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宿る微睡み
笑って済むのならそれが一番得策だと栄口はおもっている。かかりたくもない火の粉はなるべく避けてきた。平和主義者だとは言わない。喧嘩なら数えるくらいはしてきた。ただ丸く治まることなどなく誰かの中で煤けた燃えカスが残ってしまう。それが嫌だった。だから笑ってかわせるならそうしたい。あまり深く関わらず干渉せず。いつの間にか身に付いた栄口の対人関係の築き方は出来立ての彼女にとってそれは物足りなかったようだ。
「束縛してほしかったんじゃねぇの?適度に」
「適度にって、例えば」
「知らんわ、女の考えることなんて」
「まぁ、そうだよなぁ…はぁ、しっかし泉に見られるとはビックリだ…」
「フハッ!バッチリ見た、別れ話現場。気マズー」
軒先に雨宿りする二人を追いかけてきた雷雲が容赦なく地面に水滴を叩きつけている。何もこんな日に呼び出すこともなかったのにと今さらゴチても意味はない。遠くで閃光が走ると灰色の景色が驚き瞼を閉じれば遅れて地響きがした。隣から短い口笛。雨避けに被ったフードのファーはぐっしょりと濡れているが泉は気にする様子もなくまた一つ稲妻が閃いた。
「なんか、オレら会う時って結局雨じゃない?」
「え、そっか?…うおっ!今のデケェな…耳キーンつった」
「そうなんだよ。こっからオレん家近いけど寄ってく?」
ジーンズのポケットを探ると払わされた喫茶店のレシートと小銭の他にキシリトールが二つ。ん〜、と曖昧な返事はいつものこと。銀紙の小さな包みを泉の目線の高さに投げると右手で見事にキャッチした。
「ナイキャッ」
「とーぜん。なん、ガム?サンキュ」
「うーい」
閉まった精肉店のシャッターに寄りかかり緑色のメンソール味を舌で受け止め奥歯に運んだ。道路の表面には薄い水の層が出来はじめ横切る車が何度も迷惑な飛沫をあげ視界から消えていく。告白してきたほぼ初対面の彼女を三週間でどう受け止めれば良かったのか。
栄口くんて以外と冷たいのね。
三週間で自分の何がわかったと言うのだろうか。
「さか……エッグシッ!」
「…今呼んだよね?」
ズッと鼻を啜り、あーと抑揚のない声を出す。フードを脱ぐと湿気で重くなった髪が泉の頬にへばり付いていた。ダッフルの袖で強く擦ったのか鼻の頭が赤い。
「プッ…赤鼻の泉」
「あータイミングわりぃ」
「なんよ、なんか言いかけたんじゃないの?」
「んあ?もういい、言う気無くした」
「なんだよそれ、チョー適当じゃんっ」
傘をさしたスーツ姿の女性がヒールを鳴らして足早に通りすぎる。一瞬コチラを見たのは栄口の明るい笑い声が聞こえたからだろう。
「……はぁ楽し。なんかさ、高二だし付き合うのもアリかなって思ったけど。やっぱまだなんかダメだな。野球やって皆でバカやってるのが全然イイ」
「そんなん女の前で言ってみ。草食系男子の枠組みにすぐ入れられちまうから」
頭の上で掌を立ててあれはウサギのつもりだろうか。已然として泉とつるむこともなくお互いチームメイトの枠の中で居座る関係は栄口にとってとても心地のいいものだった。泉に問えばあまりイイ顔をしないかもしれないが密かに感じることがある。
オレと泉ってきっと似てる。
「…なぁ」
「うん?」
「オレあんま何に対しても執着持たねぇけどよ」
「うん」
「栄口とはジジイになっても時たま会って酒とか飲んだりしてる気がする」
「………泉」
「お」
「…オレもそう思ってた」
「………」
「………」
「キメェ」
「同感」
言葉にした瞬間気恥ずかしさと素直になりきれない自分に惑う。無言の時間はすぐにやって来て繕うような会話もなかった。ただ雨が止むのを待っていた。轟く雷鳴が裂いた雲間にクリーム色。適度な距離を保ったまま同じ空を見上げきっと忘れた頃に何処かで出会って天気は雨でやっぱり居心地がイイ静かな時間を共有する未来に思いを馳せた。



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あきゅろす。
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