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気後れのシリウス
「………」
「お?どったー三橋ぃ」
「……弁当……」
「へ」
「まさか持ってくんの忘れた?」
昼休みのチャイムが鳴ると同時にずっしりと重みのある弁当箱を抱え至福の笑みで一目散駆けてくる彼が机に鞄をのせたまま微動だにしない。声をかけた田島と泉にコクリと頷く三橋は一日分のライフラインを絶たれた事実に灰となり崩れ落ちそうである。
「ドッヒャー」
田島は色素の薄い髪に顎を埋め三橋を羽織う格好で口の空いたエナメルに手を突っ込む。有るのはビニールに入った使用済み練習着とその替え用。淡い期待など何処にも見当たらず項垂れた三橋の額を掌で撫でた。
「三橋、金持ってっか?」
泉の問いかけにポソリと溢れた音を田島が拾い上げ、持ってないって因みにオレもない、と伝える。
「オレも。わかった、待っとけ。オイッ浜田ぁ!」
セーターから出た力無い手を宥めるようあやし視線は三橋に落としたまま声だけ後ろへ投げれば溜め息吐きつつも健気にやってくる彼の名をもう一度呼ぶ。
「…良ければ顔くらいオレに向けて呼んでもらえますかね…」
しかめっ面で近寄ってきた浜田に泉は悪びれる事なく顎をクイと持ち上げた。
「そこでジャンプしてみ」
「へ?何で」
「小銭持ってんだろ。ほれ、ジャンプ」
「完璧カツアゲだからそれ。絶対ヤダ」
苦々しく舌打ちで返された反射で構えの体勢に入った浜田に田島があのさと続く。
「三橋、弁当忘れて手持ちもねぇんだ」
頬を両手で挟みグリンと三橋の顔を横に向けると灰人化した白目が泉に並んだ浜田と合った。
「なんよ、そういうことね。なら全然奢るし」
「えっ!?…っうあ、浜ちゃ、いい悪いっ」
「いい悪いってどっちよ。バーカ甘えろや購買くらい、腹減ってんだろ?」
ニッと快活な笑みを返す浜田に我に返った三橋がう、あ、と言い澱むと左右から餅のように頬が引き延ばされた。
「遠慮すんな痩せの大食い。そんなんで部活出てっと阿部に怒鳴られんぞ」
「別に阿部はどーでもよくね?ってか腹減ってっと100パーで野球出来ねぇしつまんねぇって」
泉と田島の顔の影が三橋の視界に濃く落ち焦点があった瞬間。我慢の頂点を越えた腹の虫が複雑な和音を奏でたのだ。
「〜〜っっ!!浜ちゃんっカツサンドッ、お願いしま、す!!」
どんな一大決心かという程の鼻息で立ち上がると深々と頭を下げ恐る恐る窺うような目線を向けられた浜田は苦笑するしかなく軽く握った拳を猫っ毛にコンと当てた。
「おっ!380円ぐれー任せろやっ」
「んじゃオレ、ハムサンド280円お願いします」
「オレ、チョコチップメロンパン150円お願いしまーっす!」
「ハァっ?ハァァっ?何乗っかろうとしてんだよ、しめて810円…ってオイこら待て!」
浜ちゃん優しいと火照らせた顔に描いた三橋の真似をして深々礼をした二人は制止を無視しムンズと掴んだ三橋を引きずり教室を出ていく。
「三橋餌付けさしに行ってくっから〜浜田待っとけよ!」
「オレらの飯机に置いとけよパシリ!!」
え、ウソ、マジで。と一人残された浜田に同情の目だけが温かかった。

「つーわけで」
「アーン」
「何がつーわけでだ、何が」
牛乳パックを最後の一吸いでヘコませた巣山は空いている椅子を寄せ立ったまま無理矢理口を開かされ今に涎でも垂らしかねない三橋に手招きをしそこへ着席させる。
「紳士服巣山」
「うわ、スーツの店みたいに呼ぶな」
ニヤつく泉に照れを誤魔化しつつ弁当の包みをほどく。
キュロロロロロ、グーギュルルル、クルクルクルクル。
「……三重奏」
「ブッアハッ!!!なかよしっ!三橋だけじゃなくて二人も食べてないんだ?」
向かいに掛けた栄口も結び目に手をやったがあっそーだと水色のビニール袋を鞄から取り出した。
「これね、姉ちゃんが作った甘食なんだけど…大量に作っちゃって非常食並みにあったから持ってきたんだ」
三橋の前に置かれたその中からふわんと砂糖のニオイ。ただそれだけでとろけそうになる自分をグッと堪える。
「もらって…いーの?」
「全部貰って皆で食べて。その方がオレも助かるし」
「マジッ!?すげー結構あんじゃんっうまほー!!」
「あっアリガトーっ!!!」
顔を真っ赤にし甘食と栄口を交互に見て全身全霊で感謝を伝える。
「じゃあオレはこれな。はいアーン」
巣山の言葉に素直に対応した三橋の口の中でフワッとした食感と黄身のとろみが全細胞を駆け巡る感覚で目が見開き幸せに全身が弛む。クテンと椅子に背中を滑らせると口を波打たせながらいつまでも食んでいる。まさにご褒美を貰った犬や猫のよう。栄口と巣山は顔を見合わせ好き放題その悦に入った顔をいじり倒すも思考は遥か彼方アンドロメダくらいに飛んでいってしまったようで反応は返らない。
「んじゃっ餌付け終了ってことで次行きますかっ」
「栄口、巣山サンキュー!」
立ち見していた二人がニカッと笑顔を残し両脇を抱えられまだ卵焼きの味を楽しんでいる三橋は構うことなく引きずらていきしかと握られた袋からの甘いニオイだけ置いていった。
「ホントにまぁ…」
「見てて飽きないよねぇ」
見送ると迷わず巣山が卵を選び口に運んだので栄口も弁当で鮮やかさに富んだ卵焼きに箸をのばした。

「はい、アーン」
「じゃオレも、アーン」
ミニハンバーグとウインナーなんて最高の組み合わせじゃないか。先程の余韻を堪能していた三橋の口内で今度は革命が起きた。肉汁にここまで感動を覚えたのは初かもしれない。
「ウッハー美味そうだなぁ…オレの腹もう結構限界っ」
「うら食ったか?食ったな?さっさか次行くぞ、次」
「え、あれ?二人もまだなの、お昼」
「優しいなぁ、じゃあこれあげるよ」
自分の胃がキュウとか細く鳴きソワソワしだした二人に沖が問うと西広がポッキーの小分けになった袋を差し出した。
「に、西広マジか…もらっていーの?」
「いーよどうぞ食べて」
「ヤバイ田島、ポッキー貰って泣くかもと思った」
「チョー大事に食おうっ」
泉が震える手で銀袋を掲げ田島が拝む奇妙な光景に西広は思わず吹き出してしまった。
「美味いかぁ、三橋?あっ、じゃあオレこれ三橋にあげるよ」
対角で三橋が幸福そうに目を細めているのを頭を撫でつつ沖自身幸せな気持ちで眺めていて何かもっと喜ばせたいと別で買ったクリームパンを出した。すると三橋はピクッと反応して飛んでった意識が戻ってきたのだが途端小さな爆発が身体の中で起こったかのように全身が赤く膨らむと穴という穴から空気が一斉に放出され左右に揺れながら萎んだ上半身が机にへばりついてしまった。
「へっ!?三橋っあれ、どーしたっ」
人間業とは思えない器用な動きにビクつく沖に神か仏かと崇められていた西広が荒く鼻で息をする三橋を確認し、成る程と呟く。
「大往生です」
「わぁっ!何言ってるんだよもうっ!!」
「ハハッ、ごめん。いやぁしかしこの満足そうな顔。見てるこっちが救われるね」
頬杖をつき三橋の柔い前髪を掬いハラハラと落とせばくすぐったいのか肩をモゾリと動かす。
「あっ、イタズラしたくなった」
「へ?イタズラって何すんの」
フフンと口角を上げた西広がシャツのポケットから取り出したもの。
「……妹の?」
「そっ、可愛いイタズラ」

「あっれー、なんしてんの?」
「お、あーオマエらイイとこにっ!」
「えっ、何々?」
「「トリックオアトリートッ」」
「…季節違わねぇ?」
「アハッ、ウソウソ。何処行くん」
「喉乾いたから自販だよー」
「えっナイスタイミング。奢って」
「バットだわ、こっちからしたら。嫌だ」
「じゃあ神的なポッキーやっからさ」
「いらねぇ」
「なっ!?花井テメェ…オレらの救世主にいらねぇはねぇだろが、祟るぞっ」
「こえーわ」
「えっ、ポッキーくれんの?オレくれんなら一人分奢ってもイイよ、パックだけど」
「水谷チョーイケてる!!幸せが訪れるであろう」
「うっそ、ヤッタ!ねぇ阿部ジュース奢ったら幸せのポッキーくれるらしいよ?」
「なんで三橋死んでんだ」
「スマートに無視ったねー今」
廊下で鉢合わせた時には昼休みも半分過ぎていて摘まみ食いもそこそこに自分達の弁当にありつこうとクラスへ向かう最中だった。阿部は引きずられ手元の袖口が伸びた三橋に近付き顔を覗き込む。
「………バカか?」
構い慣れされていない三橋にとって今日一日はなんとも刺激的な一日だった。それ故オーバーヒートした脳が一時的な仮眠に入ってしまい三橋本人は今頃花畑で蝶々でも追っかけているはず。弛みきった顔にチョンとイチゴのワッペンが付いたゴムでくくられた前髪はイタズラの痕跡。
「おえ?寝てんの三橋」
「おーよ器用にな。餌付けで満足したんじゃね?」
「餌付けってなんだ」
「三橋ベントー忘れてさぁクラス回って分けてもらってた、食いもん」
田島が指差す三橋の腹の上には大事そうに抱え込んだ恵みの品々。あーと花井は腰に手を当てさぞや喜び疲れただろうと小さく笑う。
「えーなんだそーだったのか。プフッ不細工な顔だなぁ」
手首を引っ張られている状態の三橋の胴体は伸びきっていて向こうに足先。水谷が鼻を摘むと口をムニムニとその違和感に動かした。
「コイツ背中冷たくないのか?」
花井が廊下を指先で触れば痺れる位には冷たい。
「えぇ?三組からこの状態で来たけど…」
「オイ」
急に田島と泉の腕を少し強引に引っ張った阿部によって三橋は支えを無くし後頭部は数センチの所からタイルにダイブした。
「こんな無理矢理引っ張ってコイツが肩壊しでもしたらどーすんだよ」
「あ、そか。ワリィ」
「因みに頭は打ったよ今」
「花井」
「お?」
「三橋おぶれ」
「…ハァ?」
それでも尚健やかな寝息をたてる三橋は起きることを知らず花井に背負われたことさえ後で知り顔を青ざめさすのだ。
「ウワ…重いな、コイツ」
「寝てるから子泣きジジイ化してんだよね」
「腹へったなー!!」
「結構収穫あったし三橋もオレらも満たされっだろ、腹」
「水谷、三人分ジュース奢ったれよ」
「へっ?」
「うわっ!阿部やさしー」
「チョー待って!!オレでしょ誉めるとこ」
「「三橋の分までゴチんなりまーす」」
水谷を挟みケラケラと笑うそばかすを後ろから追う花井の背に三橋の丸まった背中。引きずられ少し汚れた白に近いセーターを阿部は起きぬよう軽く払うと予想より暖かい体温に少しホッとしたのだ。


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