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あっち向いて
「…ッホイ!!」
「っだぁ!またオレの負け?」
「運命。梅サヨナラ」
「ないっ、ないわマジ。絶対動かねぇぞオラァこっから!!」
「意味ないだろが勝負の」
「あーもういいよ?オレ入れてくっから」
「だから勝負の意味がないんだって」
「イヤダッ!!死んでも離れてやるもんかっ」
「イライラすんなテメェ!」
「ねぇ君たち。あんま五月蝿くしちゃダメよ?真上の人、受験生で浪人生だから」
「地獄に落ちろっ!!」
「滑りません勝つまではっ!!」
「こーらーっ」
ドンッドンッドンッドンッ
「………ほらぁ…怒られた」
「"コ・ロ・ス・ゾ"」
「"欲・求・不・満"」
「…アテレコしない」
浜田の住む独り暮らしの城は一階がラーメン屋。二階が聞いたことのない劇団の事務所。三階が浜田で最上階が母親と二人暮らしの浪人生が入っている四階建てのコンクリビルだ。築十数年。2DKの三万八千円は破格かと思われたがそうでもない。人一人ようやっと入れる風呂が正方形。トイレが三日に一回詰まる。排水溝から腐乱死体並みのニオイが立ち込めるため換気が欠かせない。ベランダなどなく洗濯物は全て部屋干しになり梅雨時期はカビとキノコのダンスに悩まされた。詰まる所難も癖もある物件だったわけだがなんにせよ住めば都で浜田にとっては我が城である。そして梶山と梅原にとってもまた然りだった。
「受験生ねぇ…あったねぇオレラも」
「ギクッ」
「あったぁ〜マジ火事場の底力発揮したあの瞬間」
「ギクギクッ」
「寸での崖を片足で突っ立ってるようなもんだぞオマエ!って担任に怒鳴られたのが懐かしい」
「そっそ。最終サジ投げられてトラックの免許か船舶免許取れっつわれてマジ島流しにあうかと思った」
「オレ寺に入れって言われてバリカン渡された」
「ウケルッ!!やれよ坊主っ」
「死ね、梅」
「はっ?なにヤルんか梶」
「ちょーちょーちょーちょーっ」
コタツを挟み睨み合う二人の間に湯気の昇り立つカップを両手に差し出し、まったくもう、と息をつく。
「何だってそう頭に血が上んのがはやいかね…」
盛り上がる二人をよそに台所でコーヒーを入れ戻ってきた浜田はインスタントながらも香ばしい豆のニオイを放つ目覚ましがわりを連れてきた。誘われた視線は揺らぐブラックに渦を描いた白に落ちる。
「浜田スゲー!このカンジCMでしてるヤツじゃんっ」
「ムッフッフ。クリープをゆっくり回し入れてみました」
「うわーそのどや顔、ニクいねー。つか、梅が入れに行くハズのコーヒーだろが。オマエ飲む資格なし」
「はぁ?浜田が入れたのがウマイんだから別に浜田でいーじゃん」
「ウ、ゼ」
「シ、ネ」
「もうそのクダリいいから…」
色褪せた畳の上に配色の鮮やかなコタツ布団と対になったカーペット。足を伸ばせば中央で交通事故が起きるためそれぞれ足を組み暖をとる。年代物のエアコンは有れども節約に節電の為野放しにした気温一桁の冷気から逃れられるのはこの一角のみ。慣れたものとはいえ折角の温もりを逃がさぬよう慎重に足を布団に潜らせた浜田も血が廻る感覚に頬を緩ませてしまうのは致し方無い。いわゆるコタツマジックなのだ。外はちらつく雪模様。明日は待ちに待った補講テストがある。このまま世界が雪に埋もれてしまえばいいのになんて考えなくもない。
「…なーんかさぁ、浜田落ち着いちゃったよなぁ」
「へ?なに急に」
「あーわかる。やっぱ球児色に染まったんだ」
「はぁ?なんそれ。どんな色よ」
「真っ青だろ。スカイブルー。突き抜ける空色」
「あーっ!!オレ中坊ん時の怒れる仏だった浜田も捨てがたかったのになぁっ」
「なんその怒れる仏って!?オレそんな風に呼ばれてたの?」
「一部の奴等じゃ有名だぜ?キレさせたら最後、天に還すまでメタボッコ」
「いーやいやいやっ!してないからそんなことっ」
「オレが族の総長にラチられてさぁ、あぁダメかなぁもうと思ったときっ」
「颯爽とチャリで現れた浜田が頭カチ割られながらもトップのみ拳一つでメタボッコ」
「惚れたもんあんときオレ浜田に。抱かれてもいいって」
「やー見たかった。浜田の勇姿。ちょうどそんときオレ塾だったから」
「いやナイから。そんなのなかったから。新手のイジメなの?それともオレ知らん間に記憶飛ばしてんの?」
尖らせた上唇にシャープペンシルを器用に乗せ懐かしむように目を閉じた梅原と相槌を間合いよく打ち続ける真顔の梶山に頭を抱える浜田。机に隙間なく開かれた問題集と大学ノートは完璧なまでに雪色だ。転がったボールペン。意味もなく散らばった消しカス。冷たい打ち付けのコンクリ壁。ボーンと遠くで深夜を報せる鐘が打たれた。でもさぁと投げた言葉の間をとるように梶山はほろ苦い味を喉に流す。
「まさか援団するとは思わなんだ。この三人で」
浜田も梅原も同じように顔を上げ、ンマイ、と手にしたカップにまた口をつける姿を見た。
「やーマジありがとな。お陰でオレすげぇ楽しく援団やれてる」
「阿呆、礼言われたくて言ったんじゃねぇよ」
「いやさ、真面目。感謝してんだ」
「でたよ浜田のバカ素直っぷり」
「バカ余計じゃね?」
苦笑する浜田につられ頬杖をついた梶山がハハッと声をあげ笑う。コタツに入れていた腕を出し梅原もコーヒーを口に含むとカップの中で白濁色に広がった表面の層を勿体無げに揺らした。
「一時疎遠っぽかったもんなー。オレらのバカに浜田を付き合わせて留年させたようなもんだし、負い目あったかんなぁ」
「うわ、うわっ。ココにも居たよ馬鹿正直が」
「梶だって言ってただろがっ!このひねくれバカが」
「…ちょっと…何そのちょっとイイ話。泣くよ?オレ」
「バカか。簡単に男が涙見せんじゃねぇ」
「とにかくまたこうして駄弁れて嬉しいなぁ、良かったなぁって話でしょ!なぁ梶」
「オレに賛同求めんじゃねぇ。つーか実際浜田は浜田で問題あんだよっ。オイ浜田。この趣味のいいコタツにカーペット誰が買ったんだ?」
「えっ?………え、あー……う、や、時々ご飯作ってくれてた方が…」
「じゃあこのコーヒー入れてきたあのコーヒーメーカーはよ」
「……………前に住まわしてもらってた方に……」
「……浜田キライ」
「オマエは雪と共に消え果てたほうがいい」
「いや…ほんと…ほら今オレ球児色だから、ね?」
「オマエなんか真っ黒クロスケだバカやローがっ!!」
「出てけっオマエなんか」
「ヒッデ!!ここオレんちだしっ」
「よっし。勝負だ浜田。オレか梅が勝ったらオマエは出ていく」
「やんないっ絶対やんないっ」
「じゃあ女紹介して」
「……それなら、まぁ…」
「やっぱ出てけ浜田。あっち向いてーっ」
「やんないやんないやんないかんなっ!!」
「あ、浜田何あれ?」
「へ?」
「ホイッ!!」
「………」
「…あらー短い付き合いだったねぇ」
「さよなら浜田。とりあえず女紹介して出てけな」
「…………ヒッキョー」
左向け左。右向け右。脱いだ靴下。少しずつ増えていく他人の荷物。少し破れた金網。ヤニのニオイ。端で山積みになった洗濯物の側でハンガーにかかったシワ一つない団服の黒。難しい話はない。ちょうどいい空気を彼らは知っていた。とりあえずまずは明日のテストのヤマを張ること。彼らの心配はそれだけ。

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