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君は稲穂をみていた
髪を切ったと言うのでそうなんだと返すとほつれた腕章を直す手をパチンと弾かれた。
「なん、危ないよ?針持ってっしさぁ」
椅子に股がりオレの机をすっぽり包み込んで寝そべっている泉の癖髪がチョンとはねている。空に浮かせて針を通せるほど裁縫は得意ではない。
「…だりぃ…」
「風邪ひいた?」
「バカじゃね?」
それ暴言、答えじゃないし。まぁ素直な泉なんて鳥肌もんですが。急遽自習となった五限目の教室はそれは賑やかでいつもの二人組の姿はなく尋ねると知らん、とだけ返ってきた。間延びした空気は睡魔を呼んでマフラーを枕代わりにチラホラと眠りにつく姿も見える。泉もその類いかと放っておいたのだがそうでもない様子。とりとめもない事を口にしてはさっきのように暴言を吐くか足や手を出してきた。読めない意図は無理矢理読まない。オレにそんな芸当はない。
「昨日モンハンやっててよ」
「……あぁ、ゲームね。ハイハイ」
「…いい肉が焼けたんだよ、肉」
「…………肉焼くゲームなん?」
「死ねよ」
「っ!だあっっ」
勢いで涙が出た。弁慶に爪先でクリティカルヒットされ右足が飛び跳ねると机の裏に膝がぶつかり泣きっ面に蜂をみた。バカでぇと嘲笑われるのは心外である。
「っ…うぅ…ちょっと泉さっきからなんだよ、いい加減怒るよ」
椅子に足をあげあやすように擦って黒髪の後頭部に怒気を放つと面倒臭そうに眼尻だけ持上げた。昼休みあけの空気はこもっていて弁当でカレーを食った奴がいるらしくスパイシーな残り香を今吸い込んだ。吐く息も二酸化炭素として誰彼わからずあちこちに浮遊しているのだろうとか当たり前の事をまざまざ考えると割りと気持ち悪い。換気で開けられた窓は早々に窓際の奴に閉められていた。
「……そういや、家の近所の婆さんが田んぼやってて少し前まではわんさか稲穂が実ってて頭をヘコヘコ垂れてたんだわ。そりゃもう誰かさんみたく」
あえてその誰さんの名は聞くまいと口をヘの字に曲げもう出来そうもない裁縫は諦めることにした。取り合えずの仮留めをして糸を八重歯で切る。掛けた鞄に手を突っ込み百均のソーイングセットを探るため上体を屈めるとパチリと泉のおおぶりな目とぶつかり、お、と声が出た。
「うわっ、ゴメンむちゃ顔近い」
仰け反り背もたれがギッと軋む。明らかに動揺したオレに目を丸くし肘をついたまま身体を起こす泉の睫毛が長いことにはじめて気付いた。
「あ、ハハっ…泉って化粧とかしたら映えそうだねぇ…変な話だけど」
ビックリした。揺れたのだ泉の睫毛がオレの息で。妙に高ぶった鼓動が雑音に溶けてこんな煩さけりゃ泉には聞こえまいと安堵する。誤魔化す笑いが止まらずに喉元に手をあてがうと何か言いたげな口許を強く結びいつも動じない瞳が大きく揺れて自分の腕に顔を押し付ける姿があってまた胸が震える。
「……どしたんだよ。泉」
「さわ、んな」
伸ばした指先が手の甲で阻まれたけど声が確かに震えていて泣くのかな、と思って不謹慎にも泣けばいいのに、と願った。泉の威圧感に負けて忘れていたが体格差はかなりあるオレたち。今泣いたら慰めてやるのに丸くなった背中を優しくなぜてやるのになぁ泉。優越感とはなんか違く感じるのは気のせい?
「なぁ……稲穂がどうしたの?」
「………うっせぇ、バカ浜田」
だからそれは答えじゃなくて暴言ですから。凄む目がオレを射るように見るけれどあれ、なんか余裕だな。狼狽えていたこの視線さえ受け入れている自分にビックリする。あぁ前までは瞼に前髪かかっていたのに確かに短くなってるなぁ。ニヘラと嫌味で笑えば青筋たてるんじゃと思ったが違った。結局泣きもしなかった。
「……キメェ顔すんなや、浜田」
「えっ?えぇ〜エヘヘヘヘッ」
「ガチキメェ……マジなんでオレこんなバカ野郎を……あぁぁっ!!」
癖っ毛を思い切り振り乱した泉はそれはもうエアリー感溢れる髪型に変身して、あぁあぁもう〜、整えようと触れた指先はもう拒まれなかった。
「で、稲穂の話する?」
「……するわ、稲穂の話する。浜田バカだし。いいわもう」
泉の黒髪はスッカスカにすかれていて指を通せばすぐ元に戻っていく。
「稲穂が緩い風に揺られて太陽にチカチカ照らされてっとさぁ。黄金色に見えんだわ、一面。金色の野に降り立ちてっつう名台詞思い出すくらいな。……したら急に顔が浮かんだんだよ」
手を離すのが惜しくて指先に黒を巻き付けて遊ぶんだけど何だろう泉の顔が上手く見れない。
「その田んぼ霜が降り出す前におっさん連中総出で刈り入れしてってさぁ。後は固いとこ残して柔こい金穂だけ何処にもなかった。したらまた顔が浮かぶんだよ。いなくなったわけでもねぇし次の日学校に行きゃバカな面拝むハメになんのにさ。…なんか、呆けて畦道に突っ立ったまま……、泣いてた。…バカだよなぁ」
癖付くからヤメロってオレの手首掴まえてもとから癖っ毛だろって返したくても言葉が出ない。変わりに出てるのは、
「……………………、なに泣いてんだよ」
「……っ、ウルサひよ……うっ」
堪えきれない嗚咽。教室の連中がオレを見てやがる。泉は野次られている。ヤバい鼻水垂れてる。捕まえられた手の甲で目元を隠すと泉の指にオレのしょっぱいであろう涙が流れていく。
「……冷てぇわ」
「ゴメッ……左、針持って、から……」
「ゲッ!?ネバいっ!鼻水つけんなやっっ」
「ゴホッ、ゴメッ、………泉くーん……涙腺壊れた、かも」
「ハッ。バカ浜田に箔が付いたじゃん。最強じゃんバカの」
「なっ!?酷くねぇ?オレのことすきなくせにぃ!!」
「おぅおぅおぅ?ダーレがんなこと言ったや、あ?死んでも言わねぇぞんなことは」
「バカッ!泉バカッ!ツンデレもそこまでいったらエグいだけだかんなっっ」
「構わねぇよ」
何だよやっぱり泣くのはオレなのかよ。
掴んだ手首を離した泉はそのままオレのデコを鷲掴みにする。
「オレの愛情表現のが更にエグいかんな、覚悟しとけや」
米神がギリギリ軋むのに無駄に笑顔が優しいのは何でだ。痛みで涙が止まりません、泉に勝てる気がしません。だってオマエの顔直視できなくて俯いてしまっているじゃないか。まぁこの状況をさっきの言葉の肯定だととってくれても構わない。
だからどうか、オレの金色をずっと見ていてくれないか。なんてサブイボがたつようなことは言わないでおく。



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あきゅろす。
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