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歩むA
助けて、と訴えかけた視線は沖の苦笑で相殺された。栄口の腰に腕を回し覆いすがる男は今にも泣き出さんばかりの腫れた目をしてこちらを見上げてくる。男の後ろで控えた部下たちはひれ伏したままで一人だけ馬の側で立っている男も知らぬぞんぜんと目を背けていた。
「ユウト様っ!貴方も人が悪い!私がどれほど貴方様のことで心痛したかわかりますまいっ。この様な所でのほほんと土と戯れておられたとは怨みはせずとも苦言を申し上げたい!」
「あ……、はい……スマセン…」
カッと見開いた眼にもうタジタジである。しかしながらこの心配性。言葉や態度は違えども愛すべきこの人間性。苦労性も変わらずの様子でまぁ気をもませていた張本人は自分なわけだけれど。怒濤の猛攻撃がなければ今にも随喜の涙で咽ぶところだ。
「なんだ……、ビックリするくらい花井だなぁ…」
肩の力が緩む。知らず知らず緊張を背負っていた様でここにきてようやく栄口は笑えた気がした。甲冑を纏い雄々しく馬で駆けてきた栄口の迎え人は花井と呼ばれまた一層目元を吊り上げた。
「またハナイなどとっ!格ある貴方様が呼ぶ呼び方ではございませぬ!アズサと!アズサとお呼び下されませねば私めは顔をあげることが出来ませぬっ」
「ええっ!?何言ってんの?それ花井が一番怒るネタじゃんかっ」
「怒る!?私がいつ怒りましたかっ!あぁ…ユウト様どうなされたのです、まるでユウト様であって別人のようだ…」
芝居がかった台詞回しに目頭をクッと押さえた花井は夢ならば覚めてくれと呟いた。その時。
「ハナイ、オマエうるせぇ」
高みの見物よろしく突っ立っていた同じ身形の男がハナイの背に躊躇いもなく踵落としをきめこんだ。
「い…痛い…夢じゃないのか………アベ…後で覚えておけ…」
鈍い音で栄口の腰から崩れ落ちた花井はパタリと静かになる。あまりにもの出来事に口のヘリをひきつらせている栄口に目許だけ見せた兜を静かにとったその男は低く腰を落とした。
「見苦しいものをお見せいたしました。これもハナイの貴方様への忠誠あってのこと。ご無事で何より…タカヤも貴方様にこうしてお会い出来嬉しく思っております」
続けざますぎて目を疑うより他なかった。花井が阿部が変わらぬ姿であることに戸惑いを覚えるしかない。阿部にまでもこうして傅かれている様も不気味でこそばゆいがしかし何より栄口はただただ込み上げる気持ちに嘘はつけない。
「…うん。うん、ありがとう…。オレも二人が元気そうで本当に嬉しい…」
唇を噛み締め自分の今のクシャクシャに不細工な顔を公然に晒す恥ずかしさよりも胸に重く沈む安堵にひたすら酔っていたかったのだ。光栄至極、と阿部は答え潰れていた花井もいつの間にか膝まづいていた。
「ユウト様、では一刻も早く城へ戻りませねば」
「………、え?」
「主不在の城など只の箱庭にございます。ユウト様の馬もご用意いたしておりますれば。貴方様のいるべき所は此処では御座いませぬ。私は貴方様の今のお姿を見ることさえ偲びのうございます」
奮起し立ち上がった花井は阿部に視線を向けた。それに合わせ阿部は後方で待機していた部下へ向き直り右手を大きく掲げ咆哮を発射する。
「これより帰還する!各自隊を整えよ!民衆は道をあけ帰路を妨げるではないっ」
答えた声は素早く五つほどの固まりをつくり阿部もその中へと消えていく。村人も呆然と眺めていたが先の一声であわやすっかり建物の一部へ避難してしまった。花井はそれを確認し栄口を隊へ誘導すべく手を取ろうとした。
「さぁ、ユウト様お急ぎください」
「ま、待ってよ!オレまだここの人にお礼も言えてないんだっ」
「礼なら私の方で後程済ませておきます。なんの、貴方様の手を煩わせましょうか」
「そうじゃないよっ、そうじゃなくて…あ!沖は!?……あれ?」
振り返ると先までそこにいた沖の姿はなくあるのは遠巻きに眺める視線だけ。
「オキ…、とは?」
「なっ!沖だよっ沖利一!花井何言って……っ」
眉をしかめる花井に栄口は口を塞いだ。この花井は沖を知らないのだ。否、沖利一を知っているのは自分だけであった。奥歯を噛み締め悔しさに歯向かうのはどうしようもないこととわかっていながらだからこそ記憶を分けた沖には一緒にいてほしかった。
「……オレ、沖を探してくる…おばあさんにもありがとうって言いたい…」
「何を言っておいでですか、我が国とて今非常事態なのです。貴方様がここにいる時間は一秒足りともないのですよっ」
逃げようとした腕をさらに強く掴んだ花井の力はびくともせずに思わず強く睨み返してしまう。
「伝令っ!!」
そこにまた阿部の声が響いた。後方から蹄の音が地を揺らしマントを靡かせた長身の男が花井の側で華麗に馬から飛び降りた。その姿にまたも栄口は息を飲み目を丸くする。そして直ぐ様名前を口にしていた。
「巣山ぁ!」
「ユウト様、御身変わらずのご健勝ぶり何よりでございます」
胸に手を当て深々と一礼した巣山はもう一度栄口を見てにこやかに微笑むと表情を戻し花井へ顔を向ける。
「ハナイ殿、留守中の勝手申し訳ない」
「いや、如何した。スヤマ殿が馬を駆られるなど…、大事か?」
「……。来訪者があった。人を探している、と。いずれ城にやって来るだろうから待たせてほしいと」
険しい顔付きで花井は小さく、廻者か?とたずねるが巣山は首をふった。
「あのふてぶてしい様子。自ら出向いたが警戒すべき点はなかった。兎に角、早く帰るにこしたことはない。なので…」
そう言うと大きく息を吸い巣山はグンと頭をひき前にいる栄口の耳を両方の手で塞いでしまった。ハテナを浮かべる栄口をよそに花井はビクッと身体を揺らし急いで指で耳栓をしたのだ。それもそのはず。
「オキと申す者!いたら姿を現されよ!!」
巣山が発した大声は大気を振動させ塞いだにもかかわらず鼓膜をキンと貫くほどだった。
「す、スヤマ殿…貴殿の声帯を一度拝んでみたいものだ」
耳を擦る花井に巣山が悪戯っぽく笑い栄口の耳鳴りも止んだとき。
「オレです」
振り返れば姿がなかった沖が栄口の後ろで立っていた。
「オキか。一緒に城まで来ていただく」
「ハイ」
沖は巣山に言われるがまま後をついていく。その背を栄口は不思議な気持ちで眺めていた。
「ユウト様、行きましょう」
花井に連れ立たれ歩きだす栄口に一度も振り返ることなく沖は巣山の後ろで馬に跨がる。
「…あの…、オレ馬乗れない、と思う」
「へっ!?…わ、かりました…でわ僭越ながら私の後ろへお乗りください。…城へ帰ったら色々問いたださせていただきとうございます」
沖は自分もこうなることを知っていたのだろうか。平然としすぎている沖の表情が今は見えないことが一番不安であった。

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あきゅろす。
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