アーザの火
16
国定が翳した筈の右手は――向こうの風魔法の圧倒的速さで吹き飛んでいった。
円を描くように、腕がくるくると落下してゆく。
「う……ぐぁぁああああああああぁぁあああッ!!」
肘から下にかけて右腕がごっそり削ぎ落とされた。右腕が急降下し、激痛が襲い血が噴射し目眩が起きている。
「く、国定ぁぁああああぁああッ!!」
御堂が目を見開いて驚愕している。
「きゃぁぁあああぁあぁあああッ!!国定さんッ!!」
雲母が後ろで見たくないと言いたげに、顔を横に背けて泣いている。
――焼けるッ!!焼けるように熱いッ!!痛い痛い痛い痛い……ッ!!!
それでも、国定は残った左手を翳して風魔法を発動させるが、大元帥の風魔法に阻まれてしまう。
「何故頭を狙わなかったのかと聞きたいのかね?つまらんではないか?直ぐに殺してしまうのも」
息も絶え絶えに国定は脂汗をかきながら、意識が混濁するのを必死で堪えている。
しかし、右腕の骨まで見えた切断面からは血が止まらない。
「弱い者……いじめかぁッ……?自分の方がちょっと……つぇえから……って」
「国定ッ!!もう喋るなッ!!」
御堂があの時の魔女戦のように涙目で声を震わせて心配してくれている。
急いで雲母が服を裂いて国定の腕を止血している。他の雑魚からも魔法攻撃を浴びせられたが、風魔法で防ぎきる。
いたるは火魔法の使い手で応戦してきたが、大佐ではやはり大将の風魔法には敵いそうもなかった。
「大元帥様、やはり俺たちじゃ敵いっこないッス。ここは一つお願いしまッスー」
いたるは大元帥の後ろに隠れる。大元帥は片手を天に掲げる。
「分かっておる。そのためにこのわしがおるのだからなッ!」
「国定無理だッ!!!逃げようッ!!」
こんな空中戦では洗脳できる物なんて何もない。完全に足手まといだ。
それが御堂には痛い程分かってるからこそ、耐え難い苦しみを味わっている。
真白を抱えた白翼の霧也でも、流石に大元帥には何一つ敵わない事は目に見えていた。
霧也はもう国定たちを犠牲にしてまでも、真白を連れて逃げる気だ。
――万事休すと言ったところで、状況に変化があったのはすぐだった。
大元帥の首が弧を描いて落下するまで、誰一人事態が飲み込めていない。
――そう、大元帥の真後ろに隠れていた、いたるが腰に下げていた剣を抜いて首を掻き切っていたのだから。
血しぶきが噴射して頭と体ごと落下してゆく。絶望的な状況は一気にひっくり返った。
いくら大元帥といえど後ろにまで注意が及ばず、しかも仲間に裏切られるとは思いもしなかったであろう。
最後にハラハラと死体だけが急速に落下していった。
大元帥もいたるが黒翼でありながら武器を装備していた点に、変わり者だと評判だったため何の疑問も抱かずにいた。
おそらくそこが最大の油断と敗因になってしまった。
「ひぃぃいいいいッ!!!大佐殿何を考えているで……ッ!!」
二等兵の雑魚が言葉を言い終える前に、いたるは残りの全員を火魔法で焼き尽くしてしまう。
「ぎゃぁぁあああッ!!!熱ぃぃいいいいいッ!!!」
もがき苦しみながら業火の炎で焼かれてやがて灰だけになる様を、国定たちはただ呆然と黙って見ている事しか出来なかった。
「……どういうつもりだ、いたるッ!!」
脂汗がじっとり滲んで、痛みを堪えている国定がまず吼える。
雲母が簡単に止血の処置を済ませたとはいえ、血が布から滴る中いたるは口を開いた。
「裏切りましたッス。内海元帥の命令で、ね」
「なん……だとッ!?」
驚きのあまり固まってしまう一行に対し、さらにいたるは繰り返す。
「だから、裏切って皆さんの仲間になりにきたんスよ。それより、内海元帥から伝言があるッス」
国定が内海と聞いて一番反応が速かった。そうしていたるの言葉の続きを促す。
「わいは国定の元には行けへん。対峙する時まで首洗って待っとれや。だそうッス。その代わり俺が皆さんの仲間としてサポート致しまッス」
「……だったらもっと早くに裏切ってくれないかな?国定は片腕失くすし、もし大元帥様が最初から本気の一撃で俺らを殺していたとしたら?」
それまで固唾を呑んで黙っていた御堂が、いたるに語りかける。
すると満面の笑みで答えが返ってきた。
「あの大元帥様の性格からいってそれはなかったッスよ!!……多分ッスけど。これはある意味賭けでもありました」
「何故そう言いきれる……ッ?お前は俺たちがもし万が一死んでいたとしても、どっちでも良かったのではないのか?」
今度は国定が静かに応戦する。するといたるは首を横に振っていた。
「いやいや、国定さん殺されてたら俺が内海元帥に殺されてましたからッ!!それは無いッス!!ところで、落ちた腕探しに行きましょうよッ!!メイオもいるんだし、腕さえ見つかれば治りますよッ!!」
今は議論は後にして、急降下して皆で国定の腕を探していたら、木の多い茂った葉のところに挟まっていたのを容易く発見する。
国定の右腕に巻かれ止血していた布を外し、真白が羽を光り輝かせ数枚もぎ取ると、切断された腕にくっつけさせている。
すぅ―ッと光が収束してゆく頃には、国定の腕は完全に完治していた。直ぐに動かせる喜びに目を見開いて驚いていると真白がふらっとよろける。
「マスターッ!?おい、大丈夫かッ?!」
霧也がいの一番に声を発して傍に寄る。
「うん……平気。ちょっと立ちくらみしただけだから」
真白を次に気遣ったのは、国定だった。傍に歩み寄り礼を述べる。
「お前がいて本当に助かった。だがこれ以上はもう無理するな。片翼丸ごと失ってるから、生命に負担が余計にかかっているんだろう」
「ふふッ、元在さんもそうして羽の力を使い続けてたよ?最後の一枚まで失くしたら僕らは死ぬ定めだけど、僕なりに救える命は救ってくってそう決めたんだ」
ウインクして微笑む真白に皆が何も言えずにいた。
ただ、一人を除いては……。
「そんなに死に急いでどうするッスか。残される者の気持ちも考えるべきッスねぇ。俺から言わせると、自己犠牲精神なんて反吐がでそうッス」
「僕だってッ!!誰かの役に立ってみせるッ!!例えアンタのいう自己犠牲でもなんでもしてでもッ!!」
「……焦んなくたって、魔女の……真白のお前の価値はもう充分あるだろ。そこを自分で認めないでどうするッスか」
霧也はポンッと真白の肩に軽く掌を乗せる。
「マスターは充分役に立ってくれている。酒場で女性を助けようとしたりしただろ?そんな凄い力であまり無理しすぎず、今後は自分をもっと大事にするべきだ」
「……ありがとう霧也。それにいたるっていったっけ?アンタも……ご忠告どうも」
最後尾はふて腐れた言い方で終わってしまったが、それでもいたるが真白の心を見透かすような発言には感心せざるを得なかった。
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