腰を上げて話をしだす。
 
「だったら、遊び半分じゃなく本気だったらオッケーッスよね?俺結構あの子タイプなんで、落としていこうかなって」

 いたるの考えている事が直ぐに分かり、御堂も同性である国定を好きな分否定は強くできないが、それはやめておけと忠告する。

「さっきも見ただろう……?霧也と真白は今は恋仲じゃないが、主従関係だ。霧也が激昂するのが目に見えてる」

 額に手をおいて、御堂が深いため息混じりに呟くと、いたるはそんなの関係ないといわんばかりに余裕綽々であぐらをかく。

「いやぁ、恋ってのは自由っしょ!他人が口出す問題じゃないッスねぇ。って訳で!俺は今日より真白を本気で口説きにかかるッス」

「呆れた……もうどうなったって知らないからなッ!!」



 隣部屋の二人が何やら揉めあいを起こしている様を、薄い壁からがっつり丸聞こえしていた真白はさらにゆだった蛸のように赤面しだす。

「ちょ……ッ!!何?!本気で口説くって……ッ!!い、意味わかんないんだけどッ!!」

 ついには声まで震えてきて、動揺が傍にいた霧也にまで伝わる。
 隣が騒がしくて、いつものようについ好奇心から壁に耳を当てていた真白に「マスターもう関わるな」という霧也の忠告も無視した結果がこれである。

 おかげで、明日にはいたるからあからさまにアピールを受ける羽目になり、真白は手もわなわなと震えだしてきた。
 落ち着くためベッド脇にあったコップに水を注いだが、それさえも上手く飲めずに服が濡れてしまう。

「うわぁぁあああッ!!あぁもうッ!!何でこんなに落ち着かないのッ!!えっとタオル……いや、脱いじゃうかッ!!」

 霧也の目の前で上半身を晒すと「ちょ……ッ!ちょっと待て真白ッ!!」と久々に名前を呼んでくれた。

「へ……ッ!?霧也何で……名前……ってか!そのズボンから主張している物ッ!!」

 そう、霧也は主人である真白の裸に欲情して半勃ちになってしまう。つい前かがみになるがもう遅い。

「ま、マスターはその辺の女なんかよりずっと色気があるッ!だから不用意に男の前で裸を見せないでくれッ!!」

「な、ななな何でさッ!?前一緒にお風呂入った時は平気だったじゃんッ!!」

「あ、あれだって我慢してたんだッ!こっちにしたら必死で苦労してたのも気づかないし。全く……」

 心底困ったように霧也が無言でトイレに入るのを、真白はただ黙って見守ることしか出来なかった。
 しばらくして霧也がトイレから出てくると、お互いの間に気まずい雰囲気が流れ出す。

(ど、どうしようッ!!もう寝てしまおうかッ?!)

 真白が心の中で至極悩んでいると、霧也の方から「電気消すから寝るぞ」と提案してくれて助かった。
 部屋全体が真っ暗闇になるが、それでも二重の興奮のせいで真白は全く寝付けない。
 
 一つはいたるの告白めいた言動。そしてもう一つは霧也が真白相手に欲情することだ。
 確かに育ての親であった灰音は……真白はその辺りをうろつく女共より美しく、自分よりも美人だとよく褒めてくれた。

 そのせいで、今回の騒動が引き起こされているのは間違いないのかもしれない。
 じゃあせめて、服装を男の物に戻した方が良いのかと葛藤しているが、美しい者は着飾りなさいとのよく分からない教えで、今まで育てられ女装してきた。

 そんな母を大事に想うからこそ、この教えを大事に守りとおしてきた。
 ただ、やっぱり本物の女性のようにヒールが高い靴までは履けなかった。あれを履くとふらついてろくに歩けないのだから、母もそんな姿に無理しなくて良いと言ってくれた。

 結果としてソレが原因で屋敷戦では負けてしまったが、この旅も旅で悪くはないなぁと考えているうちに意識が遠ざかっていった。

 隣で呑気にすやすやと寝息を立てる主の横で従者は今まさに苦悩している。
 
(まさか、俺が男の主に欲情してるとは……な)

 前の大浴場の時はまだ何とか持ちこたえられたし、今ほど胸が高鳴ったりもしなかった。
――やっぱり霧也は隣部屋にいるあいつ、いたるの出現が面白くない事だけは確かだ。

 それに、真白の着衣から滴る水に透けて見えた乳首が厭らしく見えて、一気に下半身へと熱が篭ったのが手に取るように分かってしまった。
 恋?まさか。男である真白にそんな感情は抱かない。まして白翼は異性主義といっても過言ではないくらいなのに、昔変態の男に犯されかけられるといった過去もある。

 黒翼の間じゃあ同性愛は珍しくもなんともないが、それでも固定概念が霧也の邪魔をする。
 しかし、勃った一物は反応してしまった。しかも主である男相手に対して。

 もしも真白が女であったにせよ、奴隷とじゃあ身分違いでそもそもそんな対象じゃなかった。
 じゃなかった筈なのに、今抱いてる感情は間違いなくいたるへの嫉妬だ。

――参った。

 真白が本気でこれから先、いたるを好きになるなら仕方が無いとしても、嫌だと想うこの気持ちは一体何なんだ?!
 こうして霧也は悶々とした出口のない答えに惑わされながら、一睡も出来ずに朝を迎えた。


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あきゅろす。
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