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RPGパロディー【勇者栄口の冒険】
[序章]

気がつくと栄口は風荒ぶ草原に立っていた。
「……………」
後ろで木々が唸り野獣の遠吠えにも聞こえてすくむ足。ただただ彼方に見える地平線を眺めることしか出来ずにいた。
「……お、……ーい……みんなー…」
蚊の鳴くような声を出してみたところでそんなものは生暖かい横風に吹き消されてしまう。そろりと目線を下に移せば自分の着ている知らない柄模様の布巻に背筋がただならぬ恐怖に震え上がった。今にも崩れ落ちんとする膝に拳を殴りつけると足首まで覆い隠す雑草がせせら笑うようにざわめいた。
「……ふ、ざけんじゃ…ねーよぉ……」
痛かった。大層強い力で殴ってしまった膝も握った拳も。それは痛かった。ただ足はきちんと地についていたし見慣れないがしっかりとした靴も履いていた。自分が不確かな状況下におかれた場合確かに少し腰を折ったような前傾姿勢になるのだなと身をもって体感した栄口は足元に転がっていた野球ボールを拾い上げて一歩足を踏み出してみる。足の裏にいつもより鮮明に土の感触を感じながらまた一歩また一歩と歩を進めていく。その度にまざまざと突き立てられる現実は遥かに理解しがたく握りしめたボールの感触だけが栄口の希望を繋ぎ止めていた。



※※※



ギョッとしたのは朦朧とした両眼でもはっきりと人骨をとらえたからである。朽ちかけた頭蓋から延びる右腕を栄口は無惨にも踏み潰していたのだ。金切り声を上げ尻餅をついたのは音もなく塵と化した屍に驚いたからではない。分断された五指があったであろうそこから二つ回転した白い球体に絡む赤い糸に言い知れぬ恐怖を感じたのだ。後退することは神経が壊死した下肢が拒んでいて砂を踵が掻いては滑る。ズリリと嫌な音が足元をつたい這い上がった。途端もどかしくも鈍重な身体は一切の自由を無くし栄口は暗黒へ堕ちた。

「栄口?」
網膜に乱暴な程の光を受けて強く眉間を結んでしまった。
「何かうなされてたみたいだけど大丈夫?」
痺れた感覚が支配する身体をよじると額から絞りのあさい濡れたハンカチが滑り落ちた。もう一度、大丈夫?と問われたのでとりあえずしっかりしてきた意識を問いただせば今の自分はまだオカシクはなかったし返事として頷いた。そっか、と間を置いて返ってきた言葉に栄口はもう一度頷き枕にシミをつくっていくハンカチを広げ顔を拭えば渇いた肌が水分をたっぷり吸い込んでいく感じがした。すると背を向けた側で座っていた椅子から立ち上がる様が顔にかかる影でわかり飛び起きると同時にその腕を掴んでいた。
「…っ、沖…」
驚いた表情に呼べば答えるように笑顔をつくる見知った彼に栄口はもう一度すがるように聞いてみた。
「沖…だよな…オレの知ってる…、なぁ…」
可笑しな問いかけだった。しかし沖は真撃な面持ちでそれに答えた。
「…うん。西浦高校一年三組……栄口と一緒に野球やってた……。オレは沖一利だよ」
一度失ったものを拾い集めるよう沖は大事そうに言葉を繋げると栄口の手をとり、栄口は、オレの知ってる…栄口だよね?と震える唇で疑問を投げた。その唇は酷くかさついてヒビまで割れているようだった。木材を基調とした屋根に土壁には小さな窓が数ヵ所あるだけの閉ざされた冷たい部屋。腰に巻いた複雑な柄模様のそれは自分と同じで。
「…うん……うん…、沖…オレ、勇人だよ…。沖の知ってる…セカンド守っ、てたよっ…!」
まとまらない言葉はダラダラと頬をつたう涙でふやけて意味をなさなくなった。確と抱き合い詰まる声を押し出しながら、うん、うん、と栄口の肩に額を埋めて相槌をうつ沖の背中が震えていて幼い自分の細い腕を回しながら精一杯の力を込めた。そしてちゃんと今を理解しようと決めたのだった。



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あきゅろす。
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