GEAR SIDE
HEAVY HEAVY LOVER
海人はヘビーなスモーカーだから、たいてい車内には煙りが充満している。酷い時には霞みまでかかってる。紫煙が空気中を占める割合が、此処では圧倒的に多いのだ。
そんな狭い密室だから、勿論至る所に匂いも染み付いていて、それは人間にだって例外じゃあ無い。
「煙草ってどんな味？」
「激ウマ」
何かの書類を睨んでいる兄にそんな横槍を入れてみたら、睨む目の延長で、片眉と片頬をつらせた難しい笑顔をしてそう言われた。
「食べ物じゃないのに美味しいんだ？」
「やってみるか？」
「駄目だよ？先生が未成年は吸っちゃダメだって」
それにほら。
ニヤリと悪戯に笑っている兄に向かって、亜紀人はテーブルから拾う煙草の箱を見せて指差した。弟が突き出す箱には身体に良くない云々の、だったら元から売るのなんか止めちまえよと言いたくなる文章が幅を効かせている。
大量印刷のお座なりなその文字と、世間に律義な弟を交互に見遣って海人は鼻で笑った。
「ばっかだなぁ。こんなン吸いたい奴が吸いたい時に吸うモンなんだっつーノ。年も健康も関係ねーんだよ」
それから、煙りを吐く口元から吸い掛けのそれを摘み、ほらよと亜紀人に手渡した。
手渡されても困るそれに小首を傾げる弟は、兄が何も挟まない二本指をトントンと口に宛てて吸う仕種をして見せたので、それで意を決し、真似た指に煙草を挟んだ。
弟がいざスゥと息を吸う段階で、海人はまたニヤリと口元を歪める。
「ちゃんと肺にいれんだぞ？」
「肺に？」
言ってる意味がよく解らない。とりあえずスッと一回、口に含んだそれを軽く吸う。チリチリと赤く燃える先っぽと、楽しげに見守る海人を確かめながら、もう一度軽く。
そして三度目には、あーそっか、と、口の中に逆流する煙を飲み込む勢いで大きく吸った。
「――…っ。ゲホッ！」
結果、亜紀人は噎せた。
うわっ、とか返すっ、とか、弟が喉の痛みに苦悶しながら突っ返してくるそれを、ケラケラと、陽気に意地悪く笑いながら、海人は美味そうに咥え直す。
「マズイと思ったら止めとけよ？」
依然笑い続ける兄がクシャクシャと頭を撫でて来るから、髪に染み付いてる匂いがやけに辺りに拡がった。
「見ろよカラス。豆電球に明かりが着いてる」
カズが仲間の前では滅多に吸わないそれに火を着けたのは、単なる気まぐれだった。それで何度か吐く煙の行方を、少し離れた所でまじまじと眺めてくる咢の視線が気になっていたら、目が合うなり抑揚無いそれが発せられたのだ。
イッキがブフッと吹き出すと、豆らしい乏しい灯だけどな、と一気にトドメを刺すつもりなのか、また酷い言い方をするから、咢の隣ではいよいよイッキが腹を抱えてヒーヒーのたうち、カズは赤面しながら憤慨した。
余程ツボだったらしい、笑いっぱなしのイッキに一矢報いるべく近づいた横で、咢が手を振って煙たがった。
「風下でやれよ、匂いが着く」
「あっ、ごめん」
咢がそれほど煙草を苦手としているとは知らなかったと、素直に謝るカズは気を効かせ、摘んで足元に落とそうとしたそれだったのだがしかし、次に返された言葉に、その手を宛てなく泳がせるしかなくなってしまう。
「別段かまわねーけど」
「？ どっちなんだよ？」
「吸いたいんだろ？豆々しく光ってろよ」
そんな風に答える咢は、頬杖を付いた下で少し意地悪そうに笑って見せた。
ふっ。と。
動いた拍子に久しぶりに嗅ぐ匂いがして、亜紀人ははたと小首を傾げる。
あれ？
腕を上げ、服を持ち合げ体中をクンクンと嗅いで回るのだけど、それきりその香りが鼻を突く事は無く、何処から匂ったものなのかも解らない。
けれど確かにしたのだ。
突き止めたくて、しつこくクンクンと鼻を効かせる最後に漸く気が付く。
そして顎下まで伸びた髪を掴むと、不思議なくらいに拡がるその――…
「懐かしい匂い」
fin.
++++++++++
お兄様的情操(？)教育で亜紀人達はすくすく育ったのですよー。(そうかよ)
髪って匂いがつき易いですよね？
2005.07.30up。
【BACK】
無料HPエムペ！
携帯モード]
[
URL送信]
