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花が井戸に咲き田畑が島に広がる
上滑りする熱がどうしようもなく焦れったくて行く宛もなくさ迷っていた汗ばむ掌で短い髪を掴む。執拗すぎる愛撫は気持ち悪い。オレはそこまでコイツに望んじゃいなかった。
「…ッテェ、なに」
皮膚がつり上がり鋭く尖った凶器の目でオレは射られる。
「オマエさぁ…さっき言ってたことチゲェじゃん」
ソイツの顎にしがみついていた汗がスローモーションで涙型に変わりオレの脇腹を舐めた。
「さっきって?」
「"オレはやっぱ女がすきだ"」
「あー言った言った。で、なに」
「…オレの胸板は女じゃねぇだろ」
解りきっていたことを問うた事が滑稽で無粋だったから光を蓄えた散り際の蛍みたいに笑んだのかは未だにわからない。ギラギラという擬音で嫌味なほど地上は埋め尽くされた日だった。

不思議と呆気ない別れだった気はするが案外そんなもんだろうななんて思っていた自分もいて。胸に花を片手には黒の丸筒を持ち集まったグラウンドの真ん中で何か言うわけでもなくただ円になって立った。一欠片の雲もない澄んだ晴天。別れを惜しむ術もバカらしいほどこの空の下何処かで繋がっていると思えて清々しい。違う帰路につく姿を見送りオレもあの正門を後にして卒業を迎える。心残りはないと満開を過ぎたソメイヨシノがその身を散らしていく中思おうとした。うっすらひかれた桜色の景色に田島を見つけてしまうまでは。そう思っていたんだ。

背丈の高い夏草が覆い隠す錆びた塗炭屋根の農具小屋を田島は秘密基地だと言って湿気と土埃を撒きながら戸を開けオレを手招く。以外な涼しさに腰を下ろしたのも束の間。じっとり悶える息苦しさで目が覚めた。毛穴が噎せかえり呼吸すら儘ならない湿度に水分をねだりたくなる。蒸し風呂に閉じ込められたと後悔。買っておいたペットボトルに口をつけ半分くらい一気に飲み干すと田島が少し離れたボロのタオルケットを敷いた上でオレを見ていた。
「そんな飲むとなくなっちまうぞ」
「んだよ、すぐ出るからいいっての」
タンクトップに羽織っていたシャツを脱いで吹き出す汗を拭う。今にも田島の脇にあるドアを蹴り倒して出たい。外には熱の刺さる痛さがあったとしてもこの焦れた暑さよりはマシに思える。頭が逆上せそうで一瞬目眩を覚えたのは気のせいじゃない。ふーん、と鼻を鳴らした田島はTシャツを脱ぎ捨て仰向けに寝転ぶと足を壁に持ち上げ板張りをギッと踏みつけた。
「オイッ、壊れねぇのかよんなことして」
「ハハッ!!花井ビビリー」
「あのなぁ…で?何なわけイイもんて。何見せてくれんの」
秘密基地に呼ばれた理由をさっさと拝んで退散するべく急かす言葉を選ぶ。確実大したもんじゃないだろうと踏んでいる田島のイイモノをこの薄暗い空間に探したが使い物にならなそうなクワや片手だけの軍手があるだけで正味空っぽの箱の中には無さそうだった。
「そんな焦んなって〜」
「たーじーまー…」
「うえっ、コッエーなぁ花井って時々」
タオルケットの下から取り出した雑誌を低重音で唸るオレの足元に投げた。茶けた表紙で三冊分の全裸の女がコチラを見上げてホラやっぱりこんなもんだったんだと溜め息を落とす。
「えーすごーい田島こんなん持ってるなんてなー田島帰っていいかー」
「バッカ。こんなん前哨戦。素っ裸でブランコに股がってる女のさぁ最後の方捲ってってみ」
嫌みで抑揚もつけずに放った言葉をすんなり受け止め懲りもせず軋んだ音を出し続ける田島があろうことかエロ本を開いて読めと指令してきた。
「ヤだよめんどくせぇ…オレこんなん読む気ねぇよ」
動作一つ会話一つで根刮ぎ体力を吸いとられていく感覚に駆られこんなどうでもイイものに脳を貸すだなんて自殺行為だ。そんな愚かしい真似誰がすっかと舌打ちしたのだが。
「えーしゃーねぇなぁ」
大きく足を跳ね起き上がり三歩進むとオレの足元で広がったソレを拾い上げ親指で目星をつけたページを開き目前に寄越した。無理からな態度にカチンときたが一枚の見開いた写真を目にして一瞬度肝を抜かれた。
「…………男…」
「ホモな」
「…は?カミングアウト?」
「ちげーよ、オレは女がすきだ。こっちがホモ」
人差し指で紙の中縺れ合う二人の男を交互に指す。あぁそっか…、なんて小さく頷くオレもオレだが少なからず今カルチャーショックを受けていて幾つも水玉をソバカスの上で遊ばせている田島を見るしかなかった。
「最初さぁ、ゲって思って見なかったんだけどえらく気持ち良さ気な顔してっから興味出てよくよく見てみたわけ」
「…はぁ…」
「セックスすんなら女のが都合いいし興奮すんもんだって思うじゃん。男ってだって自分と同じだしさ。ない乳吸ってチンコ舐めて穴に突っ込むだろ?」
「いや、だろっつわれても…今異世界の言葉聞いてるみたいな気分だし…」
とにかく直ぐ様その違和感の元を視界からなくしたくて田島の腕を掴み上げると指先から本が落下した。
「なんであんな気持ち良さ気なんかわからんくって。だからさぁオレ試してみたんだよこないだ」
バサッと。音をたてた。
「………。いや…ハハッ…勘弁してくれよ……笑えねぇよ」
ヌルッとした不快感が手首を伝う。田島の片手を掴んだオレの手を田島の左手が捕まえたのだ。滑稽な格好だなぁ。笑って済ませばこの場はしのげるんだとわかっているのに喉の奥から声が出ない。逸らした視線が震えてヤバイ泣くと心が叫んだ。
「…そんなことぶっちゃけんな…墓まで持ってけよ…」
ハッと息つく暇もなく塞がれた口が熱くなる。数センチの距離に理解しがたい現実が転がった。
「わかった…持ってく。花井しか言わね。だからさ、共犯になってよ」
困った。困り果てた。倒れた場所の空気が逃げて埃が舞っている。立て付けの悪い板張りの壁からのびる閃光でそれがキラキラと輝く。
「…た、じま…」
「花井は何もしなくっていい。痛いこともねぇよ。…あ、クセになったらごめんな」
不気味なほど静かになっていく鼓膜には吐く呼吸だけ大きく聞こえて暑さにやられたのか少しずつ思考がおかしくなっていった。浮かされる熱に酔ってきた最中田島を捕まえた悦びを確かに感じていたんだ。

「っ、田島っ!!」
ブワッと強く吹いた風で枝から花弁が一斉に飛び立っていく。肩に丸筒を当てたまま振り向いた田島の身長がオレに五センチ追い付いたとしたって見上げる形は変わらない。
「よっ、どした。あっまだ言ってなかったな。そっつぎょーオメデトーっ!!」
屈託ない笑顔はあれから変わることなくたった一度きりの事情は瞬く間に日常に埋もれ枯れていった。
「…おう。卒業おめでとう」
正装していたジャケットは小脇に抱えられネクタイは無いに等しく不細工によれている。窮屈そうな格好より今の姿が何にも囚われない田島に合っている気がする。今の今まで追い付くことなど出来なかった。あの時感じたこともオレの欺瞞だ。
「オレ、今日見た桜は一生忘れらんねぇなぁ」
近く18になる年だ。破天荒に変わりはないがむやみやたらに羽目を外すことはなくなった。有難く三年主将人生を送らせてもらっが目をかけることも少なくなった。桜を仰ぐ姿から自分の足元に視線を落とすと下ろし立ての革靴の上で薄い花弁がクルリと舞って。そうかお別れなのかと呟いた。
「田島…行くな…」
握った拳が痛い。
「行くなよ田島…共犯になったじゃんかっ!オレ、…まだオマエとっ…」
いたいんだ。離れたくないんだ。寂しいんだ。田島。
オレらの間にまた風が吹き桜吹雪がオレの情けない顔を隠す。ただ向こう側で燐と立つ田島にまたオレはこんなときでさえ惚れるのだ。満開の桜じゃなくて何とも潔く華やかで深く胸に焼き付けてしまうこの散りゆく桜が田島には似合っていた。
「ありがとなっ」
頬が濡れていくけど今目を閉じればあの瞬きは消えてしまう。
「でも無理だ。無理だと思ったからあの日のあの時間があったんだ」
最後のひとひらが空を緩やかに流れていく。
「オレの秘密基地なんて嘘だよ」
桜色の絨毯が掃かれて緑が芽吹くとこの学校一面がまた夏を迎え青々と繁ったあの場所は隠される。
「…んなの、気付いてたわ。とっくにな」
朽ちてなくなったとしてもオレらがこの先二度と逢うことがなかったとしても確かに彼処は二人の秘密基地になった。大きく手をあげて去っていく後ろ姿にまた桜が凪いでそれはとても綺麗だった。風に歯向かい顔を上げると艶やかな春が目を覆う。
「オレも…一生忘れねぇ」
二人で最後に見た桜だもんな。なぁ、田島。



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