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ふたりの間には @
「来週から仮卒に入ります。登校日はあるんでプリント目を通しとくように。補講受ける人は……」
窓にパラパラと雨粒があたって弾ける。朝からずっと薄暗い雨雲がうねるように空を隠していたけれど飽和濃度が限界にきて溢れだしたんだろう。
…きっと雨脚強くなるなぁ。
肩肘ついてオレはそんなどうでもいいことを考えていたし、どうでもいいことしか考えられなかった。
昨日、阿部とキスをした。
キス、ねぇ…。考えてズルズルと自分の腕を滑り机に突っ伏す。キスしたと言うとちょっと語弊がある。された…の方が正しいかもしれない。いやむしろあれはキスではないのかもしれない。少し乱暴に噛みついたみたいな感じ。
キスキスって…頭の中バカになったみたいだ。
「…とまぁあまり遊びすぎないように。何か起こして合格取り消しとか先生イヤだからなー」
チャイムが鳴って我先にとクラスの皆が席を立つ中、オレは猫がするみたいに背を丸くして額を窓にくっつけてみた。やっぱりどんどん雨音が激しくなって滲んだ窓の外はモザイクがかかったみたいに見えにくい。
額つめたくって気持ちいい。
知恵熱じゃないだろうけど。朝起きたときから熱っぽくはあった。妹にも、ほっぺリンゴーと言われて家を出た。今さらだ。身体が泥で出来てるみたいに感じる。このまま雨に打たれれば家に帰りつく頃にはキレイさっぱり姿形なくなってるなぁ、なんてそんな馬鹿な話。
ちょっと考えたんだよ、昨日の今日でオレが休んでたら阿部がなんて思うかとか。
「まぁ、今日まだ会ってませんけど」
ハァと息を吐く。小さい頃、気温差で出来た家の窓いっぱいの曇りガラスに指で延々と絵を描いて遊んだ記憶があったが何が楽しかったのかは思い出せない。鼻先に出来たソレに指腹をツイと滑らせて小さくハテナの記号を書いてみる。水滴が指先を濡らしただけで何も面白くはなかった。
「何やってんの」
「………ラクガキ?」
「なんで疑問系。つーか帰らんの」
「帰る、けど。傘持ってないんだ」
「マジか。オレ置き傘あっけど使えば?つーかこっち向けよ、西広」
トンと机を優しく叩く人差し指から辿るようにして阿部の顔を見た。いつになく読めない表情をして、暖かそうなセーターから白襟を覗かせ薄手のパーカーを中途半端に腕だけ通している。昨日も同じ服装だった。オレはそのパーカーの色を誉めたのだ。ブラックの生地にファスナーのラインだけ綺麗なライトブルー。いつも黒に近い色を一色で着ているから。
そういう映える色も阿部似合うと思ってたんだよって。
「……今、何か考えてる?」
「…別に……あぁなんかやっくい資料が出てめんどくせぇなと」
「大学の?」
「んなかんじ」
コレ、と右手に持った紙袋を見せられた。親に擦り付けると言ったので、阿部くぅん目は通してくださいよぉ?と阿部のクラスの担任の真似をしたら吹き出された。
「っ似てる、やたら語尾をしつこくのばす感じ」
「これ特技。あと高田先生の真似もできるよ」
「一秒でも早く忘れちまえんな特技」
口に腕を当てて隠すように笑う。ツボにハマったときにそうやって堪えるのは阿部のクセみたいなもの。けして大声で笑ったりしない。オレはそうやってる阿部を見るのがすきだ。理由なんてない。
「傘借りていっスか」
「おぉ。借りちゃってください」
立ち上がろうとしてぐにゃりと歪んだ視界に足が縺れそうになって踏ん張った。バレないようカバンを背負いながら目を向けると顔いっぱいに欠伸をしていたので気付かれてはいないはず。阿部は何も言わないし何も変わってない。ならオレも変わってはいけない。今オレの体調がすぐれないことなんて知られちゃいけない。
阿部って隠してるだけで実は虚勢張った上でのネガティブだからなぁ。
クスリと笑みが溢れると、思い出し笑いかスケベと明後日を向いて呟く声があった。
「ハイハイかわいい阿部くん帰ろっか」
「わぁ盛大な嫌みだなアリガトウよ西広くん」
いなすように足を蹴りあってオレたちは教室を後にした。雨のカーテンコールの中で笑い声が吸い込まれて溶ける。こんなかんじが一生続けばいい。すきもキライも甘いもニガイも欲とか嫉妬とか涙とか悲しみなんかが、いつかふたりの間で起こりうることがないように。
阿部がオレに甘えてくれるなんて間違った優越感ももう少ししたらなくなるんだ。
アメリカに行くことを告げたときのあの目の奥でぐらりと歪んだ慟哭を見て見ぬふりしたオレに、キスをした阿部が「殺してやりたい」と言ったことさえ嘘になる日がいつかくる。
「なに…この傘」
「かわいい阿部くんにはもってこいだろ」
「自虐ネタ?まぁいいや…ちっさ!!めっさ肩濡れる」
「ピンクに花柄…しょっぱすぎる」
「妹の傘…妹の傘だと思おう」
「周りの視線が痛々しいな。ちょっと離れて」
「わぁ…そういうやつだよね阿部って」
足元で水が跳ねて、頭の中で童謡が流れる。うかれている。あぁ涙が出そうに幸せだ。誰かをすきになるなんてはいて捨てるほど出来る人もいるのに、どうしてオレはこんな難しくしてしまったんだろう。
ちょっと恨みたくなるよ、神様。

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あきゅろす。
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